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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
仲間 -party-
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Ⅵ/夢物語

 レックスは、エールを傾け続ける。


 ベトは思っていた。

 レックスは熱血漢だと。


 誰より世界を恨み、こんな境遇にした国を憎み、ただただ復讐の為に生きているような男だと。


 そして自分と同様に、ひとのちっぽけさを知っていると。


 いくら足掻こうが、出来ることはタカが知れている。

 だからこそ諦め、そのうえで飢え死にしないように、死に場所を探すように死地に赴いていると。


 そう、思っていた。

 そう、思い――込んでいた?


「舐め合い、したいのか?」


「あぁ、したいねぇ」


 身体を起こして訊いたベトに、レックスはエールの残りを飲み干し答える。


 目を閉じ、酔っていた。

 それはアルコールにではなく、なんというか自分というか雰囲気にというか。


「…………」


 それにベトは無言で立ち上がり、椅子に座り直す。

 そして改めてエールをクッ――と一気に飲み干し、レックスの分含めてふたつ頼み、


「なんでだ?」


「むしろなんでだよ、ベト?」


 レックスはぐい、とベトに迫った。

 それにベトはやや、戸惑う。


 肉体的接触が、ベトは苦手だった。

 特にレックスはなんだかんだいって自分とは一線置いているようなところがあると思っていたから尚更で、もう何もかも戸惑うことばかりだった。


 ――間違っていたのか?

 自分の、世界に対する見解は。


「な、なにがなんで――」


「なんで舐め合い、したくねぇんだよ?」


「……舐め合いなんか、したくねぇよ。オレは、人殺しだ。人殺して、金稼いでる最底辺の人種だよ。ンなのが、舐め合いなんてしちゃ――」


「いけねーとでも思ってんのか、おまえ?」


 トン、と心臓をひと突きにでもされた心地だった。

 思わず、声が漏れる。


「え…………」


「いま、わかったよ。俺とお前は、やっぱ根本的に違う人間だわ」


 いつの間にかレックスは、真顔に戻っていた。

 そしてジッ、と今までにないような深みのある瞳でこちらをお覗き込んでくる。


 それにベトは、呼応する。

 そうかと。


 いつの間にか自分は、レックスを下に見ていたのだと。


 いや違う。

 いつの間にか自分はひとり──悟った気になり、世の中の人間すべてを、格下のバカのように、扱っていたのだという、その事実。


「そうだな、間違いない。オレが……」


「カッコつけようとすんなよ、ベト」


 先手を打たれた。

 それにベトは、苦笑いを返す。


 もっともだった。

 自分の悪い癖を指摘された気分だった。


 呟く。


「――カッコつけ過ぎか、オレ?」


「だせぇ」


「くっ!」


 さすがの、長い付き合いだった。


 "ツボ"ってものを、よく心得ている。


「アハハハハハハハハハハハハハハっ!」


 笑った、吹き出した。

 最高に、それは最高のものだった。


 せっかく椅子に座りなおしたっていうのに再びひっくり返って、腹を抱えて笑った。


 無防備に、眼なんか閉じて、足までバタつかせて。

 痛快だった、お笑いだった、まさか自分の人生がそこまで、滑稽だったとは。


 なにを肩肘張っていたのか?

 悲劇のヒロインか、オレは?


