Ⅱ/事の顛末
ベトはまたも反射的に。
ベッドから上半身を、跳ね起こしていた。
「!?」
その途端、もうアホみたいな激痛が全身をマジで引き裂いたかとリアルに心配した。
「ごッ!? ぐ、う、お、あァ……!」
「ベトさん、大丈夫ですかぁ?」
「まったく、まだ治ってないっていうのに無理しおって」
それにシスタープライヤとせんせいが、特に心配してない感じで声をかけてくる。
参る。
そのウザくない優しさが身にしみる。
適当に対応してやってる余裕なんて、今はとても無さそうだったから。
「ベト……」
だからそんな風に深刻そうな声、出すなって。
「っ、ぐ……き、気にすんなって」
そうされると、こんなカラ元気を、出さなくちゃならなくなるじゃねぇか。
まったく、俺らしくもねえ。
「ほ、ほれ、かすり傷だ。だからそんな、心配するこっちゃ――」
「腕、無いですよね」
弁解のしようもなかった。
「そ、そうだな……まぁでも腕一本なくても右手がありゃあ――」
「ごめんなさい……ごめんな、さい……」
「――あー」
無限ループだった。
ベトは頭を抱えた。
こうなるとは、予想は出来たのだろうが正直考えてはいなかった。
甘かった。
というか正直に、面倒だった。
こっちは大けがプラス体力は底をついてて、何の余裕もないっていうのに。
面倒だ。
「……あー、そうだな。確かにまー考えてみりゃあ100パーセント、あんたのせいだな」
「うわ、オレアンしんぷ聞きましたか今のいいぐさ?」
「ああ、まったく最近の若者の開き直りっぷりにはひたすらに頭を抱えるばかりだな」
まったく好き勝手言ってくれる連中だった。
まあでもせんせいだから、許される範囲だった。
シスタープライヤの方は、まぁ、俺の手に負える相手じゃないし。
アレはベトの言葉に、逆に涙を止めていた。
罪は、裁かれて初めて許されるという。
それはつまりは自分が糾弾してこそのそれで、そして――
「わたしは……ベトに、なにが出来ますか?」
「死ぬなよ」
ひっく、とアレはベトの言葉に息を呑んだ。
一秒で。
そこだけは釘をさしておいた。
前科があるから。
そういう責任の取り方は――というか逃避は、許さない。
アレはさっきまでより心もち小さくなったようで、
「あ、あの……なら、その、わたしは、その……」
「罰が欲しいか?」
真っ直ぐに見つめて言ってやると、アレは真摯な瞳で応えた。
なら――とベトは俯き、微笑んでから、
「……ご褒美が、ほしぃな」
『――――』
一瞬空気が信じられないくらい、凍りついた。
それにベトはぽり、と鼻を一回掻いた。
「…………ンだよ?」
「ベト、お前……」
「ベトさん、あなた……」
「だから、ンだよ?」
せんせいとシスタープライヤ、二人から言われベトはやや不貞腐れたというか照れたような感じで答えた。
ことわっておくがもちろん本気でそんな要求をしたわけではない。
ただとにかく死ぬだとか、罰だとか、そういう方向から逸らすことができればいいと考えていて、そこで思いついたのがそういや随分長い間女っ気のない生活を送ってたなぁとかそんなどうしようもない本能だったり。
笑い飛ばしてくれて、上等なくらいだった。
「そうか、なるほど甲斐性ありだなベトよ。見直したぞ、プライヤくん」
「はい、わたしたち失礼しますねー。ではお二人とも、ごゆっくりー」
「――って、なぜにそうなる?」
頭を抱えて顔を上げた時には、二人は既にドアから部屋の外に出るところだった。
マジか。
みたびベトは頭を抱えた。
なるほど俺の周りにいる人間はどいつもこいつも予想の斜め上をいくやつらばかりか?
