Ⅴ/首切り包丁
と。
「なンスか? コレ」
ベトは不意に、ひと振りの剣に目を付けた。
長さは55センチほど、片刃の直剣。
全体の3分の1ほどが柄になっており、鍔はない。
柄部より幾分膨らんだ刀身と、異様ともいえるその形は――
「気に入ったか?」
つい集中していたベトはハッ、と顔をあげる。
「これ……変わった、ダガー? ブロードソード? っスね」
どちらともいえない長さに、一瞬どちらか戸惑う。
「スクラマサクス」
それが名前だというのはすぐに理解する。
ベトはスクラマサクスと呼ばれるその片手剣の柄を、掴んだ。
そして壁の固定具から外し、軽く振ってみた。
ブンっ、という小気味い音が響く。
「古代よりウリシオ大陸全土に散らばる誇り高きグルター族の戦士にとって最後の武器であり、時にはその地位を示す象徴として珍重されてきた代物だ。そいつはその中でもかなり、大型の逸品だな」
もう一度、軽く振るう。
小気味いい音と、それは心地いい重心のかかり具合。
ベトは知れず、ニヤリと笑っていた。
これは、イイ。
しっくり、クる。
大きさも扱いやすく、かつ重さが乗るギリギリの範囲を示している。
しかもこの、変わり種な形状。
まるで鉈か、肉切り包丁――
首切り包丁。
それは奇しくも自分におあつらえ向きな代物だった。
「――銘は?」
「ギオゾルデ」
「意味は?」
「"餓狼の牙"」
思わず、吹き出す。
「くくっ、く!」
まさに、おあつらえ向きだな。
ベトはスクラマサクスからオレアンへ上目づかいを向け、
「これ……」
「孤狼の、新たな牙だな」
敵わないと思わせる人物は、ただひとりオレアンだけだった。
そういう意味ではオレアンに対してベトは、父親に近い感情を抱くことが出来ていた。
それはベトに安心感を与えるものだった。
もちろんそれは一歩間違えれば弱点にもなりかねない緩みでもあったが、それで後ろから刺されて命を失うことになったとしても、それは構わないとベトは悟っていたりした。
オレアンには色々と、数え切れないほど世話になってきた。
その見返りに命を差し出せというのなら、まぁ吊り合うかな、と。
想い、ベトは改めて新たな相棒と目を合わせた。
血に飢えた、ケダモノの牙か――せいぜい獲物の喉に喰らいつき、捥ぎ取り、その腹を満たしてくれや。
「盾はどうする?」
片手剣には、もう一方で盾を持つのが慣例だった。
それで防ぎ、剣を叩きつける。
ツーハンドソードが流行らないのは、その重さや酷くかさばるところもそうだが、圧倒的な防御力の差だった。
誰しも死にたくないし、傷つけられたくだってない。
出来れば無傷で、相手の首だけ刈り取って勝利したいと考えている。
だからそれなりの剣で、盾で防いで。
だが――
「付けられんでしょ?」
視線を反対側に、落とす。
「この、腕じゃ」
肩から無いこの左腕では、どこにも盾を取りつける場所は残されていない。
それこそ無いモノでねだり、この窮地を脱したらどこかで腕を生やす秘薬でも探すことにしようか。
それこそ、夢物語だが。
「ま、盾無し片手剣っつのも、オツじゃないスかね」
「そもそも隻腕で傭兵を続けるっていうのがオツだと思うがな」
違いない、とベトは苦笑いする。
そして今度は腰を入れて、振ってみた。
ヒュイン、という風切る音。
それにベトは、直感が湧く。
これは――
「それでこれからどうする、孤狼?」
不意の呼びかけに顔は上げずに、
「呼び出したのはせんせいじゃないスか……そうスね、とりあえず――オレひとりじゃ、手に余るみたいなンで」
またもベトは苦笑いを浮かべ、
「みんなと、色々話してみようと思います」
普段ならみなさんとか、そういう皮肉めいた言い回しをするところだが、なぜかベトは素直にみんなという言い方をしてしまっていた。
その意味が、ベトは自身でわからなかったから、少し考えてみることにした。
そしてある結論に、行き着くことになった。
なんてことはない。
結局自分が、最もあの子の影響を受けているというだけの話だった。
「まったくなんだかだね、ホント」
頭をかきながら、ベトはギオゾルデを腰だめに据え、部屋に戻る。
そして両手を頭の後ろに回してベッドのうえにダイブ、そのまま瞼を閉じた。
歯を磨く習慣も髪を洗う癖もあるわけでもない。
着の身着のままに、たといこういう立派な場所で世話になろうともベトはその在り方を変えてはいなかった。
明日は我が身、いつ処刑台に行ってもおかしくない。
変に適応、馴染むわけにはいかない。
――怖いのか?
