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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
救済 -rescue-
51/132

Ⅲ/死線

 一瞬ですら、時が惜しかった。


 この作戦の肝は言うまでもなく、自分だった。

 国家そのものといっても差支えないだろう巨大な敵が、軍隊蟻に徒党を組まれワラワラ行進されてきて浮足立っているその隙に、その足元を潜り抜け、虎の子を掠め取るように、ミッションを遂げなければならない。


 時間との勝負だ。

 とにかく、一瞬ですら惜しんで、掻っ攫わなければならない。


 あの、オバさんを。


「――ったって、ろくに顔すらよく見てねンだけどな」


 必死に走りながら、ベトは苦笑いを浮かべた。


 ガンガンガンガン、と靴の踵を階段に叩きつけるように走る。

 事ここに至って、足音を忍ばせる必要性もなくなっていた。


 周りは戦場のような大騒ぎ。


 しかしそれも所詮は針の子の虎。

 すぐに矢尽き刀折れ、静かになり──後に待つのは制圧と、虐殺。



 その前に、あのオバさんを見つけなくてはならない。

 とにかく早く、速く――


「くっ! どこだ!?」


 階段を上りきり、ベトは辺りを見回す。


 監獄があるこの塔は、螺旋階段の一本道だった。

 この階以外のフロアは無い、絶対にここのどこかにあのオバさんは、いる。


「!」


 永年に渡る傭兵生活で培った洞察力を、フルに発動。

 視野の足りなさをカバーして余りある、草食動物をすら凌駕する直感力を起動。


「──────」


 他の五感は極力遮断。

 ひとの気配があればすぐにわかる状態へ、移行完了。


 ――どこだ?

 ――どこにいる、オバさん?


 階段を上ったそこで、ベトは完全停止。


 空気の流れが、無い。

 しかしひとの体温は、感じ取れるような気がする。


 どこかで幽閉されているのか?

 看守はどうだ?

 居眠りでもしているのか?


 わからない、だが今動けばよくない結果を生みそうだと第六感が警告。


 ベトは動かない。

 動かずその時を待つ。

 いくら時間が惜しいといっても、仕損じては意味がない。


 どくんどくん、と心臓の鼓動だけを聞いていた。


 どこかの窓かなにかが開いていて、風が入ってきているらしい。

 先ほどまでと違い、塔の中はかなり静かだった。


 感覚とは別に思考だけは無為に動き続ける。


 今朝は飯を食いっぱぐれてしまった、帰ったらアレに倣ってチーズでも食ってみるか、最近スバルを夢でも見ないからすっかり存在を忘れていたな、マテロフとは大違い、そういやあいつはアレを可愛がっていたから会えなくなって寂しいアンド心配しているだろうか、レックスがついてきていたのは驚いたな人の心はわからないものだがそういう意味でなら自分が一番かこの人でなしの鬼畜畜生悪魔は地獄に堕ちろとまで思っていた自分がまさか14歳の小娘の為にここまでやっているとは罪滅ぼしのつもりなのだろうかいや違うなそんな殊勝なことを考えるオレじゃないだとしたらなんだ神の導きとでもいうのだろうかだとすればこれはオレ含めみな神の大いなる意思のもと動かされているということになるのだとすれば失敗や死を恐れる必要もないすべては定められた運命の名のもとに我々は聖女の導き手とともに革命と平和と自由をその手――


