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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
仲間 -party-
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Ⅳ/武器庫

「――――」


 それにベトはしばらくの間反応を待ち、その後軽く肩を竦めてから、改めて不要な剣の手入れに戻った。


 不要だというのは、もうそれ以上は手入れの必要が無いという以上に、もはや二度使う機会はないだろうという意味合いも含まれていた。

 このような超重武器、いくらベトとはいえ片手で扱うことはまず不可能にして、他の誰も振るうことは叶わないだろう。


 そういう意味では、今までの感謝の気持ちも込めらて。

 おそらくは最後のこの手入れで武器庫の奥へ仕舞われるだろうそれに、今まで御苦労さまの念を込め。


 そんな様々な想いに頭を巡らせているとふと、不安が胸に去来していた。


 剣一本で、今までを生きてきた。

 何があろうと、政治的にどうなろうと、どんな騎士様を相手取ろうと、なにも想ったことはなかった。


 ただ剣の一本で、そのすべてをねじ伏せ、食いぶちを稼ぎ、生きてきた。

 生き抜いてきた。


 つまりは自分の命そのものが、剣そのものといってもそう過言ではなかった。


 その剣を取り上げられる日が来るとは思ってもみなかった。


 よくよく手入れをしてみれば、愛剣はすっかりボロボロになっていた。


 刃零れは数知れず、芯自体にもブレが感じられる。

 柄との番いも相当に緩んでいた。


 これは別に今まで手入れを怠ってきたわけではなく、もはやメンテナンスどうこうで取り戻せる許容量をはるかに越えているという事実に他ならなかった。


 無理をさせてきた。

 ベトは柄にもなく感慨に浸り、愛剣に一言胸中で謝罪。


 ベトはこれからの身の振り方を考えてみた。

 もはやこの剣に、膂力に頼った戦い方は不可能だった。


 ならば別の得物に持ち替えてみるか?

 いっそ弓矢だとか、接近戦を諦めてみるとか?


 ここを脱出することが出来れば、マテロフに扱いを習うのもいいかもしれない。

 もしくは思い切って槍だとか?


 馬が無いが、今までの財産を一切合財処分すれば、まぁ、一頭ぐらいは――どうだろうか?


 それかもしくは、もはや傭兵の道を諦めてみるか?

 戦いを、捨ててみるか?


 いずれにせよ隻腕でまともな戦力になるだろうなどという甘い考えはない。

 もはや自分の傭兵生命は、断たれた。


 ふと、目の前が真っ黒になった。


 それはもちろん幻で、目の前には当たり前の光景が広がっていた。


 剣を、研いでいる手だ。

 それも右手一本で、足の膝で器用に固定しながら。


 なんになる?


 感傷的になろうとも、そんなものパンひとかけらの価値も無い。

 そんなもので腹はほんの少しも満たされることは無い。


 剣を棄てる。

 そして当たり前の仕事に従事し、当たり前の人生を生きていく。


 冗談だろう?

 そんなことが出来るなら、とっくにそうしている。


 自分は選んで剣を手に取ったのか?

 そんなわけがない。


 自分は物心ついた時には、既に剣を手にしていた。

 それを振り回し、殺していた。


 最初に殺した人間?

 そんな顔、覚えているわけも――


 本当に?

 本当に自分は、今まで手にかけた人間を、覚えていないのか?


