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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
仲間 -party-
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Ⅰ/御伽噺みたいな生活

 ベトは独り、戦ってきた。


 齢十を数える頃には既に、戦場に立っていた。

 初陣の際には、得物は両手でやっと持ち上げられるようなバスタードソードを使っていた。


 初めから、大物な得物が好みだった。

 シンプルで、そして強いから。


 どんな状況に陥ろうが、ベトは決して引くということをしなかった。

 例え三騎に袋小路まで追い込まれようとも、背を向けることなく真っ向から立ち向かった。


 勝算があったわけではない。

 ただ、考えなかっただけだ。


 それでも生き残ってこられたのは幸運という他言いようがない。

 自分でも、生き汚い女神ならぬ多分オッサンには好かれているだろうなくらいの自覚はあった。


 独りだった。


 どんな戦友だって、この気持ちを分かち合えることはなかった。

 この苦しみを、共有できることはなかった。


 別に自分だけ特別辛いという泣きごとを喚きたいわけではない。

 ただ事実として、それが存在するというだけの話だった。


 天涯孤独。


 それは結果ではなく、初めからそうだったという在り方。

 物心ついた時には戦場で、そして自分が生まれた場所さえもわからないという不条理。


 よくある話だ。

 そう言ってしまえば、すべては終わる。


 片付く。

 事実として戦争孤児など、数えることさえバカバカしくなるのが現状だ。


 戦争中なのだ。

 男も女も、親も子も、大人も子供も、相手は考えてくれるわけじゃない。


 だがしかし、そのほとんどは死に絶える。

 だいの大人ですらその日食べるものをすら確保しきれないのが現実。


 それが助ける者もいない、何も知らない、出来ない子供が生きていけるほど、この世界の神さまは優しくない。

 だからこそ、同種と知り合ったことが、ベトはない。


 それを寂しいだとか感じる感性を、ベトは持ち合わせていない。

 しかしそれに、空虚さを感じ得ないこともベトは、なかった。


 肉親が、一切いない。


 それはつまり、憎しみさえ存分に与え合う存在を知らないということに他ならなかった。


 最初から近くにいたのは、大人だった。

 それに別に不満があるわけじゃない。


 どいつもこいつも今日の喰いぶちとイイ女を抱くことにしか興味が無くて、ひとの境遇をどうのこうのと言わない気がイイ奴らばかりで、でも戦場に出れば自分が一番なのも、今の自分と大差ない。

