表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女アレ・クロア  作者: ひろい
救済 -rescue-
49/132

Ⅰ/処刑当日

 その日は朝からやたらと、太陽が眩しかった。

 厭らしいくらいに燦々と、陽射しが大地へと降り注いでいる。


 それを塔の格子窓から見下ろし、エミルダは憂鬱な気分を抱えていた。


 どこかで、これで終わりだという安堵した気持ちがあった。


 ずっと自分は死に切れないような澱んだ想いを拭いきれなかった。

 酒に走ろうが、男を手玉に取ろうが、それはずっとついて回っていた。


 まるでゾンビにでもなった心地。

 もう、この世に最愛のベティータは、いない。


 そんな娘を見捨てた夫には、もはやなんの未練も無かった。

 両親はとうに他界。


 自分をこの世に繋ぎとめておく存在は、既に一切残ってはいなかった。

 残されたのは、穢され醜く老いさばれたこの身体と、腐れ澱みきった魂のみ。


 死にたい。

 殺されたい。


 そう考えるようになったのは、いつからか。


 早い段階を言えば、ベティータを最初に見つけたあの時だったのかもしれない。

 他を考えるなら、そのあと自棄でやった男どもの乱喰いか。


 はたまた神などいないと知った、何もかもを終えても未だ目的などなく処女検査官などを行っている事実に気づいた時だったか。


 もう退くことは出来ない所まできていた。


 身寄りもなにも無いこの身で、この職以外で日銭を稼ぐ術などもはやない。

 齢四十を越え、今さら身体を売る仕事で喰っていけるはずもない。


 もはや餓死する気概をすら、失われていた。


 ただ、死にたい。

 しかし自らの気力によってではなく、誰か納得のいく者の手に掛かって、納得のいく形で、殺されてしまいたいと。


 そう、願っていた。

 そう願って、エミルダは王を殺した。


「…………」


 思い返すと、感慨深い想いにエミルダは駆られていた。

 まさか自分が、手を下せる日が訪れるとは思ってもいなかった。


 もはやすべてを諦めた、その辺に転がる小石よりも瑣末なこの身だったというのに――あの、魔女を検査した故に。


 自らを、世界を変える者だといったか。

 いや変える変えられないではないだとかわけのわからない屁理屈をこねていたような気もする。


 もはやどちらでも構わない。

 それよりその在り方に、言葉に、自分は年甲斐もなく感じ入り、そうして自分は実際に娘の仇を討つことが、出来たのだ。


 上出来過ぎる、それは人生だった。

 しかも一番億劫だった自らの人生の幕引きまで、立派な場を作って大観衆の前で行ってくれるという。


 もはや望むべきは、なにもなかった。

 ただベティータに再び会えるその刻を、心待ちにするだけだった。


「…………」


 格子窓から覗く中庭は、いつも通りに見えた。

 視界に収まりきらない広大な敷地に、無数の花々が咲き乱れ、緑の芝生もサワサワと風に揺られている。


 そこには遠大なる王の箱庭が広がっていた。

 ずっと、この箱庭に囚われている心地だった。


 最初はこんな広い敷地があることが信じられなかった。

 しかしそこから一歩たりとも出られなくなり、逆に自分のちっぽけさを、この王国のちっぽけさを知った心地になった。


 ここから、出られる。

 そしてもっともっと――果てがないほど広い世界に、旅立てる。


 エミルダの心の中に占めるのは、解放感だった。

 ありとあらゆるしがらみから。


 もう処女検査官でも、ベティータを守れなかった罪深い母でなくても、人間ですらなくなるのだ。


 待ち侘びていた。

 早く来ないかとさえ思って、連日――


「?」


 そこでエミルダは、ある人影を見た。


 格子窓の真下、其の向こうの木陰にいる、小さなソレ。

 エミルダは眉をひそめた。


