Ⅱ/狂乱の宴
これが、ベトがみなと話し合い考えた、作戦だった。
まずせんせい御用達の内通者たちに、大量の流言を広めてもらう。
それも各人バラバラの場所、内容で。
そして外部犯である傭兵団が、その情報に合わせて砲弾、矢を放ち、それに信憑性を与える。
だが攻城戦をやる必要はない。
その常識に照らし合わせる必要はない。
それ故、すぐに現場を離脱し、次のポイントへ走る。
それにより敵に混乱を与え、焦燥感を煽り、緊急性を求め、危機感を高める。
この作戦はとにかく、速効性が最重要だ。
冷静さを取り戻されたら、おしまい。
なにしろ実態のない大軍団を相手にさせているように錯覚させるのだから。
まともに数や、その戦力を把握してやろうという気になられたらお終いだ。
だから煽る。
危険極まりない、自分の現在地を知らせるという愚挙を、あえて起こす。
もちろん敵からの反撃はてんこ盛りだ。
故に犠牲者も大勢出るかもしれない。
それでも、これしかない。
鳶が跳び跳ねた魚かっさらうのと、同じだ。
とにかく騙して騙して騙され騙して、動いて動かして動かして動かされて。
SSSクラスという無茶な任務内容を浮足立たせて、せめてAクラスくらいにはしなくてはお話にも何にもなりはしないのだから、とにかくみんな、みんな――
とにかくみんな、走れ――!
「……って他の奴らには言ってたくせによ」
周り中火の手が上がったような喧騒に包まれていく中、レックスはひとりぼやいていた。
どっくんどっくん、心臓が脈打つ。
レックスは現在、単独行動中だった。
他のメンツがだいたい各傭兵団の団長を中心として7,8人のメンバーで行動しているのに対して、たった一人だ。
これでどうこう出来ようもないだろう。
しかもレックスは弓や弩などの飛び道具は一切使えなかった。
無論砲台など回されるわけもなくちなみにもちろん扱えるわけもなく、頼りは長年愛用してきた片手剣のオーソドックスなショートソード一本。
軽さを、重視してきた。
自分にはベトのような一発の破壊力も、マテロフのような正確無比な技術があるわけでもなかった。
ただガムシャラに剣を振り回すのみ。
だったらせめてと盾を捨て、鎧も最も軽く装甲の薄いものを選んだ。
矢の一発で、即あの世行きのような代物だ。
構うものか、死ぬよりプライドをとる。
他の連中から下に見られるようなまねだけは、馬鹿にされることだけは我慢ならなかった。
ギュッ、と剣を握りしめた。
そして視界の下に広がる景色は、僅かな変化を見せていた。
アレ=クロアがたった一人で、集まる兵士たちと向き合っていた。
「あ、あ……アレ=クロア!」
向き合っているのは、裏門前の裏庭だ。
既に兵士は二十名を越えている。
それも全員剣の柄に手をかけ、臨戦態勢。
未だ誰も抜いていないからこそなんとかまだ暴発には達していないが、それも時間の問題のようにレックスは感じていた。
その先頭の男が、震えながら声を荒げる。
「き、貴様、には……ま、魔女裁判により魔女であるとの容疑が、かけられているっ! お、大人しくその身柄を我々にひきわた、渡し――」
「あれ? おかしいですね」
その緊迫感の中、アレはきょとんとした様子で小首を傾げ、口下に人差し指を付ける。
たったそれだけの無邪気な仕草に、兵たちの動揺は波のように伝播する。
「ッ、く……な、なにがおかしいッ!!」
弱い犬ほどよく吠えるとはよく言ったもんだね。
アレははぁ? と前置きして、
「いえ……わたしは確かに魔女裁判は受けさせていただきましたが……確かエミルダさんには処女だと認定していただいて、フィマールさんにも魔女という烙印は押していただかずに済んだかと、思いますが?」
ザワめき。
お前ら14の女の子ひとりに直接物も言えないのかよとレックスはため息。
こんなのが国を守るためとかのたまい戦ってる体なのだ、この国も長くないな。
先頭の男は、既に半狂乱だった。
「っ、あ、か……関係ない! そ、それを言うなら、貴様は魔術を行使し、先の戦いを勝利に導き、そして王の御前での暗殺に関与しているという噂が……!」
「王さまは、かわいそうでした……助けられるなら、助けてあげたかったのですが、わたしにはなんの力もありませんでした……御冥福を、お祈りいたします」
ドヨめき。
忙しいことだ。
しかしそれもあの子の放つ、妙に高貴なオーラがそうさせていることだろう。
不思議だ、あの子にはひとを惹きつける力がある。
生まれついての徳というやつだろうか?
