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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
仲間 -party-
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Ⅲ/偽りの楽園の終焉

 そして再びオレアンが、口火を切る。


「それでベト、」


「なんですか?」


「これからのことは、考えているのか?」


 僅かな逡巡は、あった。


「……まぁ、そこそこは。そうスね、とりあえずこの左腕が――」


「その左腕は、残念だったな。しかしとりあえず熱も引き、一命を取り留めたのだから、よしとしよう。神は見て、そして使命ある者にはそれを与える。お前には未だ、使命が残っているのだろう。


 ところでアレさん、」


「は、はいっ」


 突然水を向けられ、アレは慌てた。


 ベトは気づいていた。

 しかしあえて遮ることもしなかった。


 その辺りは付き合いの長さに由来するものだった。

 それを知らぬアレはただ必死に、


「な、なんでしょうか?」


「キミはなにか、これからのことなど考えているのかな?」


 まるで時が止まったような、そんな静寂の時が数秒ほど訪れた。


「――あの、」


「なんだい?」


「お聞きしたいことが、あるのですが?」


「なんだい?」


「エミルダさんは、どうなるのでしょうか?」


 しまった、と思った時にはどうしようもなかった。


 訪れるだろう瞬間が、遂に来てしまったという感覚だった。

 思えば僅か、一週間だった。


「エミルダ……とは?」


 そして時は当たり前に、無情に動き始める。

 終わりに向かって。


 避けられない、その瞬間に向かって。


 それを目の当たりにして、ベトは抵抗を完全に諦めた。

 こういう切り替えが、ベトは早かった。


 それは幼少の頃より抗えぬ運命を相手取ってきた経験によるものだった。

 オレアンは平然と、アレと会話を繰り広げていく。


「誰のことを言っているのかね? 申し訳ないが、覚えが無いのだが……」


「わたしと、ベトが……王様のお城に、入れていただいた時――」


 これはさすがに皮肉のように感じられるが。


「わたしに、処女検査、というものを受けるように命じられて――」


「それをアレさんは、受けたのかね?」


「いえ。ただその際色々とお話しさせていただいて、それでわたしが魔女ではないと魔女裁判の折りに証言していただいて、そのおかげでわたしは有罪にはならず、王様ともお話しをさせていただけて……御存知、ありませんか?」


 知らないわけがない。


 ベトは思った。

 内通者がいるのは、間違いなかった。


 でなければ自分たちをここまで迅速に、無傷で連れてくることなど出来ようはずもない。


 ということは概ね中の人間たちも、役職も、関係も頭の中に入っていることだろう。

 ならば処女検査官だったという人間を、オレアン知らない筈もない。


 だからベトは、オレアンの次の言葉に注目した。


「知っている」


 やはりな、という想いは湧いた。


「思い出して、いただけましたか」


 やはりこの子は、底が知れないなと思ったりした。


 そしてアレは澄んだ瞳で、オレアンを見つめた。


「では……彼女がどうなったのかも、御存知でしょうか?」


「三日後だ」


 ベト含め、おそらくはシスタープライヤもその意味は即座に理解出来たのだろうことは感ぜられた。

 目が見えなかろうと笑顔に陰りが無かろうと、その分気配でわかる。


 そしてアレも同様に――いやむしろ逆に、わかりやす過ぎるその挙動故に。


「……どういう、意味ですか?」


 聞くか、という諦めにも似たその感情は、もう何度目のことだろうか。


 オレアンはゆっくりと杯を傾け、そして同じくゆったりとした動作でその杯をテーブルの上に戻し――告げる。


「ミズ・エミルダの処刑が、執行されるまでがだ」


 カラーン、という無機質な音が、静寂の談話室に響き渡った。

 それはアレが胸に握り締め、会話が始まる前までずっと祈りを込め続けていた、祖母の形見の、ロザリオだった。


 それがベトには──平穏、という名の偽りの楽園の時間が、粉々に砕ける音に、聞こえていた。


 アレは、なにも質問しなかった。


 なにも、聞くことはなかった。

 疑問を口にしなかった。


 その胸中は、疑問符でいっぱいだったはずだ。

 しかしアレは、停止していた。


 そう、停止していたのだ。

 黙っていただけではなく、動かなかった。


 ロザリオを足元に落とした、その瞬間から。

 まるでそこだけ、時が磔られたかのように。


 その胸中が、ベトには理解出来た。

 付き合いが、長かったから。


 そして本人には及びもつかない想いだったが――どこか似た境遇を、抱えてきていたから。


「――――ベト、」


 だから最初に自分の名を呼ぶことも、容易く予想できた。


 ベトは瞳を閉じ、応えた。


「なんだ?」


「助けてください」


「おう、いいぞ。どうして欲しい」


「助けてください、エミルダさんを」


 わかっていて、聞き返していた。


 諦観が、常時になりつつあった。

 元々その感覚を、ベトは持ち合わせてはいなかった。


 持ち合わせた境遇にイイもなにも無く、ただそれだけのものであり、嘆いたり喚いたりする人間たちはベトにしてみれば時間や労力の無駄で、ベトはただただ生きる為に殺す毎日になんの疑問もありはしなかった。