ふと、そんな考えが頭を過ぎった。
それはつまり、結局すべてを受け入れ、変わる器量が無いだけなのではないか?
それに比べ、アレを見てみろ。
あれほどこだわりがなく、柔軟で、かつしなやかに自分の在り方を全うしている人間はいないだろう。
世話してるだとか斜に、上から目線で見るのではなく、もっと得られる所は吸収すべきではないのか?
なんてね。
自分が変わり始めていることは、もう決定的だといえた。
そも、あのような戦争孤児を拾う時点で、決定していたようなものだ。
つまりは会って僅か数分で、自分は変えられていたのだ。
おそろしい娘だとも思った。
そのうち教祖のように崇め奉られるのではないかとか。
そして明日からの事を想った。
せんせいは、三日後だといった。
そして人手を、20ほどは貸してもらえると。
だが実際、それは戦闘要員としては考えられないだろう。
どこまでいっても教会の人間だ。
そして他には、なんのアテもない。
無い無い尽くしだ。
せめてもの救いは、ギオゾルデくらいのものだった。
「…………」
考えれば考えるほど、絶望的な状況だった。
なにをどう間違っても、最悪犬死にで、最高でも八つ裂き辺り。
もう死ぬのは100%完璧に確定していることだけはハッキリと断言できた。
刺し違えること前提なら、アレとエミルダだけなら、なんとかなる算段も立てられないこともないかもという感じか。
だがそれでは、アレは決して自分を許してくれないだろう。
どんな死に方だっていいが、あの子に恨まれたまま死ぬのだけは、なにをどう間違っても後味の悪い最期だということだけは断言できた。
「……まったく、贅沢になったもンだよな」
王と対話した辺りでは、最低に心残りな犬死にでいいだとか思ってたくせに。
変われば変わる世の中だった。
やはり、確定した。
どんづまりだった。
なにをどうやっても、自分のひとりの力では、知恵では――どうしようもない。
イヤ、とは少し違う――いややはり、かなり嫌だった。
もっといえば以前の自分では発想すら浮かばない考えだった。
世の中そういうものだと思い込んでいたというのもある、若かったなオレ。
「借りるしか、無いな」
自分以外の、力を。
「…………」
呟いたら、思ったら、少し、呆然とした。
そも、借りられるのか?
は? とかって言われて、勘違いしてた自分が恥ずかしくなるだけなんじゃないのか?
そう予想し出したらそれが当たり前な気がしてきて、急に恥ずかしくなってきて、不安になってきて、落ち着かなくなって、枕を顔に押し付けて――
「…………しょんべんいこ」
居た堪れなくなって立ち上がり、ドアを開けた。
そしてそのまま、ベトは教会の外に出てみた。
一週間ぶりだった。
よく考えれば逆にずっと教会で大人しくしていたことの方が自分としては不思議だった。
それもやっぱりあの子の為だったのか、それほど余裕がなかったのか、現実逃避してたのか。
久しぶりのシャバは、相変わらず雑多で、埃っぽくて、煩わしそうだった。
夜だというのに、道端では幾人もの男女がなにをどうしているんだかわからないが、たむろっている、というよりまぐわっているのか?
遠くで狼がウォーン、月はちょうど満月。
どこかで剣戟がした。バカがバカなことをやっているのだろうか?