それが聖人、聖女の条件だというのなら、あの娘にはその資格十分というところだろう。
しかし――
「ふ、ふ……ふざけるなァ!!」
理屈が通用しない馬鹿というやつは、どこにでもいる。
その為の俺、か。
まったくいつもいつも割に合わない役どころだと頭をかきながらも、所詮自分にはこの辺が妥当かと心中納得しつつ、その奥底の自身ですら気づいていない本音ではナイトかよこの俺が、とレックスは自嘲していた。
先頭の兵士が勢いよく剣を引き抜き、大上段に構えながらアレに殺到していく。
兵の数はその時点で三十名近く。
あぁ、死んだわコレ、と思いながらレックスも隠れていた丘から滑走していく。
数的差は城のそれの3倍弱、あぁ聖女様また奇跡でも起こしてくんねぇかなと心中祈りながら。
しかしその狂刃は。
別の兵士の剣によって、止められていた。
狂乱の宴が、続いている。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、どこだ? 魔女は今どこにいる? 至急応援を回せ! なに、またも新たな襲撃? しかし物見矢倉には誰も――なに、砲撃を受けた? くそっ、いま回せる兵士は……わかった、こちらから3,4人回すから、それでなんとかしろ!!」
狂騒の声が、まるで荘厳な宗教歌のようだった。
「なに!? 本殿が狙われた……くっ、止むをえん、B隊からD隊までを応援に送れ! 絶対に処刑時間を遅らせることはまかりならん! しかしおのれ、なぜこのタイミングで賊どもは襲撃を……わからん、あのような一侍女に仲間がいるとも考えにくい。だいたいが、危険を冒してまで助けるようなモノではないし……だとすれば外交的な戦略か? もしや敵国であるゼラード帝国の手のもの……!」
今は、ただ待つ。
じっ、と。ひたすらに、地に伏せて待つしかできない。
動くわけにはいかない。
いかにじれったく、身体が脈打とうとも。
「なに!? アレ=クロアに斬りかかった、だと!? 奇怪な魔術を扱うがゆえ、まだ動くなと指示していた筈……仕方ない。おい、H隊とI隊に出るように伝えろ。なに? 既に交戦中? ……やむをえん。お前、隊を指揮して応援にあたれ」
たとえ焦燥感に胸が焦がれ、掌から血がにじむほど握りしめる羽目になろうとも、動くわけにはいかない。
皆の、決意を、戦いを、犠牲を、無駄にするわけにはいかない。
戦いを仕掛けたのは、自分なのだ。
その責任は、とらなくてはならない。
だから――
「くそっ、どいつもこいつも使えない奴ら目。まったく、人数だけ集めても所詮は寄せ集めか……ほら、さっさと行け! そして魔女は必ず生け捕りにしてこい! 皆の前で火あぶりにしてくれる……あぁ、敵兵は皆殺しだ、さっさと行け! くそっ、おかげで私がひとりでこの、牢獄塔を守る羽目なんかに――」
その時は、きた。
「うおッらァ――――――――っ!」
鬨の声をあげて、ベトは突進した。
「え…………」
とつぜんの事態に、隊長格だろうその兵士は茫然とする。
場所はエミルダが捉えられていると内通者から聞いていた、牢獄塔の前。
ベトはその眼前に鬱蒼とする木立の間に身を潜め、時を待っていた。
いかにベトであろうともやみくもに突っ込めば応戦され、その隙にエミルダは別の場所に移され、助けることは不可能となる。
だから、待った。
仲間を信じて、ここが手薄になる時を。
さすがに厳重だった。
時間も掛かった。
何度もたまらず飛び出し、さっさと任務をクリアして、アレを助けに行きたいという欲求に駆られたが、そのたび歯ぎしりしてこらえた。
耐えた。
レックスを、信じた。
傭兵団の活躍を、祈った。
きっと必ず、時は来る。
血を吐く想いで、そう自分に言い聞かせた。
そしてベトはその思いの丈を吐き出すようにして――
「な、ななななんだおま――」
「わりぃな」
軌跡すら残さぬ、神速の斬撃。
それにより隊長格だろう兵士は、左肩から右脇までを生き別れにされ――ほぼまったく同時にその首を、飛ばされていた。
「喋ってる暇も、声を出させるわけにも、いかねンだよ」
それを確認することもなく、ベトは牢獄塔の扉を蹴破っていた。