「ハハハハ、ハハッ!!」


「かかっ、よくわかったか?」


「ああ、わかったよ」


 一瞬で――バカ笑い顔からいつもの不敵な笑みに表情を変え、ベトはなんでもなかったように膝をついて、立ち上がった。

 そして当たり前に椅子に座り直し、改めて、


「――それでな、レックス。今日は折り入って、相談があるんだがな」


「なんでも言えや」


 嘘のような言葉だと、最初そういう感想を抱いた。


 なにしろレックスは純粋培養されてきた、根っからの傭兵だ。

 そして傭兵は金でしか動かない。


 だからなにかを頼む時には、自然報酬の交渉から始まるのが常。

 でなければ傭兵などやっていない。


 やっていけない。

 よって自然、頼みごとなど発生しないし、それを受けることなど起こり得ない。


 だと思っていたのに、目の前でそのありえないが現在進行形で、起こり得てしまっていた。


 そしてそんな到底受け入れられるはずもないはずのその事態を、受け止められている、自分がいる。


 レックスの様子が変わっている理由が、わかった気がした。


 ベトは、頭を下げた。

 たぶん生まれてから、初めて。


「……頼むレックス。あのオバサン助けるの、手伝ってくれ」


「それは嬢ちゃんの為か?」


 一瞬、考えた。

 考えは、自分でも驚くほど容易く、そして綺麗に、纏まった。


「――世界を、」


 ニヤリ、と笑う。

 それはこれから吐く言葉を――それを吐こうとしている、自分自身を。


「変える、為だ」


『だったら協力してやるよ』


 びっくりした。


 本当に。

 呆気にとられた。


 そして知った。

 ひとは本当にびっくりすると声も出せず、目が点になるのだと。


 声は、後ろからした。

 それも野太く、大きく――それは、複数のものだった。


 それも十や二十では、きかないぐらいの。

 いったい――とベトは、振り返る。


 視界を覆い尽くすほどの大男たちが、腰に手を当て、振り上げ、腕を組み、しかしみな気持ちのいい程の笑顔で、こちらを見下ろしていた。


 一瞬意味が、わからなかった。

 いやきっと、理解できなかっただけだった。


「――どういうことだ?」


「俺たちがこの王都ローザガルドで仕事した回数、覚えてるか?」


 レックスからのまったく寝耳に水の話。


「は? ……いや、正直まったく」


「8回。その時共同戦線を張った傭兵団、覚えてるか?」


 覚えていない。


「白髪頭のベリアが団長シェフの40人規模の小隊と、理屈屋のリステーが団長シェフの70人規模とガニ股フライが団長シェフを務める120人規模の中隊。みんな気が良くて大酒飲みでよ、揃って気が合ったぜ?


 みんなこの世に、不満タラタラなんだと?」


 ニヤリと笑って親指を後ろに向けると、一斉に怒号が、ダダ流れてくる。


「おうよそうよ、やってらんねよーな実際!」

「身体張ってこの安給金、殺す気かってーの!」

「かといって他に仕事もねーし」

「ていうか店もねーし」

「飢饉も終わんねー」

「疫病も止まらねー」

「女子供はバタバタ死んでくし……」

「地獄か、この世は!?」


『誰か変えてくれよッ!!』


 声が、揃っていた。


「――――」


 それにベトは、言葉を、失った。


 そして3秒後、レックスを見た。

 レックスはただ黙って、首を横に振った。


 ベトには返す、言葉が無かった。

 だから返さず――問いかけた。


「……死ぬ、かもしれねぇぞ?」


『構わねぇ!』


「どうせいつくたばたっておかしくねーんだ!」

「だったらせめて自分らしくな!」

「華々しく散るってのが男ってもんだろ、なァみんなよッ?」


『オォ!!』


「……たったひとりの、女の子だぞ? 力も頭もついでに胸も無い、しょんべん臭いガキだ。そんなのが吐く戯言に――」


「いいねぇ、女の子!」

「夢があるよな、子供の理想は!」

「子供は未来の宝だからなァ!」

「やっぱいつまで経っても子供でいたいねぇ!」


『ガハハハハハハハハハハハ!!』


「……本気、なのか?」


「本気さ」


 ベトの問いかけに答えたのは、レックスだった。

 笑い、肩を叩き合う大男たちを従え、それはベトにとって別人ともいえる顔立ちをしていた。


 そして男たちと同様に立ち上がり、


「みんなお前みたいに、悟ってるやつばっかりじゃないんだよ。そりゃわかってる、たかが傭兵にどうこう出来るほど甘いもんじゃないことぐらいは。でもだからって、このままでいいなんて誰も思っちゃねーんだよ。だからもしその時が来たら、賭ける気持ちのあるやつなんていくらでもいるんだぜ? 自分の命の、ひとつやふたつはよ。


 世の中そんなに、捨てたもんじゃないさ」


「――――ハ」


 それにベトはフッ、と肩の力が抜けた気がしていた。


 そうか。


 夢物語だと、不可能だと――いやそれはたぶんそうなんだが、だけどそれがバカだと指さして笑う人間ばかりでは、なかったのか。

 確かにクソったれで最っ悪の世界だが、ひとの心までそうでは、なかったのか。


 そうか。


 ベトは悟り、汚くて埃っぽくて昨日は3人からゲロをこぼされたやたらと硬ったい床の上に膝をつき、両手をつき、頭を擦りつけて――


「たのむ。オレの、神の使いだっていう嬢ちゃんを死なせない為、その命、オレに、預けてくれ……」


『オォオオ!!』


 泣きはしなかったが、ベトは胃になにかクるものを感じていた。




 帰り道、ベトは頭を悩ませていた。


 半分は諦めていたレックスからの協力を取り付けただけでなく、さらには総勢200強にも及ぶ三傭兵団が人員を割いてくれるという。

 だが実際にこの作戦に同行してくれるのはざっと6,70名らしいが、充分に十分過ぎる過ぎる有り難い話だ。


 事ここに至ってベトは、覚悟を決めていた。


 なにがなんでも、救い出す。

 あのオバサンを。


 そして結果的にアレを、生かす。

 殺させない。


 絶対に。


 想いが、あった。


 せんせいも、力を貸してくれた。

 レックスも、立ってくれた。

 名も知らぬ傭兵たちが、命を預けてくれるという。

 そして自身も、片手ですべてを賭けようとしている。


 もう、一か八かではなくなっていた。

 想いが、幾重にも重なっていた。


 アレを。

 少女を。

 聖女を。

 救世主を。


 そしてその先に繋がる可能性のあるほとんど見えないほどの細い糸を――世界を。


 それをこんなワケのわからない所で、絶対に終わらせるわけにはいかなくなっていた。


 なにがなんでも、無理でも無茶でも無謀でもなんでも、あの子を生かす――あのオバサンを救い出す術を、考えなくてはならなくなっていた。


 ――なにかないか?