 それはむしろ清々しいくらいで、それはむしろ心地いいくらいだった。


 ただ。


 そう、それはただ、事実として――最初に与えられたのが剣で、最初に目にしたのがスバルの――いかにも厄介そうなものを押しつけられたといった、その表情だっただけだ。


 ただ、それだけ。


 それがどうだとか思うのも馬鹿馬鹿しいし、そんなものより大事なのはいかに生き抜き、いかに殺すかで――


 ベト。


 だからオレは、そんな風に優しげに声をかけられる資格なんて、ないんだって。




 目を、覚ます。

 それは穏やかな目覚めだった。


 ここ数年、というか10年近く味わったことのない類の。


 誰に急かされることも、求められることもなく、身体がそうするままに身体を起こす。

 それは生き物が元来持ち合わせる、それは自然な在り方のようでさえあった。


 それはとても、心地よく。

 微睡みさえ感じて、瞼を開ける――


「――――」


 そこでベトは、硬直した。

 意外な展開に、ひとはまともに対応できない。


 その、目と鼻の先に。




 盲目のシスターが、ほんの五センチくらいまで迫っていた。




 微睡み、粉砕。

 ノスタルジックな回想、台無し。


「…………」


 徐々に冷静に判断できるようになった頭でベトがジト目をかましていると、


「……ベト」


「ヲイ」


 やはりそれは先ほど感じていた通り、どこからどう訊いても完璧にアレの声だった。

 頭が痛くなる事態ではあったが、しかしそれ以上に感心もしていた。


「……声帯模写、ってやつか?」


「ありゃ、ご存知でしたか?」


 見破られ、シスタープライヤは目を丸くする。

 ちなみに今までは純心そのものという顔を作っていた、まんまアレっぽく。


 ベトはボサボサの頭をかきながら、


「なんでンなことしてんのかまではご存知ねぇけどな……くァ」

 あくび一つ、伸びをする。


 いずれにせよ素晴らしい目覚めには違いなかった。

 まったく教会の人間ってやつはいいベッドに寝てやがる。


「いやいやいや、意味なんてあるようでないですよー」


「ないんかい」


 ツッコミ役も慣れたものだった。

 決して慣れたいわけではなかったが、しかし最近婦女子と絡む機会が多すぎる。


 ンなもん娼婦とだけで充分だってのに。

 と考えた所で、ベトは思い至った。


 そういえば最近色々とあり過ぎて、そっち方面はずいぶんとご無沙汰だった。

 アレと同行する機会も多く、放出する機会もなかった。

 と考えればもう随分と溜め込んでいると見て間違いないだろう。


 ――行くか?

  久々に?


 そう考えると、ご機嫌だった


「では、ご主人さま」


 一気に萎えた。


「あー……その、なんだ?」


「朝ごはんのご用意がございますことよ?」


「あー……いま、いくわ」


「わかりましてございます」


 しずしず下がるその仕草すら、嘘くさいものに感ぜられやがる。

 あー……のあとに結局なにも言わなかったのは、実際訂正する気も失せたというのが本音だったりした。


 あの、メイド――ならぬシスターには、勝てる気がしなかった。

 マイペース過ぎて、女性ということも相まって、どうにもこうにも、という感じだった。


 ふと、盲目というそれが脳裏を過ぎったが。


 それをどうこう言うのは、それこそお門違いというものだろう。




 聖堂で過ごし始めて、一週間くらい経っていた。


 その日々は、今までとは比ぶるまでもなき程に、穏やか過ぎるほど穏やかなるモノだった。


「……くぁ」


 シスタープライヤに妙な起こし方をされて、とりあえず微睡みそのままにくわぁ、と大あくびついでにそのままパタっ、とベッドに横になり、そしてぼーっと窓の外を眺め、なにをするでも考えるでもない怠惰を十二分に楽しんでから、階段を下りて、廊下を通り、食堂に入った。