いや傭兵の奴らは単純だったから、一概にそうも――
「ベト」
どこか甘さを伴った、呟き。
それにベトはふと引き寄せられるように顔をあげ、
「ありがとう」
その唇を、奪われていた。
事の顛末としては、瀕死だったベトをレックスが抱えてここまで運び、そしてオレアンが保護してプライヤが治療したというのが実際だった。
時系列を追って説明するなら。
ベトたちが戦った舞台である王都ローザガルトからオレアンたちが暮らすハントスまでは、馬で三日はかかる道のりだ。
通常ならばまずどうしようもならなかっただろう。
しかしオレアンはその時、ローザガルトの聖堂に出向いていたのだ。
理由は直接、ベトに関わるものだ。
ベトがオレアンの元を訪れてから、オレアンはずっと独自のネットワークを使い魔女裁判についての動向を追っていた。
なにか動きが起こるのではないかと。
あのベトが気にするほどの相手だ。
起こらない方が不思議なくらいだと。
そしてそれは、現実ものとなった。
最近告発された魔女だという容疑者に対し、王軍が直接24もの騎兵を出征させ――そして全滅したという知らせを受け取った。
まずそんな真似が出来るとしたら、ベトたちをおいて他ならなかった。
すぐさまオレアンは、行動を開始した。
ローザガルドにある支部教会に連絡を取り、事務処理に巡礼と称してシスタープライヤ以下信用できる数名とともに移動を始めた。
ここで結果的に幸いとなったのが、ベトたちは移動の為には、馬を使えなかった点だった。
もし使っていれば、オレアンの救いの手も間に合わなかったことだろう。
到着後オレアンは、ローザガルド城に出向いた。
そしてエリオム十四世にお目通りを願った。
エリオム十四世はあっさりとお会いになられた。
オレアンは膝をつき、許しを得て顔をあげた。
これで都合17度目のお目通りだった。
オレアンは教会の人間の中でも上位にあた。、かなり顔が利いた。
ただやや左翼寄りということで、敵味方はハッキリ別れているタイプだったが。
エリオムはその際、いつものように不遜に笑っていた。
肘かけに、頬杖をついて。
「なにを狙っている? オレアンよ」
「いえそんな、狙っているなどと」
人払いは既に、済ませていた。
周りで扇を仰ぐ侍女すらいない。
それはある種の信頼を、オレアンが勝ち得ているという証拠に他ならなかった。
「……お前は掴めん男よな、オレアンよ。余にすら本当のことを話せんか?」
試されていることは、承知の上だった。
ベトの時のような命のやり取りではないが、自分ひとりの地位や身分などその権威の前では消し飛び、明日には路傍で物乞いにされる程度には覚悟していた。
自身の主、ましてや一国の王と相対するということは、そういう意味を内包していた。
オレアンは、
「神事の超法規的立ち位置を、どうかご理解いただければと」
他のいかなる人物が紡ごうとも、明日には断頭台に送られかねない暴言。
エリオム十四世は、笑った。
「――死ぬか? 生臭クソ坊主が」
「今は迷える民を救う途中で……それと飲み残した聖水がまだ本殿の棚でわたしの帰りを待ち侘びておりますので、死ぬわけにはいきますまいなァ」
エリオムは瞳を閉じて、口元を緩めた。
「なんでもよい、話せることを話せ。こうして参ったのだ、余を楽しめませてみよ」
「ハッ、それでは昨今仕入れた各国に伝わる妖精とお伽噺に通じる関係性の話をば――」
通過儀礼のようなものだった。
毎回このやり取りを経て、そしてオレアンの土産話に繋がる。
それをエリオムは楽しんでいる節があり、そしてオレアン自身も愉しんでいた。
愉快な主だった。
頭の固い司教連中なんかよりもよほど。
敵国との争いも、自国の荒びきった内政も、常人なら発狂しそうなこの状況下をなお楽しむ器がそこにはあった。
でなければ自分のような爪はじき者、謁見どころか当の昔にお役御免であっただろう。
こんな時代で王であるべき、彼はそうであっただろうと感じていた。
しかし惜しむらくは。
その内面に在るべき、慮るという感情が欠けているという点だったが。