ふと、元の自分がいた場所に戻った気がして、安心して瞼を閉じた。
そして再び開けた時、目の前を、見知った懐かしい小柄な男が横切っていくところを目にした。
「お、ぉ……レックス?」
少し間の抜けた呼びかけに、その人物は予めわかっていたかのようにごく自然に、振り返る。
「おう、久しぶりだな……元気してたか、ベト?」
その横顔は、なぜか少し大人びて見えた。
レックスとはベトは、一週間会っていなかった。
最後に交わしたのは、
──助かったよ。
この天使さまに、救われた
という柄にもなく洒落た台詞だった。
別に存在を忘れていたわけじゃない。
ただ傭兵にとって昨日まで寝食を共にしていた仲間が今日突然いなくなるなんて日常で、気にも留めていなかったという話だ。
所詮金目当ての雇われ、フラッとどこかへなんて日常茶飯事、命を賭けてるその身に文句なんて誰も言わないし、言わせないとそれぞれが思っていた。
だからレックスも、そういう類と思っていたし。
フラリと出掛けた満月の夜に再会したのもまた、ベトにとって話題にするほどのことでもなかった。
『────』
だから二人、示し合わせたように言葉も合図も無く、手近な酒場に並んで入った。
入口近くのテーブルについて、やはり会話も無く一番安い酒をジョッキでふたつ頼み、そして3、4分ほど黙って待つ。
ベトはポケットに手を突っ込んで椅子に深く腰掛け、レックスはテーブルに両肘をつき指を組んで、ただ佇んでいた。
周りの喧騒と熱気だけが、別世界のように耳と肌に届いてきた。
「あのよ」
口火を切ったのは、理由など知らずベトだった。
こういう時大事なのは、気分だった。
別に喋りたくなければ喋らなければよいのだ。
それが傭兵という過酷な職を選んだものの、特権だった。
「なんだ?」
ベトの呼びかけに、レックスは気だるげに返す。
それにベトは自身の違和感がそう間違いではなかったことを悟る。
なにがあった?
「なンかあったか?」
気になったら即訊きが、ベトのスタイルだった。
それにレックスはなぜか喧騒の方を向き、
「お前どうすんの?」
訊き返すのも確かに、それは自由だった。
「レックス、お前はどうする?」
即訊き返しもまた、ベトのスタイルだった。
さて、くるか? とべとは身構えた。
傍から見ればなんかアホみたいな二人だった。
誰も見てはいなかったが。
「帰る」
レックスは答え、それは短かった。
「そうか」
「帰って、傭兵稼業に戻るさ」
「ああ――」
「お前は?」
今度は答えないわけには、いかないだろう。
というよりここのやり取りこそが、今回一番の正念場だろう。
知れずベトは、軽く息を吸っていた。
「アレを、助ける」
「ああ」
「そンで世界を、救う」
「ああ、言ってたな」
「ンで手始めに三日後、あの侍女のオバサンを救い出す」
「正気か?」
これだけタイムラグなくやり取りが出来るということは、レックスもベトの意図には感づいていたということなのだろう。
以前のレックスなら考えられないことだった。
それはつまり、アレの影響を受けているのは自分一人ではないということに他ならなかった。
ベトは言葉を発そう――として、そのタイミングで売り子がエールをふたつ、抱えて持ってきた。
「エールふたつ、お待たせしましたぁ」
「おう」
「ああ」
受け取り、そして音頭も無くふたりはそれを飲み――干した。
ひと息だ。
面倒そうにジョッキを二人に手渡し、足早に去ろうとしていた店員の足が止まる。
目を丸くしている。
今まで色んな一気を見てきた彼だったが、ここまで一瞬で、かつ力みも無く自然にこなした人間は初めてだった。
コトン、とジョッキをふたり同時にテーブルに置き、
「おい、にーちゃん」
「あ、はい。なんでしょう?」
「エール、ジョッキでふたつ」
「はっ、はいっ!」
慌てて走り去る店員をしり目に、再びふたりは同じ体勢で、対峙。
「それで――なんだったかな?」
「正気か?」
「ああ、そうだったな……正気といえば、最近マテロフのオレに対する当たり、厳しくないか? 異常なくらい」
「それは俺も想うところではあるけどな。お前マテロフになんかしたのか?」
「いや……まっっったく、心当たりはねぇンだけどな。まぁ以前から無愛想でなに考えてるかわからんやつではあったが、まぁそういう意味では最近のあいつは可愛げが――いやそうでもねぇな、あいつすぐ弓持ちだすし」
「殺意あるしな」
「殺意と書いておとこおんなと読むっていうかな」
「違いねぇ」
アハハハ、と笑い合う。
知り合いの陰口で盛り上がるのは、傭兵の宴席での定番だった。
特に盛り上がるのは雇い主だとか上司だとか、頭が上がらない女局だとか。
まあそれは結局どの職種においても同じだとは言えたが。
人間基本的には下世話な話が大好きだ。
「アハハ……それはそうと、逆にスバルは最近、妙に嬉しそうだよな?」
「そうか?」
レックスの言葉に、ベトは眉をひそめた。
そう言われ──てもやはり以前からスバルは大して面白くも無いのにやたらニヤニヤしていた印象があったが?
