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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
革命 -revolt-
33/132

ⅩⅡ/見事

「ぐっ!?」


 湧き上がる嘔吐感を堪え切れず、口から――血の塊が、吐き出された。


 まるで、魂が零れていくような感覚だった。

 力が、流れていくような。


「惨めだな」


「……っせぇよ」


 エリオムに言われたが、しかしンなことはわかっていた。


 だけどそれでも、立ち上がるしかなかった。

 それしか、出来なかった。


 だから、やるしかなかった。

 まるでアレのようだな、とベトは笑った。


「なにがおかしい?」


 隊長格の男が、低く尋ねてきた。


 今すぐ畳みかければすぐに終わるというのに、こいつも随分付き合いがいいと思った。

 これが、この男なりの騎士道というやつなんだろうか?


 ならば、口だけでも動かしておこう。


「……もう、ンでも、いンだよ」


「なんだと?」


 もう自分でも、なにを言ってるかわかんねぇ。

 でももう、死ぬなら理屈も糞もねぇ。


 シンプルにいこうぜ。


「わかんねぇな……もう、いンだよ。勝とうが、負けようが、死のうが、生きようが。そンなこたァ、もうどうだって、いンだよ。ただただただただ、戦うンだよ。それ、だけだ」


「……理解出来んな。所詮、獣か」


「違うな。それは違う。オレは今まで、獣になろうとして、考えて生きてきた。その結果、大いに間違えて生きてきちまった。


 オレは、ビビってたんだよ。本当にすべきことをせず、出来ることをやってきちまった。でも本当は、最初からこうすべきだった。あぁ、そうだ。


 それをそこの子に、教えられた」


 チラリ、とベトはアレを見た。

 ったく、最初バカだ無謀だ意味不明だと罵し――ってはいないか思ったことを、反省しねぇとな。


 ベトはニヤリ、と笑っていた。

 ふと、そこでベトは気づいた。


 なぜ、斬りかかってこない?


「……あんた?」


「ひとは、思うように生きるのは、難しいものだな」


「? なにいってンだ?」


「なんでもないさ。貴様と喋れて、悪くはなかった。だが――」


 槍斧ハルバートを、振りかぶる。


 やべぇな。

 ベトは苦笑いを浮かべる。


 今度あれが来たら、どうやったって避けられる自信はない。

 首斬り公が首を斬られて終わりだなんて、最高だなと笑いが止まらなかった。


「――さらばだ。俺は俺の生き方を、まっとうする。お前もお前の我を――通せッ!!」


 轟音を巻き起こして"死"が、やってくる。


 それをベトは、決して目をそらさずに見つめていた。


 それはベトにとって、決して避けるべき相手ではなかった。

 それは生まれた時から、ずっと傍にいた。


 しかし決して交わることはなく、適度な距離で一緒にいた。

 語ることもあり、そして酒を酌み交わすこともあった。


 いわば、友のようなものだったんだと初めてベトは、理解した。


「そうか……」


 そしてベトは、受け入れた。


 死を。

 自分の中に。


 それは矢が飛んできた時のあれとは、また違う。


 死を特別なものをと思わず、ひとつの結果として、自分の中で消化することだった。


 死が、頬の肉を削ぎ落として通過していった。


 怖い怖くないを、それは越えていた。

 ただひたすらに、それは事実に過ぎなかった。


 だからその一撃が、"左腕を肩口から斬り落とした"ことにも――


「ベト……っ!」


 アレが、叫ぶ。


 一瞬、隊長格の男が笑った。


 それは冷めたものだった。

 こんな男でも笑うということに、しかしベトはなんの感慨もわかなかった。


 頓着しなかった。


 ただ右腕を振り上げ――剣の切っ先を男の兜と鎧の間に出来た隙間の喉元に、突き立てた。


「ガッ――――」


 生体反応により男は血を吐き出し、しかし男の瞳はじっとこちらを見つめていた。


 その揺れない、真っ直ぐな視線が、語っていた。


 ――見事。


 男は、崩れ落ちた。

 前のめりに、ベトの方に。


 それをベトは、黙って受け止めた。

 左腕からは、それこそ濁流のような出血が起こっていた。


 だがそれを、ベトはいとわなかった。


「わりぃな……」


 ただ一言。


 謝罪を口にして、そしてベトは、王の方を向いた。


「……さーて。あんたにゃ一言、いってやんないとな」


 踏み出す。


 それに伴い腕の出血が、酷くなる。

 ベトは一瞬顔をしかめたが、なんとか歩みを再開する。


 その目の前に、今まで高みの見物を決め込んでいた兵たちが、殺到する。

 その顔には、笑みが張り付いていた。


「……まさかルベラータ隊長を倒せる奴がこの世にいるとはな。驚いたが、その賊を我らが仕留めたとなれば、名も上がること請け合い。ルベラータ隊長には我らが隊の名を高めるための礎となってもらいましょう」


「……どけよ」


 ニヤリ、と青い顔でベトは笑った。


 その様子に、目の前に立つ兵士は気圧される。


 半死半生、どう考えても放っておいても死ぬだろう男のこの表情は、なんだ?