 あれは、しかしまさかこんなところに――


 それはフラフラとおぼつかない足取りで、城に近づいてきていた。


 エミルダはますます眉をひそめる。


 現在城は自分の国家的大処刑を前に、最重警戒態勢に入っている。

 そんな時不用意に城に近づいたりしたら――


 予想の通り兵士がふたり、持ち場で振り返り、その人影に語りかけていた。


「時間だ」


 同時、後方の扉が開かれ、自分の処刑の刻を知らせた。




 城の裏門を守る兵士は、訝しげに眉をひそめていた。


 本日間もなく、国王殺害及び国家反逆の罪で、処女検査官という侍女が処刑される。

 それにあたり警備は徹底的に強化、自分も遠くエルシナから駆り出された身だった。


 蟻の子一匹通さないよう通達が出されている中、それも配備された普段からしてそうそう使わられることのない裏門、もちろん誰か来ようはずもない。

 退屈なそれは遠征の割に、仕事だった。


 そこでいよいよという時になって、誰ぞわからぬ者が現われていた。


「……おいおい、勘弁してくれよ」


 頭をかく、兜で実際かけなかったが。


 その人物は薄汚れたローブで頭から全身をすっぽりと覆い隠していた。

 顔をすら見えやしない。


 そしてフラフラと、おぼつかない足取りでこちらに向かってくる。

 たぶん視界はゼロ、城に近づいている事実をわかっているのか?


 物乞いか、知恵遅れだろうか?

 いずれにせよ、追い払わないわけにはいかない。


 まったく面倒な役回りだった。

 ハァ、とため息ひとつ吐く。


「ちょちょちょ、ストップストップ。なんなんだ、あんた? 物乞い? こっから先はいけないんだけど、目は見えてんの?」


 問いかけると、人物は立ち止まる。


「え? あ? その、すいません……わたし、その、お腹が、空いてしまいまして……どうか、どうか、お恵みを……神の、お恵みを……」


 なんだ、と兵士は肩を落とす。


 やはりただの物乞い。

 だったら追い払うだけ――の筈だったが、その声に、さらに眉をひそめる。


「ほう、お恵み、ね……ところであんた、女かい?」


「え? あ? はい、女……ですが?」


 ふぅむ、と兵士は眉を吊り上げた。


 その声色は清らかにして透き通っている。

 明らかに若く、そして美人の素養を感じさせた。


 このどうでもよい任務に駆り出されて、遠征期間含めて早10日。

 女日照りもいい頃合い、ここはひとつ――


「ほう、女、ね……ところでチロって、顔見せてくれないかい? 交渉次第ではお恵みも……神が与えて、くれるかもしれないよ?」


 甘く優しく語りかけるのがコツだった。

 なに、女なんていやよいやよも好きのうち、股開かせたら勝ちだとさえ兵士は思っていた。


 おそらくは極上の、上玉。

 ここで逃す手は――


「え? あ? はい、顔……ですね?」


 そうしてもったいつけるように、女はフードをとった。

 そこから覗いた顔の造形美に、兵士は一瞬あっけにさえとられた。


 上玉どころでない、高貴ささえ漂うそれは、性的な対象として見られないほど。

 ウソだろ、これ……なんでこんな少女が、こんなところで物乞い――


 しかし兵士が本当に絶句するのは、次の瞬間だった。


 銀の、長髪。

 透き通った、青い瞳。

 薄汚れた、白いローブ。

 裸足。


 ――手配書の似顔絵と、同じ人相。


 絶句の次に訪れたのは、


「あ……あ、あ……アレ=クロアだ――――――――――――――――――――ッ!!」


 想像を絶するほどの、絶叫だった。





 その声は、今まさに看守に連行され、監獄の敷居を跨ごうとしていたエミルダの耳にも届いた。


 振り返り、眉を寄せる。


 アレ=クロア。


 確かにそう聞こえた。

 自分の考えは、正しかった。


 しかしなぜ、いま、このタイミングでこの場所に現れたのか?