「――――ハッ」


 息を吐き、固まっていた肩の力を抜く。


 感傷的に、なり過ぎた。

 いま自分が抱えている問題は、それではない。


 いやそれがどうでもいいというつもりはもはや無いが、しかしこの窮地を越えなくては、呑気に感傷に浸ることも出来ない。


 そう考え直して、顔をあげた。

 真っ直ぐにアレが、純心な瞳を向けていた。


 もう言葉を聞く必要も、なかった。

 ベトは軽く息を吐き、


「…………あん」


「救いたい」


 あぁ、そうだろう。

 あんたなら、そう云うだろう。


「わかった。命を賭けてやる」


「ベトが死ぬのは、イヤです」


「そうだな。オレも出来れば、もう少し生きていたい」


「でも、それでもエミルダさんが殺されるとわかっていて、それを聞かなかった、見なかったことにすることは、どうしても、出来ません」


 理由はもう、聞くつもりはなかった。

 なかったというのに。


「神に、捧げましたから。この世界を、救うって。それなのに、なのに……エミルダさんを見殺すことなんて、なんて……っ」


 泣きだした。


「あー、わかった。わかったから、助けるし、それにオレも、死なないから、それで、いいんだろ?」


「だって、ベト、無理だって……」


「無理でも無茶でも無謀でも、やるんだろ? 神に、捧げたから?」


「う、うぅ~……は、はい」


「ならもう、泣くな」


「は、はいぃいっ」


 泣き止ませるまで、ひと苦労だった。

 本当にこの子の相手は、丸っきり一種の子守りだった。




 その後アレが落ち着くまで待ってから、その日の談話はお開きとなった。


 結局最後まで、オレアンもプライヤもこちらに干渉してくることは無かった。

 ただふたりとも似たような微笑を、湛えていた。


 オレアンはともかくとしてプライヤからもそのような静かな印象が伝わってくるにつれ、やはり彼女はそういった類の人間なのだという確信めいたものをベトは得ていたりした。


 アレはプライヤが、部屋まで送っていくことになった。

 そういう辺りは、やはり女性が妥当だろうと。


 それを見送ってから、ベトとオレアンはどちらともなく腰を上げた。


 ベトは部屋に戻ろうとしていた。

 自分には分不相応な、やたらとベッドがふかふかな"今日の"巣に。


「ベト」


 正直声をかけられるとは、予想していなかった。


「? ……なんスか、せんせい?」


「体の方は、どんな塩梅だ?」


「いや、まぁ……とりあえず、剣振れるくらいには」


「そうか。このあとちょっと、いいか?」


 断る理由も、そして用事も無い。

 ベトは返事をすることもなく頭をかきながら、先をいくオレアンのあとについていった。


 その道中、どこになにをするのだろうと考えていた。

 考えてはいたが、しかしそれが纏まることはなかった。


 というよりも実情としては、ベトはオレアンといると、油断してしまっていた。


 縁もゆかりも無いベトは、オレアンに対して父に対するものに近い感覚を覚えていた。

 それほどオレアンはベトにとって、信頼のおける数少ない人間だった。


「三日後には、この都を出ねばならん」


 無耳に水の言葉も、オレアンが相手なら慣れっこだった。


「……ひょっとして、合わせてないスか?」


「そうでもない」


 ツカ、ツカ、と靴の踵が固い床を叩く音だけが、ふたりの会話を聞いていた。

 そのテンポも、声色も決して変わることは無かった。


 そして淀みなく、会話は続けられた。


「お前たちふたりを、おれは気に入っている。そしてここでの生活も、短くはあったがおれは存分に楽しませてもらった。だが誠に遺憾なことに、おれはいつまでもここにいるわけにはいかん。ハントスの古巣に戻らなにゃならん。あそこがおれの骨を埋める場所だし、かわいい息子たちもおれの帰りを待っている。その期限であるXデーが、その日だ。


