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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
革命 -revolt-
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ⅩⅣ/もういい

 からん、とベトは剣を取り落とした。


 その場にあぐらをかき、座り込む。

 そして今さらのように用をなさなくなっていた左手の服の裾を千切り、右鎖骨辺りを口を使ってきつく縛り、左腕の止血を始めた。


 エリオム十四世は、


「……殺さんのか?」


「あぁ、もうそんな気失せたわ。アレは生きてたしな、別にあんた一人殺したところで、世の中変わるとも思えねぇし。ただ、他国との戦争だけはやめてくんねぇかな? 女子供は、もうすっかり悲しんでんだから――」


「王さま」


 その二人の会話に、不意に一人の女性の声が割ってきた。


 当然誰かかと、疑問に思う者はいない。


「あんたか……」

「小娘……」


 アレ=クロアだと、思っていた。


 顔を上げたベトに、鮮血が降りかかった。


「――――あ?」


 それは、信じられない光景だった。




 目の前で、王が刺されていた。




 相手は、女官。


 その形相は、鬼気迫るといっていいものだった。

 知り合いでいえば、マテロフに近い――といったら怒るかもしれないが、しかしそれをも完全に上回るものだった。


 得物は、短刀。

 オーソドックスだ。


 それが腰だめに、両手でしっかりと支えられ、根元まで完全に鳩尾部に潜り込んでいた。


 致命傷だ。

 どうあっても、助からない。


 あの子みたいな、魔法みたいな手でもなければ。


「ぐ、ふっ……ふふふ」


 さらに血を吐き、そしてエリオム十四世は、笑い始めた。


 殺されて笑いだす人間を、ベトは初めて見た。

 だから思わず、


「っへぇ、どうしたい王さん様よ?」


 ぽたぽた、と口元から血を滴らせる。

 それに女官は、さらにグリッ、と短剣を捻らせた。


 えぐい。

 徹底して、殺す気だ。


 それはなかなかに心地いい殺気だった。


「どうした、もなにもないな……これが、余のゆく末よ」


 エリオム十四世は、笑みのまま、顔を上げた。


 それは明らかな、自嘲だった。


「こうなることは、わかっておったわ……しかし余は、なお政治を進めねば、ならなかった。そこにはお前ら領民にはわからぬ、言葉に尽くしがたい複雑な運命の糸が絡み合っておるのだ。……くくく、おかしいか?」


「いや?」


 死にゆく者を前に、ベトは今までと変わらぬ軽い調子で応えた。

 しかし当のベトにしても、既に半死半生だった。出血だけはなんとか止めていたが。


 そのなかで唯一無傷にして、そして鬼気迫り王に死を与えんとする元家臣が、口を開いた。


「……娘に、あんたはなにをしたんだい?」


「誰のことを言って……ぐふっ」


 さらに女官は、短剣を捻った。

 それにエリオム十四世は、吐血した。


 そこには明らかな怒りが、込められていた。

 怨嗟のような声は、さらに続く。


「あたしの娘……ベティータという名前に、覚えはないのかい?」


「ないな」


「ッ!」


 力任せに、女官は短剣を引き抜いた。


 それにより腹から噴水のように血が噴き出し、エリオム十四世は、ゆっくりとその場に膝をつく。


 それに向かって、女官は叫ぶ。


 万感の、想いを伴って。


「娘があんたに、なにをしたんだい!? なんの罪もない天使のようだったあの子をあんたは魔女だとか言いがかりをつけて引っ立て、そのあと検査だとか裁判だとかでおか……け、汚し……こ、ころ…………ッ! あんたは、あんたはァアア……!!」