 考える。

 必死に。


 こんなに頭を使ったのは、それこそ生まれて初めての経験かもしれなかった。


 考える。

 なにかないか?


 他に、あとひとつ。


 なにかないか?


 せんせいが内通者を使って、外からはレックスと傭兵団が動いてくれる。

 自分にはこんな身体でも、ギオゾルデを遣わしてくれた。


 しかし足りない。


 任務としては現最強と謂われる聖王騎士団を投入しても成功率が半々にも及ばないと推測される、SSSランク。


 本当はあとひとつどころかなにを追加しようが不安しか残らないような内容。

 それこそ奇跡でも、起こらない限り――


 奇跡?


「それだっ!!」


 ベトにしては激しく叫び、一気呵成に走り出しす。

 それだ、それがあった!


 高まる鼓動を抑え切れない。

 そうだ、そのために、それに賭けて自分は、自分たちは――


「アレっ!」


 バンっ、とベトはアレの部屋の扉を開いた。

 そしてバタバタと雪崩れ込む。


 アレは、眠っていた。

 スヤスヤと。


 やはり昨夜の話し合いで精神的に疲れてしまったのだろう。

 以前のベトなら狼になりそうな、それは清純で艶やかな寝姿だった。


 しかし今のベトは、それどころではなかった。


「アレ、起きろ、アレっ、起きろ頼みがあるんだ、起きてくれっ!」


 荒々しくドアを開けても呼びかけても起きなかったアレの襟を掴みあげ、ガクガクガクガクと揺さぶる。

 それにアレは涎を垂らしつつ、


「ふ、ふにゃあベトぉ、もう、食べられませんよぉ、だけどチーズを巻いたお肉ならまだ少しならァ……」


「寝ぼけんな! 起きろ起きろ起きろ起きろ起きろっ!」


 やたらと幸せそうで具体的な寝息を立てるアレの頬をパパパパパパパパパンっ、往復ビンタ9連発。


 アレは涙目で、


「たたたたたたたたたたい……ったいよォ、ベトォ、いったいどうして――」


「おまえっ!」


 ガシッ、とアレの両肩を掴み、その瞳を覗き込む。

 それはいつものように、曇りのない透き通ったものだった。


「奇跡を……魔法を、使えるか?」


「使えませんよ?」


 即答かよ、とベトは心中ツッコんだ。

 だがなぜか、思ったよりも落胆は少なかった。


 自由自在に使えるようならこんな風にはなっていないだろうし――なによりそれは、この子に似合わないなと矛盾する感情を抱いていたりしていたから。


 だったら――無い頭をベトは必死に回し、"縋りついた"。

 もう藁にも縋りつく、想いだった。


「だったら……アレ」


「なんですか? ベト」


 その声があんまりにも優しかったから、いつの間にか下げていた頭をベトは上げた。


 驚いた。

 アレはまるで母親が子供にそうするような――心配する瞳で、こちらを見ていたから。


「どうしたんですか? ベト」


「アレ……お前……」


「なにか、困ったことが起こったんですか?」


 一瞬このシリアスな空気も何もかも忘れて、ツッコミそうになっていた。

 いやオレがいつもかしこも困って怪我しまくってるのは尋ねられてる目の前のオマエのせいだけどね。


 けどまぁそれでも――前より生きた心地がする毎日ではあったが。

 ベトは改めて笑顔を作って、


「あの、よ……頼みが、あるんだが?」


「なんでもいってください」


 なんでも、とキタもんか。


「オレにその命……預けてくれないか?」


「はいっ」


 無茶ともいえるその要望に、アレは快活に答える。


 それにベトは苦笑いを浮かべ、頭をかく。

 やっぱオレこの子には、勝てねーわ。


 そこへトドメを指すように、アレは語る。


「わたしベトを、信じてますから」


 やるべきことは、すべてやった。

 あとはこの女神を――信じてくれた自分を、信じるのみだった。


 そうしてベトは残りの二日間をアレと、現在揃いうるメンバー全員と、とことん徹底的に話し合った。


 それぞれの持ち得る戦力と技術を総動員して、鉄壁に針で穴を開けるような無茶なミッションをなんとかして成功させようと必死に知恵を絞った。

 それは辛抱強く辛抱強く、日付を跨いでなお続けられた。


 ベトはその間食べず眠らず、必死になって各地に足を運んだ。

 すべてはアレと、ろくに素性も知らぬエミルダと、そんな無茶なミッションに文句も言わず付き合ってくれた――仲間の為、だった。


 そして最後の一日は、盛大に食べて、飲んで、過ごした。


 誰もなにも言わなかったが、これがさいごの晩餐のような趣きだった。

 だから普段より余計に楽しく、ある者は喧しく、ある者はむしろ物静かに、いつも以上に自分らしく過ごすよう心掛けているようだった。


 その胸に潜む、恐怖心に心が喰われないようにするために。


 夜は早めに宴は切り上げられ、各自寝床につく。

 次の日がもう無いかもしれないという想いを振りきり、なんとかかんとか眠ろうと必死だった。


 そしてついに処刑の日を、迎えた。

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