 ついてくるかどうかは、自分で決めろ」


 せんせいは、キッパリといった。

 その清々しさが、ベトは好きだった。


 そしてその言葉で湧き起こった想いは、ふたつあった。


 気がかり、といってもいいかもしれない。

 問題、といった方がより適切かもしれなかった。


 それを解決しないことには、一歩も前に進めない。

 もちろんひとつは、エミルダ救出の件。


 そしてもう、ひとつ。


 一歩も教会の外に、出られない。


「――――」


 これは深刻な問題だった。


 ベトとアレは、王都に入る際その直属の兵士たちに顔を見られている。

 その後二人は拘束され、そのまま解放されることなく逃走とあいなっている。


 つまり二人は罪人として──現在結果的に指名手配犯として追われる立場にある、ということだ。


 城塞都市である王都ローザガルドは、その通りぐるりと城壁が街をすっぽりと囲んでいる。

 もちろんそこには二重の関所が設けられ、厳重な審査をくぐり抜けた人間だけがこの都市に入ること、そして出ることが出来る。


 もちろん、今のふたりは関所どころではない。

 ついうっかり巡回の役人に見つかりでもしたら、即刻兵という兵から追われ、捕えられて、二度と日の目を見ることは無いだろう。


 だからこそこの風来坊のベトが、文句言わず大人しく教会で三日も眠り続けたあと、一週間も引きこもり生活を続けていたのだ。

 まったく解決できる見込みも無い問題が、ふたつも。


 ここでベトが繊細な性格――いや、むしろ真っ当な神経を持ち合わせていたのなら、頭を抱えて蹲り胃痛のひとつも発症しそうなものだった。


「…………」


 しかしすべて納得してなお、ベトは黙ってオレアンのあとに続いていた。


 頭を使って、どうにかなるものではないという経験則に基づくものだった。

 苦手だ、というのも事実だったりはしたが。


 そしてあとは一度のやり取りもなく、ベトは一度も開かれた所を見たことが無い扉を抜け、一度もお目通り叶ったことのない部屋に入った。

 ベトは目を、丸くした。


「なン……スか、ここ?」


「驚いたか?」


 ニヤリ、とオレアンはお得意の口元を吊り上げる仕草を見せた。

 その部屋は、一番教会というお題目からはかけ離れた空間だった。


 一種の、それは武器庫と化していた。


 まず目につくのがブロードソード、ロングソード、バスタードソード。


 この辺りは定番として、他にはサーベル、レイピア、ストックに、変わり種としてフランべルジェにジャマダハル他見たことも無い異国の刀剣たち。


 剣だけじゃなくランス、ジャベリン、パルチザンといった槍類に、クロスボウに複合弓コンポジットボウ、さらには戦斧バトルアックス戦鎌ウォーサイスと、なんでもござれといった様相。