 それも警備兵に姿を身留められ、大声で城内に知らされている。


 現在この警備状態では、もはや逃げおおせることは――


「て、敵襲――――――――――ッ!!」


「え?」


 続けざまのその声に、エミルダは声をあげる。

 看守も声をあげていた。


 手錠をかけているとはいえ、こっちを放っぽっている。

 まぁこの老いぼれた体で逃げられやしないのは事実だが。


 廊下の向こうから走ってきた兵と、さらに反対側から走ってきた兵隊たちと、矢継ぎ早に言葉を交わしている。


「ど、どうなっている? 手配書の最重要人物である片割れの、アレ=クロアが現われた? それに敵襲? 場所は?」


「アレ=クロアは裏門から、敵襲は広場の方からだ! しかし情報が錯綜している……こちらは正門にも敵襲があったと聞くし、宝物庫や武器庫――」


「こ、こちらでは物見矢倉もやられたと聞くぞ!? いったいどうなっているんだ!」


「お、落ち着け! 我らが慌てては、下の兵士どもに示しがつかん。ここは一旦情報を精査し――」


 爆発音、そして衝撃、地面が――城が、揺れた。


 三人の兵士たちは目を丸くして、互いの顔を見合わせた。


 そして響く、伝令の声――声、声、声。


「襲撃だ――――――っ! 内庭に砲撃、手の空いている警備兵は集まれぇッ!!」

「角櫓がやられたァ! 応援頼むぅ!!」

「主塔に矢が打ち込まれている、警備兵は今すぐ集結、応戦せよッ!!」

「一旦広間に集まっている兵士は襲撃ポイントに――」


 再び、炸裂音。

 三人は同時に、叫んだ。


「い……いったい、なにが――!」


 なにが、どうなってるの?




 40人規模の傭兵団『フベライの小鷹』を率いる白髪頭の団長シェフベリアは必死の思いで、城内を駆け回っていた。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……!」


 とにかく、走る。

 わき目も振らず、スタミナ配分なんか関係なしに、全力で。


 それも城内の、何人いるかわからないほどの警備兵の目を、掻い潜るようにして。


 恐怖は今までの任務の比ではなかった。

 見つかれば、問答無用で殺される。


 それも国家反逆罪という大汚名とともに。

 絶対に失敗できない、それも見返りのない任務。


 にも拘らず、ベリアの心は沸き立っていた。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……っ!」


 金が欲しいわけじゃない。

 食い物が欲しいわけでもない。

 女が欲しいわけじゃないんだ。


 確かにそれは欲しいが、あくまで肉体的欲求。

 自分が本当に望むものは、それは――


「ハッ、ハッ……くく、ハハハ!」


 笑いたければ、笑えばいい。


 なにげない、日常。

 笑いあえる、日々。


 殺しあわずとも、生きていける――平和な、世界だ。


 悪いか?

 傭兵がそんなものを望んじゃ?


 好きで殺してるわけじゃなし。

 それしか生きる手段を持たないから、それを選んでいるだけだ。


 出来るなら帽子屋をやりたかった。

 目立つ白髪を隠せるような。


 実現なんて出来ないだろうし、笑われるだろうから話したこともない。

 だけど願っていた。


 いつか奇跡が、訪れることを。


 可能性なんて、0じゃなければそれでいい。

 1%以下だってあれば可能性だ。


 それに賭けてやる。

 その為なら命だって、惜しくはない。


 死にかけの老いぼれだって救ってやろうじゃないか。

 その為に、必死に――


「ハッ、」


 ポイントに到着。

 急ブレーキをかけ、手にした弓を構える。


 目いっぱい、弦を引き絞る。

 壁を砕けよといわんばかりに、狙いをつける。


 狙いは、天守閣。

 弦を、放す。


 解き放たれた矢は、真っ直ぐに飛んでいく。


 そしてなにかを、破壊する音が聞こえた。


 叫ぶ。


「ここだ、俺はここにいるぞオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