ということは――
自分があずかり知らぬ所でか?
多少の興味は、無きにしも。
「そうか? ……ちなみにレックスは、どういうところでそういう風に思うんだ?」
「お前がアレ嬢ちゃんの子守りで忙しくて部屋に籠もってる時なんかな、俺たちはいつもみたく下の階で酒盛りしてんだけどな」
まじか。
それこそ寝耳に水だった、ここ最近は自分が普通に暇な時も随分長いこと酒盛りなんてしてないようにと思っていたが――こいつら、オレの七転八倒ぶりを肴に飲んでやがったな、と一瞬で悟るベトだった。
それはともかく、
「ほう、酒盛りな。それで?」
「ああ、そうそう飲んでる時な、時間も経ってスバルがベロンベロンに酔っぱらった辺りで、いっつも言いだすんだよ。良かった、ベトが良かった、本当よかった」
――だからなにが良かったんだよ?
「愛を知れて、本当に良かった」
ガタゴトガタンっ、と大ごとな騒音をまき散らし、ベトは椅子ごとひっくり返った。
足をぶつけ、腰を打ち、頭を地面に叩きつけた。
それでもなお、先ほど受けた衝撃を上回るものではなかったが。
天井を見上げ、ベトは呟く。
「――愛を?」
言葉に出したら、余計わけわからなくて――なんだか、面白くなってきた。
「あは、アは? あハハハ? アハあはアハあはアはあハアハはははは!」
「おぉ、イイ感じにブッ壊れてるなベト。どうした、なんかイイことでもあったか?」
ちなみにこの言い回しは、レックスにとって皮肉でもなんでもなかった。
この、飢餓、疫病、貧困、重税、強盗、強姦、殺人、戦争と、なんでもござれの狂った世の中、まともでいるよりおかしくなって理由理屈なく笑える方が当人にとっても傍から見ても幸せな事だった。
だから皆、こんな物音にもぶっ倒れたまま笑っている男にも、注目はおろか見向きさえしてこない。
みな一時の現実を忘れる為、酒場を訪れているのだ。
他人のそんなことに構ってやる筋合いなど毛筋一本もなかった。
それにしても、愛だった。
オレが?
この、戦争孤児のオレが?
愛?
たまたま拾った戦争孤児を――
あぁ。
そうか。
「ん? どうしたんだ、いきなり笑うの止めて?」
レックスの言葉に顔を向けると、いつの間にか来たエールを呑んでいるところだった。
今度は一気に全部ではなく、半分を。
じっくり楽しむ算段らしい、まぁ実際金も余裕があるわけじゃなし。
にしてもベトは、今さらながら気づいていた。
そうか、オレがアレに向けている感情。
それは――一種の同情も、含まれているものだったのかと。
そんなつもりがあったわけではなかった。
というより同情という感情も行為も、ベトは最も嫌うもののひとつだった。
持つ者の、余裕があるものの――唾棄すべき、持たざる者への、必死こいて這いずりまわっている者への、屈辱だと。
だが、これはそれとは違っていた。
いわゆるこれは、別の意味でベトが軽蔑する――
「傷の舐め合い、か」
「いいねぇ、舐め合い」
意外な人物からの、それは意外な感想だった。
少なくともベトは、彼には自分と似た匂いを感じていた。
それが――
「いいか? 傷の、舐め合い」
「それぐらいしたっていいじゃねぇか」