 ある種、考えることを放棄していたともいえた。

 それも生まれながらに捨て子であったという事実が、大きな要因であったといえた。


 しかしそれがアレによって、本人も気づかないうちに変えられていた。


 それが諦めの、境地というモノだった。


「助けて欲しいのか?」


「はい」


「エミルダを?」


「はい」


「エミルダはお前の、親か?」


「いいえ」


「エミルダはお前の、仲間か?」


「いいえ」


「エミルダはお前の、なんだ?」


「え……」


 キョトンとする顔をされるのも、もはや慣れたモノだった。

 この子には、計算するという発想が無い――いや、そうではないか、とベトは考えを改めた。


 永い長い間閉じ込められ、ひとりずっと何もかもを諦めさせられ、その結果としてしかしその手にはなにも残らなかった彼女が選択した、その生き方。


 神にその命を捧げたという、その生き方。


 その対応法はただひたすら――耐えること。


 しばらく惚けた顔を見せたあとにアレは、


「……エミルダさんは、わたしに、優しくしてくださいました」


「ほう、どんなことを?」


「処女検査というものを受けるようにいわれたわたしに、それを受けさせることなくわたしは魔女ではないとみなさんに、証言してくださいました」


 思わず、ベトは失笑する。

 それにアレは頭を傾げた。


 神父とシスターは、なにも言わず微笑の表情を変えることもなかった。

 そしてベトは、質問を続けた。


「くく……なるほどな、それはよかったな?」


「はいっ」


 あえて、皮肉は込めなかった。

 その予想通りに、アレは素直な返事を見せた。


 そして次の質問に移る。


「なるほどなるほど。それでお前は魔女ではないと証言してもらったから、そのオバさんを助けたいと」


「助けて欲しいです、ベトに」


「なるほどなるほど、オレにな。それはわかったが、あんたはその意味が、わかってるのか?」


「意味って、どういう意味ですか?」


「オレの命をも、賭けるってことをさ」


 あえて軽く、挨拶でもするように声をかけた。


 しかしそれでアレはいま気づいたようにハッ、と顔をあげた。


 残りの二人は、微笑を保ったままだった。

 まるで下手くそな喜劇でも観せられている気分だった。


 そこからは、無用ともいえるような押し問答が延々と続いた。

 虚しささえ、漂うような。


「命を、賭けるって……」


「意味が、わかるか?」


 先制をかけてきたアレに、ベトは冷静に、優しく諭すように問いかける。


呆けたような表情は、見慣れて愛着や憎悪まで湧きそうだった。


「……どうして、ベトが、命を? わたしが賭けるなら――」


「あんたが賭けて、どう救う?」


あえて救うという表現をベトは選んだ。 意図は、おそらくは伝わって――


「わ……わたしには、その……」


効果てきめん。

ベトはかすかにほくそ笑み、


「どうした? なにか問題でも起こったか?」


「――わたしには、力がありません」


しばらくの沈黙の後、神妙とした顔でアレは呟く。


たまにはやり返さないと、割りに合わない。


「そうだな。無力を知ることは、いいことだ。身の程知らずはまず、身を滅ぼすのが常だからな」


「それでも、世界を救わなくてはいけません」


「そうだな。それがあんたのアイデンティティーとも言えるからな。間違いない。それで?」


「…………」


「どうした? ご高説、痛み入るといった感じだが――」


「……ベトぉ」


珍しく、泣き顔にアレはなった。

 それを鑑みて、ベトは今までアレを甘やかし過ぎたのかも知れないと悩ましく思っていた。


仕切り直すように咳払いして、


「……あんたがオレに望むことが、そのオバさんを助けることとする」


「ベトぉ……!」


逆の意味で涙目になられて改めて弱りながら、


「そ、それで……さっきの言った意味が、そのオバさんの助け方というわけだが」


「助け方、ですか?」


「あぁ。たとえばあんたは、その……デビルダっていったか?」


「エミルダさんです」


特にリアクションもなく正されると、ボケた方の身としては切なくなるのが事実だった。

それはともかく。


「助けるとして、どう助ける?」


沈黙は、10秒にも及んだか。

 無理難題にもキチンと考えられるのが、この娘の良いところだと思う。


「あ、い……いるところを、教えてもら、って……助けてもらえるよう、お願いしてみます」


「いいねぇ」


結構本音でそう思った。

 ついこの間までは無理だ無茶だ無謀だ夢見んな現実見ろと人差し指突きつけた人間の言葉じゃないなと内心ほくそ笑んだりして。


だがやはり結局は、やることは同じだったのだが。


「けどまぁ、それは無理だな」


「それは王さまと同じように、ですか?」」


その言葉に、ベトはちらりと二人を横目で観察。

 オレアンはワイングラスを回し、プライヤは点字の本を指でなぞっていた。


 アレの言葉に対するリアクションはなく、そして干渉する気もないらしい。

 その意図を確認し、