 それが壁一面に、びっしりと掛けられていた。

 どちらかというと、まるで武器の見本市といった様相だった。


 ベトはポカンと口を開け、呆然と見上げたあと――オレアンと同様、ニヤリと笑った。


「……なんなンスか、この部屋は?」


「お前のための部屋だよ」


 いけしゃあしゃあとよく言う。


 ベトは思った。

 思ったが、それについて特になにも言わなかった。


 そういう二人は、関係下だった。

 そしてベトは、ゆっくりと部屋を壁伝いに周り始める。


「おー、このブロードソード、珍しい型ですね。どこで見つけました?」


「ヘネザル地方の、ギルムという腕のいい加治屋の手によるものでね。知り合いで、よく無茶を聞いてくれたよ」


「さっすがせいせいっスね、顔が広い。こっちのレイピアは? 随分刀身が長いっスけど」


「それは女性用だ。懐に入れさせないように、かつ、全体的に軽い素材で作られている。持ってみるか?」


「いや、イイっスよ」


 ひらひらと手を振って、遠慮する。


 ああいう細っこい剣は、ベトの性に合うものではなかった。

 羽でも持ってるみたいで、グリップ感がないというか。


 そしてベトは改めて、武器に目を通すことを再開した。


 こういう武器を眺めているのは、心落ち着いた。

 どこか、守られているというか。


 ふと、オレアンが口を開く。


「――どれか、気にかかるものはあるか?」


 フッ、とベトは乾いた笑みを浮かべる。


「いや……今のとこ、なンとも」


 ベトは今まで、幼少期は身の丈ほどもあるロングソードを、そして15を越えてからは超重武器であるあの愛剣を使ってきた。

 ゆえにベトは真っ当な武器というモノを、手にしたことが無い。


 そしてそれを使おうと考えたことすらなかった。

 だからこそ、身の振り方を考えていた。


 いずれにせよ隻腕では、と結論付けていた。

 そこでこういうことになるとは、予想外だった。


「殺したのがエミルダだったから、助かった」


 不意の言葉の方には、もう慣れっこだった。


「……どういう意味っスか?」


 オレアンは部屋の隅にあった椅子に深く腰掛け、足を組み、指をからませていた。


「もし、お前が王に手を出していたのなら、なにをどうしても助けようがなかった。差し向けられた騎士隊を撃退し、城下、結果的に城内に侵入、近衛兵を多数討ち倒し脱走と現状なってはいるが、国王殺しという超ド級の国家叛逆罪のおかげで、その矛先は完全にそちらに向いた。そのおかげで、お前たちを救う算段も出来なくもない状況だ。城内での大暴れも、おれが忍ばせておいた協力者のおかげで外からの賊による仕業となったようだ。


 良かったな」


「素直に喜べませんよ」


 さすがに、そう呟いた。


 それに今度はオレアンの方が肩をすくめる。


 喜べるわけがない。

 自分は、王を殺すつもりはなかった。


 なのに殺されてしまった。

 それも罪を犯す必要のなかった、一侍女に。


 失態だった。

 一瞬目を離した。

 つい油断した。


 それに対する負い目、罪悪感をベトは抱いていた。


 だからアレの言葉は、半分は渡りの船でもあった。

 いや実際は3分のい――むしろ5ぶんの、じゅう……5%ほどは、といったところか。


 どれほど責任を感じていようとも、命を賭けるほどの義理はない。

 やはりせいぜい1%未満、といったところだろうか。


「よって問題は、エミルダという婦女子を如何にして"問題なく"救出するかという一点に尽きるだろう。割ける人員は、20もいるかといったところだ。それになによりお前自身が中心となり働いてもらわねばどうにもなるまい。

 おぉ、神よ(oh, my god)。与えし試練はあまりに重く、我が心は今にも押し潰されんと――」


「せんせい」


 ただ一言。

 ベトはオレアンを、呼んだ。


 それにオレアンは笑みで返す。

 ただそれだけのやり取りで、ふたりは通じ合っていた。


 改めて、ベトは”作戦会議”を再開。

 なんとかしてやるよ、アレ。


「……中心として、っていうのはあんま自信ないスけどね。右手一本で、どこまでやれるかっていうか」


「お前が今まで培ってきた、戦闘時における生きる嗅覚とでも呼べるものは、まだ残っているだろう。あれほど無茶な生き方を貫いてきたお前だ。また今回もしっかり生き汚く生き残ることだろう」


「明らかな褒め言葉、恐縮至極に承りますよ神父さま。じゃあまぁ……」


 改めて、ベトは武器の群れに目をやった。

 物見遊山ではなく、使う、という前提で考えた場合、見方はまったく変わってくる。


 前提条件は。


 片手で扱えて、かつ殺傷力が高く、自分の戦闘スタイルに合っているモノ――


「グレートソードなんぞ、もう使えんからな」


 皮肉っぽいその言葉に、ベトは苦笑いで顔を伏せる。


「……そういう言い回しは、あんま好きくないんすよ。ンか、偉そうで」


「だからノーネーム、か?」


 名無しの剣。


 ベトの愛剣に、銘は無かった。

 呼ぶ時はみな、ベトの巨剣と呼んでいた。


 オレアンのツテで紹介してもらった名も知らぬ腕利きの刀鍛冶に、色々と注文をつけてしかし実際その意向は一割も満たしてはもらえなかったが結果ベトにとって最高度の完成度で応えてもらえた。

 そういう曰くつきの逸品だった。


 それから、思えば十年以上の付き合いとなっていた。

 もはや戦友とでも呼べるレベル。


 銘くらい付けてやればよかったかと、思わないでもない。

 まぁ今さらどちらでもいいことだが。


 しかしベトの巨剣という呼び名も、悪くないといえばそうだった。

 巨という辺りに呼び手の悪意を感じる辺りが、さらに。


 まったくあいつら馬鹿ばかりだったが、果たしてよろしくやっているのか?

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