「すまんな、女官よ」


 一気に気持ちを昂ぶらせる女官とは対照的に、一切声色を変えず放たれたエリオム十四世の言葉は、


「知らぬな、そのような者を……」


 どうしようもなく、無情なものだった。


「ッ!! あんたは、あんたは────────ッ!!」


「やめろ」


 再度斬りかかろうとした女官の手を、ベトは止める。


 それに女官は逆上し、


「なにすんだい!? あんたも、あんたも王様だからってなんだっていう──」


「もう、死んでる」


 女官はハッとし、エリオム十四世を見つめる。


 動かない。

 しかしエリオム十四世は膝をついたまま、倒れることはなかった。


 王は王の誇りを抱えたまま、逝っていた。


「はっ、あ、ああ……あ────────────ッ!!」


 女官は口をわわなかせ、戸惑い震えた後、爆発するように叫び出す。


 それは自分のなかの感情を処理できないことから起こるものだった。


 何度か見たことがある。

 というよりも、自分がなっていた状態だった。


「死者に鞭打つのは、やめとけ。そしたら天国に、いけなくなんぜ……っく!」


 狂乱する女官から短剣を取り上げ諌めたベトだったが、そこで膝をついた。


 立ちくらみに近い症状だった。

 というよりも、血が足りないというのが正直なところだった。


「っかぁ……ダメだな、こりゃ」


 力が抜けて、仰向けになる。


 斬新だった。

 戦場でこうして寝転がるなんて、したことない。


 恐怖さえなければ、こんな開放的なこともなかった。


 血の匂いが、心地いい。


 死ぬ時は、路傍で誰とも知らない奴にで構わないと思ってきた。

 これだけ殺してきたのだから、そんなことは当然の報いだと思っていた。


 それがこんな立派な戦場でなら、願ってもない。

 今まで殺してきたつわものたちも、許してくれることだろう。


 もう、思い残すこともない。


「ベト」


 最期の最後ともいえる場面で、彼女が顔を覗き込んできた。


 最期に看取ってくれるこんな美人がいるなんて、ツキ過ぎてあとがこわいくらいだ。


「……わり、先逝くわ。あと、ごめんな? 守って、やれなくて」


 それだけが心残りといえばその通りだった。

 彼女くらいは、守ってやれればだなんて言っておきながら、いざ槍で刺された時自分はなにも出来なかった。


 騎士失格だった。

 騎士じゃなかったけど。


 所詮傭兵は、この辺りが相場だった。


「……ベト」


 ぽたぽた、と涙が頬を打った。


 暖かかった。

 心地よかった。


 今まで涙なんて、水分を消費するだけの余分な行為だなんて思ってきたが、実際はそれ以上の効果があるかも、だなんて思った。


 ガラにもない。

 最後の最期に、なにを言ってんだかな。


「アレ……レックスは、どうなった?」


「助かったよ。この天使さまに、救われた」


 アレの後ろから、少し気恥ずかしそうにする見慣れた仲間の横顔が見えた。

 11VS1という状況下で、どうやって?


 って、


「そうか、魔法ってやつか……いっぺん、見てみたかったかもな」


「ベト……死ぬ、の?」


 泣きべそかいた声なんて、この子には似合わないと思った。


 だから出来るだけ、カラっと逝こうとベトは決めた。


「ああ、死ぬなァ……わりぃな、最期まで付き合って、やれなくて」


「じゃあ、わたしも――死ぬね?」


「は?」


 目を剥いていると――最初に彼女を貫いて転がっていた槍がひとりでに浮き上がり、宙を舞った。


 それは真っ直ぐに、彼女の顔に飛来し――


「ま、待てっ!!」


 一瞬死にそうなことも忘れて、右腕で彼女を抱えて、飛んでいた。


 その真後ろを、槍は轟音を立てて突きぬけていった。


 まともに当たっていれば、顔は欠片も残らなかっただろう。

 代わりのように火のような腹部の痛みに、脳を焼かれた。


「ぐっ!? ぅ、お、あ……ッ!」


「べ、ベト? どうして、だ、だいじょうぶ――」


「な、なに考えてんだあんた……ッ!!」


 血を吐きながら、めいっぱい叫んだ。


 たぶんアレに叫ぶのは、初めてのことだった。

 怒りを込めてならなおさらだ。


 確信は持てないが。

 自分の行動なんて、いちいち覚えてないし。


 アレは、驚いた顔をしていた。

 なんで? と顔に書いてあった。


 それがなおさら、自分をイラつかせた。


「っざけんなよ……なんで、なんで死のうと、しやがった……理由によっちゃ、ぜったい、ゆるさねぇからな……!」


 正直ベトは、自分がなんでここまで怒っているのか理由がわからなかった。


 ただなぜか、許せなかった。

 自分が必死になって守ってきたものが自分でその命を投げ出すことが許せないのかもしれない。


 アレはただただ怯えた表情のまま、


「……だ、だって……言ったじゃないですか? ベトが死ぬなら、わたしも、死ぬって」


「は?」


 一瞬、完全に呆気にとられた。


 そういえば、そんな約束もした気がする。

 いやだからって、そんなことが実際、っていうか――


「そ……あ、な……り、理由は?」


「ベトがわたしのために、死んでくれる、って……言ってくれたからですよッ!!」


「――――」


 叩きつけるような言葉に、ベトはなにも言い返せなかった。


 自分が軽く言った言葉が、どれだけの重みを持ったのか。


 たったあれだけの言葉をそれだけ噛みしめるほど、この子の人生はどれほどのものだったのか。


 強い、スゴいと無責任に手放しで上に掲げてきたが、しかしその芯の部分はこんなにも、脆かったのか。


「あ、あんた……そんな風な……」


「だ、ダメなんですか? ベトが死ぬからわたしも死のうとしちゃ、ダメなんですか? わたしに一人で、生きていけっていうんですかっ!?」


「……いや、」


「ベトは、ベトは……ベトはベトはわたしにいったい――」


「もういいっ!」


 ベトは未だわめき続けるアレを、その胸にかき抱いた。

 右腕一本で、砕けたアバラ骨に押し付けて。


 バッカだと自分で思った。

 それをしてなにがどうなるというわけでもない、というか命を縮めるだけだろう。


 だがなぜか、そうするしかなかった。

 身を焦がすほどの欲求に、従っていた。


「……ベト?」


「あー……わりぃな。確かに、一人で残すとこだったな。オレが諦めてんのに、あんたには頑張れだなんて、都合良すぎるよな。そうだな、オレも頑張っから、だから……あんたも、死ぬだなんて、言うなよ……」


「……ベト? ベトっ?」


「寂しいじゃ、ねぇかよ……」


「ベト――――


 自分の名前を叫ぶアレの声を最後に、ベトの意識はそこで、途切れた。

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