「まー、そうといえばそうだな、うん」


「本当に、」


切実な瞳で。

アレはベトに、迫ってきた。


「本当に……話し合える余地は、ないのでしょうか?」


「無いことも無いだろう」


 ベトは本音で、そう答えていた。


 以前だったなら戸惑っていたそれにも、残念ながらベトは耐性がつき始めていた。


 喜ばしい事態の筈のそれが、少し、悲しかった。

 なにが悲しいのかわかってしまうのがまた、哀しさ倍増だった。


 ベトは息を吸って、


「けどまぁ、話し合う前に殺されちまったら――あんたでもない限り、もう話し合うことも出来ないだろうな」


 ニッ、と口の端を吊り上げる。

 それにアレはポカンとした顔をしたあと、笑った。


 その笑みは無邪気で、きっと条件反射的に笑い返してしまったのだろうとわかってしまう。

 そしてベトは、言葉を再開?


「わかるか?」


「わかります」


 そしてアレは、ひと息吸った。


「だから、助けなくちゃいけないんです」


「繰り返してるな」


 ベトはくくく、と肩を震わせて笑った。

 再度アレはポカンとした表情を浮かべた。


 本当に、この娘らしい。

 ブレないな。


 そう感心したあとなんとか笑いを噛み殺して、


「そ、それで……言葉が通じない人間を相手どって、どうそのオバさんを助けるよ?」


「――――」


 アレは、固まった。


 言葉も、表情も、もっといえば呼吸や空気まで。

 それは切っ先を突きつけられた貴族に似ていた。


 一瞬前まで自分が死ぬだなんて夢にも思っていない人間に襲った、恐るべき現実。

 だがアレの場合は、果たしてどうなのか?


 ベトはほとんど間を開けず、言葉を続けた。


「オレはあんたの為だったら、なにをやってやったっていいと思ってる」


 こんな想いを話すような日が来るとは、それこそ夢にも思っていなかった。

 本当にこの世の中は、皮肉だらけで出来ていやがる。


「オレはあんたの、動かない足の代わりになってやる。どこにだって潜り込んで、望むものを与えてやる。まともに剣を振れない腕の代わりになってやる。どんな巨人にだって立ち向かって、望む戦果をあげてやる。見てやる、聞いてやる、走ってやる、戦ってやる。この手、この足この肉この血この、魂の最後の一滴まで、あんたのために捧げてやる。


 だが――」


 ただただ美しい一体の彫像と化したアレを相手にまくしにまくし立てたあと、ベトは自らの左半身に目をやり――


「悲しいかな。隻腕の騎士ナイトならぬチンピラ傭兵っつーのも、いやはやまったく格好もつかない話だよな」


 自嘲気味にため息を吐いた。


 そしてアレに、事の説明を始めた。




 わかっていた、こうなることは。

 たが避けられないこともまた同様に、予測出来ていたことだった。


 誰が悪いという話ではない。

 ただ世の中には、変えようのない運命というクソったれがいるのは違えようのない事実というだけの話だった。


 処刑は、城の前の大広場で行われるという話だった。


 刑は、斧による斬首。

 罪状は国王殺しという、国家転覆級の大罪人。


 騎士団の凱旋パレード後のクライマックスという、それは最高潮に盛り上がる場で、だ。

 それはそれは過去に例を見ないほどの、一大スペクタクルショーとなるだろう。


 ちなみに近年一番盛り上がるイベントといえば絶叫怒号轟くという、魔女裁判で有罪を受けた者を十字架に磔にしての火炙りだというが、それはまた別の話として。


 おそらく見物人は、千とも二千にも達するかもしれない。

 警備には主だつあらゆる兵士が駆り出されることだろう。


 任務レベルとしては、BだかAだか遥かに突破しSさえも足元にも及ばないSSSトリプルエスとでも付けられるかそれでも足りないレベルか。

 レイティア島最強と謳われる王都ローザガルド擁する聖王騎士団を全投入したとしてなお、成功率は半々にも及ばないだろう。


 こんな文字通り片手落ちな傭兵がひとり命を賭けてなんて、問題にすらならない次元だ。


 それをたっぷり時間をかけてゆっくり丁寧に辛抱強く順序を追って、ベトはアレに説明した。

 それをアレは必死に必死に、額に汗を浮かべて一文字も聞き漏らすまいとして耳を傾けていた。


 オレアンとプライヤは、やはりワインを傾け点字を追い続けていた。


 そしてアレのターンが始まった。


 アレはひたすらに賢明に、その理論の穴を探し続けた。

 説明を求め、そして質問に次ぐ質問。


 それは知識が乏しい、子供の理論。

 以前のベトだったらまず間違いなく相手にせずキレていた類のもの。


 それをベトは、ひとつひとつ丁寧に対応し続けた。

 決して小馬鹿にせず、雑に扱わず、相手の納得を求めた。


 そのうえで、次の段階の話に進んだ。

 それはまるで父親が娘にするそれに似ていた。


 結局問答は、三時間にも及んだ。

 久しぶりに出会った日の荷馬車の中を、ベトは思い出したりしていた。


 沈黙は不意に、訪れた。

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