 途端に、いつもの挨拶がとんでくる。


「おはようございます、ベトっ」


 今日もアレは、元気いっぱいだった。


「……っかわらず、元気だよなあんたは。朝のダルさとか――」


「えっ? なんですかベト、よく聞こえませんよっ?」


「……ン、でもね」


 ブスっとして頭をかく。


 朝一の大声は、脳に響く。

 出来れば止めて欲しいところで実際何度かは注意したが、効果のほどは見留められなかった。


 あまりにバカでかすぎる柱の間を縫って、あまりにバカでかすぎる石造りのテーブルにつく。

 そしてあまりに立派すぎる食器と、あまりに豪華過ぎる料理に、眩暈を覚える。


 まったく、自分が小人かなにかになって、その国の王様にでもなったように勘違いされる想いだった。


 それは別に不満だ、というわけではない。

 ただ、性に合わないというだけの話だ。


 生まれてからこれまで、家畜同然の生活を続けていたのに。

 こんなに、お伽噺みたいな生活があって。


 そこに溶け込もうとしている、自分がいるということが。


「――柄にもネ」


 感慨にでも浸っているのかと、少し寒い想いをして、着席する。


 ちなみにベトの席は常に右手の、奥から二番目、同列一番奥に座るアレの隣だ。

 それはベト自身が望んだモノだというよりも、必然的にその場所に追いやられているというのが実際だといえた。


 なんだかなにもかも自分が知らない所で決められて、コントロールされているような感じがして、面白くなかった。


「ああぁ、ァア!」


 席に着いてチマチマとスープの中のコーンなんてフォークで刺そうと弄んでいると、隣から奇声というか絶叫というか、とにかくそういう訳のわからん声があがった。


 ベトは頭をかき、ようやく刺せたコーンを口に放り込む。


「……ンな美味いか、これ?」


 そして自由になったフォークで"これ"を指す。


 それは色鮮やかに彩られた食卓の中でも、ひと際目を引く色合いをした食物だった。


「は、はい、ぃ……ああああああ、マズいですっ!?」


「……どっちだよ?」


「不味い(そっち)ではなくてですね――感動のし過ぎで、なんだか頭が変なところにイってしまいそうですっ!」


「そりゃよかったな」


 我ながら温度差を感じるやり取りを経て、ベトは改めてそちらにフォークを向け――ようとして、やはり途中で軌道修正して塩漬け豚バラにし、刺して、器用に千切って、口に運んだ。


 うめぇ、半端じゃねぇ。


 やっぱこういうとこで出てる肉は脂身がベタベタしつこくなくて、かつはんパなくジューシーで、なんか香辛料もピリっと効いてて、まーヤバい。

 やっぱ肉だろ、肉。


「あわわわわわわ……わあああァァァアアアアっ!」


 ツッコミ待ちにしか感じられず、ベトはガシガシ頭をかいた。


「……チーズ、ね」


「はいっ!!」


 やはりというか、すぐさまアレは目を輝かせた笑顔をこちらに向けた。


「…………」


 それにどうしても、ベトはブスッとした表情を向けざるを得なかった。


 テーブルに目を向ける。


 並ぶ3種はぷるぷるの柔肌だったりとろとろに溶けていたりなぜか青い斑点が浮かぶ凶々しいものだったりしていた。


 チーズとは──詳しくは知らないがなんやかんやして固めた、牛の乳の成れの果てだとか。


 いわゆる保存食に分類されるとかいう話。

 そういう意味では今食べてる豚バラ肉の塩漬けと似たところがあると言えなくもないのか。


 牛の胃袋と混ぜるだとか、どっかの洞窟でやたらと長い時間放置するだとか、カビさせて食うゲテモノだとか、そういう何とも言えない噂話が耳に入っては消えていったとかベトにとってそんな程度の認識のもの。


 それらの切り身をつまむたび、アレは感動で若干白目まで剥いていた。


「ん~……!」


「――――」


 そのアレの"醜態"に、ベトはアレが最初にチーズと出わくした時のことを思い出していた。


 シスタープライヤ、

『今日はチーズをお出ししますねー』


 アレ、

『チーズ? チーズってなんですか?』


 シスタープライヤ、

『食べてみればわかりますよー』


 アレ、

『うーわ、なななな、なんですかこここここれはー?』


 大騒ぎだったな。


「…………」


 ふと気づけば。


 そのキラキラした瞳は、ベトへとその方向を変えていた。


 それはそんな感動するチーズを食べる手を止めてまで、ベトにあることを訴えかけていた。


「…………」


 それに仕方なく、という面持ちで、なんかトロトロというかドロドロというかなやつにフォークを刺し、その流動性に苦労しながらも、口に運ぶ。


 もにゅもにゅというかぐちゃぐちゃと咀嚼すると、熟成された香りとなんともいえない塩味ともったりとしたコクが――赤ぶどう酒とかには合いそうで好きなひとには堪らなそうだが、独特の食感と腐ったような感じというか実際は違うんだがクセが自分にとっては正直――


「どうですかっ、ベト!?」


「…………」


 苦手だった、ベトは。

 こういう、アレの無邪気な、眼差しが。


 だからますます不満そうに顔色を曇らせつつ、も。


「あー……確かに、まー……うまいな」


「ですよねっ!!」


 嘘は言ってないよな、と頬杖をつきつつ、ベトはアレのその輝いた笑みでチーズを頬張る横顔を盗み見ていた。


 心のどこかで、無意識下のレベルではあったが、こんな日々が続いてくれればなどと柄にもない事を、願いながら。

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