 そこから発される威圧感は、なんなんだ?


 兵はそこで踏みとどまり、剣に手をかけた。


「お、お前もここで終わりだ、首斬り公。最期になにか、言い残すことはあるか?」


 ベトは笑みを湛えたままの表情で、


「死なねぇよ、オレは……ンな、見栄ばっかの城でよ」


「それが最期の言葉か、冴えなかったな!」


 兵の剣が、振り下ろされる。


 それを躱す手立ても防ぐ手段も、いまのベトにはない。

 それをベトはただうすら笑いで見上げ――


「このアホがっ!」


 代わりのように。


 長い間連れ添ってきた激情家のレックスの剣が、防いでいた。




 突然の登場にも、ベトは驚いた様子は見えなかった。

 というか、気づいていた。


 アジトを出てからこっち、ずっとついてくる気配に。

 向けられる視線に。


 気づかないわけがなかった。

 相手は傭兵団で一番、それはそういう真似が苦手な相手だった。


「……おいおい、どうしたんだよお前?」


 うすら笑いで言ってやると、レックスはバツの悪そうに剣を止めたまま首だけで振り返った。


「……っせぇな、このアホ。だいたい何やってんだよてめえ大勢に策もなく特攻するわ左腕は持っていかれるわ敵の目の前でぼうっとしてるわ。てめえらしくもねえ」


「そうか?」


 笑い飛ばすとレックスは、はあ? といった感じで突っかかりそうになったが――相手からの剣に交戦中なのを思い出し、


「っ……てめゴラァ!」


 瞬間沸騰し、気合いで相手の剣を殴り飛ばした。

 それに兵は、目を丸くする。


 レックスの剣は、勢いの剣だ。

 ベトのようにタメや、破壊力を求めていない。


 ただただ振りまわすが、それゆえモーションがなく、相手の虚を突くことが出来る。

 そして、連打が効く。


「オラオラオラオラオラオラオラ――――っ!!」


 上下左右に、滅多斬りにする。


 テクには乏しいが、それを帳消しにするだけの若さが、スタミナが、勢いがレックスにはあった。

 実は旅立つ日、24の敵のうち6を倒したのはベトだったが、3を倒したのはレックスだった。


「くっ、ぐお、ぉ……!?」


 その勢いに、前線に出ていた男たちは大きく後ずさる。


 もちろんそんな無茶打ちで倒れてくれるような敵はいないが、しかし時間は稼いだ。

 声をかける。


「今だいけやてめぇベトォ!」


 その熱い男の熱い言葉に、ベトは苦笑いで応えて王の元へ向かう。

 その先で立ち塞がろうとした兵を、レックスが打ち払う。


 便利な奴だ、とは言わないでおこう。

 助かったのは、事実だ。


 だけど最後に、ベトは尋ねておいた。


「で。お前、なんできた?」


「……見届けたかったんだよ、彼女を」


 振り返らないその言葉に、ベトはニヤニヤ笑いを止められなかった。


「っへぇ? 惚れたか、お前?」


「バカ言ってんじゃねぇよ、とっとといっちまえってんだ!」


 思わず振り返り、そして後方へ怒り任せの突きを放ち――


「ば、かな……?」


 それは先ほどベトを斬り、出世を夢見ていた男の脇の隙間から入り胸の奥へと、突き刺さっていた。

「お、れがこ、んな……ところ、で……?」


「ハッ? 死ぬやつは、死ぬんだよ。身分とか、関係ねぇわ」


 ぬぽ、と剣を引き抜く。

 既にベトは、遠くに向かっていた。


「あいっかわらず、冷てぇやつ……」


 そしてレックスはひとり、兵たちに向き合う。


 敵の数はひとり倒したが、残りは11。

 とても自分一人で対処できる数じゃない。


 まぁ間違いなく、死んだと思う。

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