 ガタっ、という固い音が後方。


 ベトは駈け出していた。

 八歩、ギオゾルデを抜き、放つ。


 キィン、という硬い、澄んだ音が辺りに響いた。


「な? き、貴様――」


「みつけたぁ」


 刹那。


 ベトは横薙ぎに振るわれたソレをなんとか自らのサーベルで受け止めた兵士の・首・右肩・左股関節・を、切り離していた。


「…………!」


 声も、そして身じろぎすることさえかなわず、兵士は四つの肉塊に変えられ、その場にボトボトと崩れ落ちた。


 ベトはそれを目で追うことさえなく――返す刀で隣にいたもう一人の兵士の顔面の真ん中にギオゾルデを、突き立てる。


「――――」


 兵士はなんのリアクションをすら取ることさえ、出来なかった。

 脳を気づく前に、破壊され。


「わりぃな」


 悪びれた様子もなく謝罪し、目をやることさえなく剣を引き抜く。


 途端、バケツをひっくり返したような血が、辺りにブチ撒かれたがベトはそれを避けることもなく被り、ギオゾルデを一文字に振り、血を跳ね飛ばして、視界をさらに隣へ。


 人形がいた。


「――――」


 ベトは最初、そう感じた。


 オバさんだ。

 ハッキリ断言できる。


 髪はガサガサ、年甲斐もなく赤味がかっている。

 肌はしわくちゃでカサカサ、張りも無い。


 若干ガリ気味、女性的魅力はベトからすれば2か3程度というところ、ちなみにアレは97。


 しかしその瞳に、色は無かった。

 それは即ち、感情の欠落を意味していた。


 確かに突然の闖入者、惨劇に茫然としているのもあるだろうが、にしてもまるで生きる意志に欠けているような印象だ。

 浴びている大量の血が、どこか不釣り合いに、もくは逆にやたらと似つかわしいようにも見えた。


 どこかでこんな瞳を、見たような気がした。

 すぐに答えに行き着いた。


 なんてことはない、自分自身の瞳だ。


「……あんたが、エミルダさん? だよな?」


 確認する。

 それにそのオバさんは、


「え、あ……あ、あんたは?」


「ベトだ、よろしく、」


 にぎにぎ。

 縄で拘束された両手を上から形式的に右手で握って一応と握手の格好をつけ――


「じゃあ逃げよう」


 そのまま引っ張り、持ち上げた。


 え? あ? と戸惑いの声が聞こえたが、知ったこっちゃない。


 こっちには余裕がない。

 一瞬の躊躇いが惜しい。


 この程度のオバさん、背負ったまま行くことも――


「あ、あ、あんたっ!」


「なんだ? 悪いがこっちにはあんたの言い分を聞いている余裕は――」


「アレ=クロアの、知り合いかいっ?」


 ピタ、と一瞬足を止めた。


 そして再開、バタタタタタっ、と階段を下りる。

 今度はたぶんエミルダも、なにも言わなかった。


 だからベトも、その質問に答えた。


「ああ、そうだ。そういうそっちは?」


「な、なにがだい?」


「エミルダ? なんだろ?」


「あ、あぁ、そうだよ。それでなんの真似だい、こりゃ?」


「アレがあんたを助けろって聞かねーンだよっ」


 半分愚痴っぽく吐き捨てる。

 それを本人に言うのはどうだろうというツッコむ常識人は残念ながらここにはいなかったが。


 それにエミルダはしばらく沈黙し、


「――なんなんだろうね、あの子は」


 今度は質問形式ではなかった。

 だからベトは、黙っていた。


 黙ってオバさんを背負って、階段を駆け降りた。

 余裕もなかったし、義理も無かったし、なによりその解はベトの方が欲しかったくらいだし。


 監獄塔の、外に出た。

 ミッションコンプリートォオオオ!! と叫びたい一瞬の気持ちを、ベトは苦笑いで解消。


 我ながら、なにやりがいと充実感とか感じてるんだか。


 しかしもちろんこれで終わりなわけがない。


 ここから安全な地帯まで運ぶのはもちろんのこと、仲間たちへの撤退指示、及び窮地に陥っている者への応援、さらにはアレもなんとかしなくてはならない。

 オバさん助けてもアレがどうかなってはなんの意味もない。


 やることいっぱいだ。

 ベトは面倒さに、エミルダを裏庭に投げ捨てて、大の字になって昼寝ぶっこきたい気分に駆られた。


 もちろんそういうわけにもいかないが。

 なにもかもが思ったようにならない、世知辛い世の中。


 言ってても仕方ない。

 ベトは目を閉じ、頭を振った。


 傭兵、切り替えが大事だ。

 オンオフ、殺す殺される、愉しくいこうぜ。


 まずは――


 瞳を開けて前を見た時、そこにはざっと14、5人ほどの兵士たちが人垣を成していた。


 手の感触を、確かめる。

 背中のエミルダにもうろたえる様子はない。


 その意気やよし。

 下手に暴れられると生存率は限りなく0に近くなる。


 ベトは右手を離し、エミルダを地面に下ろした。

 そしてギオゾルデをズラリ、と引き抜く。


 その峰の部分を、べロリと舐める。

 この死線を、乗り切ることからだな。


 ベトは――はしった。

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