ⅩⅠ/王の器
「ベトぉ……ベトぉベトぉベトぉ……」
「ど、どうしたんだい、あんた……」
「ベトぉ……」
ただ応えず、アレは自分の名前を呼び続け、泣きじゃくった。
なんだか最初の出会いの頃を思い出した。
それに心が、身体が、溶けてしまいそうな心地になってしまった。
「なんだ、この茶番は?」
それを不躾な声が、割り込んできた。
どうしようもなく、心が現実に引き戻される。
「――あ?」
アレにのしかかれたまま、ベトは壇上の男を睨みつける。
エリオム十四世は頬杖ついたまま、そこになんの感情も読みとれなかった。
それがまたベトを、イラつかせた。
「なんなんだよ、てめぇ……!」
「貴様こそ、なんだ?」
エリオムは逆に問いを投げかけてきた。
それにベトは、顔をしかめる。
「お前……殺してやるからな! 殺してやるからな、エリオム……っ!!」
「貴様はいったい、なにがしたいのだ?」
しかしベトの叫びは、エリオムのつまらなそうな呟きに掻き消された。
ベトの思考は、急速に冷えていった。
「―― オレがしたいことは、お前を殺すことだ」
「我を殺して、なんとする?」
「お前を殺せば、少しは世界がよくなんだろ?」
「なれば、誰を王とすると言うか?」
ほんの一瞬の間で、ベトは考えをまとめる。
「お前が王をやるよりは、マシな筈だぜ?」
「貴様はわかっておらん」
しかしエリオム十四世は極めて平常、最初と変わらぬ様子で言葉を紡ぎ出す。
もちろん臭うような傲慢な貴族オーラのようなものを、撒き散らしながら。
それに気分が悪くなりながらも、ベトは努めて傭兵然に気軽に言葉を紡ぐ。
「へぇ、なにがわかってないっていうんだ? それはこんな小汚ぇ傭兵のオレにも、理解させていただけるものなのかねぇ?」
実にその場に集結したうちの三分の二にも及ぶ27名をも斬り殺しておいて悠々とした態度のベトを、残った兵と20名近くの貴族たちは、苦々しく見つめていた。
王が自ら言葉をお話になられているなか、それを邪魔にするわけにもいかない。
ベトの目の前で槍斧を構える隊長格の大男ルベラータもまた、それは同様だった。
「簡単な話よ。王がいなければ、民は迷う。そして王は、王の器がある者にしか行えん」
「王の器だァ?」
「そうよ。貴様のように感情で動いては、国の行き先はどこに向かう?」
一瞬、ベトは論破されそうな予感を覚えた。
それになんとか、穴を探した。
「……それが、破滅の道でもかよ? あぁ?」
「この戦争のことを言っておるのか?」
「そうだ! てめぇの勝手な考えで、いったいどれだけの人が死に、飯も食えない生活を強いられて――」
「ならばこの戦争をしなければよいか? ハッ、子供の理屈だな。反吐が出る。余と話す資格もない下賤の者よ」
「ッ……なにがだっ! 言え、ハッキリと言いやがれ! てめぇはこの戦争で、いったいなにを――」
「戦わなければ生きていけぬだろう?」
まるで試すような、舐めるような口調に、ベトは背筋を舐められたような錯覚を覚えた。
「な、なにを言って……」
「貴様に、なにが出来る? それだけの腕だ、ほぼ人生のすべてを剣に懸けてきたのだろう? つまり貴様の価値は、人を殺すというその一点に集中しているというわけだ。
ならばこの戦争が終わったら、どう生きるかな?」
殺すしか能が無い。
それは、ずっと当たり前に思っていたことだった。
生きることは、殺すことだった。
生まれた時から、そうやって生きてきて、疑問に思うことすらなかった。
だが、それを奪われたら?
「考えたことはなかったか? だが、それだけではない。余が攻めずとも、他国は攻め込んでくる。特にいま交戦中のジラードは、余の国の貴重な資源であるトルメ鋼を狙っておる。結果として余が戦いをやめれば、それは他国にその権利を奪われるであろう。わかるか? わからぬだろうな。所詮民は、その場の暮らししか考えておらぬものよ。そんな身で余に意見しようとは、片腹痛いわ。消えろ。消えて、余に詫びるがよい」
「……なーるほどな。だからオレたちゃ、ろくな生活送れねぇわけだ」
そしてベトは、エリオム十四世の言葉にようやく納得していた。
その言葉にエリオム十四世は、眉をひそめる。
「……なにを言っておる、下々の者?」
ベトは肩をすくめ、
「いーや? ただ単によ、やっぱ戦争を地図の上で見てる奴は考え方が違うなって思ってよ。ていうより甘ぇ? 狂ってる? どっちでもいいけどよ、頭もいいけどたまには身体も使った方がいいぜ?」
膝をつき、立ち上がった。
身体の回復具合は、三から四割といったところか?
問題は折れたアバラ骨だが、まぁ騙し騙しやるか。
全身の斬り傷は、もう数え切れないくらいだしな。
「……貴様、余を愚弄しておるのか?」
お。
初めて、感情らしい感情を見せやがったな?
ベトは怒りを向けられて、心地いい気持ちさえした。
悪意に対しては、十二分に慣れている。
むしろアレみたいな根拠のない好意の方が戸惑うくらいに。
「愚弄してねぇよ。ただ王さん様が、実際生き死に懸けてるやつの気持ちも考えてねぇって思ったら、ちっとイラっとしたってだけさ」
剣を、持ち上げる。
ズキン、とアバラに痛みが走るが無視して、さらには普段より重く感じるが、なんとか肩に、乗せる。
いつものニヤケ面を、王に向ける。
「……いつも生きるとか死ぬとか、ンなこと考えたこたァねぇんだろ? だからンな理屈でモノ言えンだよ。ちったァそういう経験してから――頭使いやがれやッ!」
地を蹴る。
泣きじゃくり、膝をつきぼんやりとこちらを見上げる、アレを残して。
王の前に揃う敵の数は、正確には13。
おあつらえ向きに、不吉な数が残ってやがる。
体力も限界に近く手傷も負った現在では絶望的に厳しい数字だ。
そしてなによりの問題は、目の前でピンピンしてる槍斧を構えた隊長格の男だった。
こいつは強い。
もうダントツに強い。
それが一度の手合い――よりも前に会った瞬間に、直感的に感じられた。
だいたいあの超重武器である槍斧を扱える時点で、まず常人ではありえない膂力だ。
それに加えて巨躯、そしてあの突きのスピード、恐ろしいまでの冷静さ。
まだ万全なら多少はなんとかなる可能性もあったのかもしれないが、この状況だとそれこそ自殺行為に等しい。
愛剣も先はへし折れてるし。
だが、やらないという選択肢はなかった。
「邪魔、だこらァ!!」
愛剣を振りかぶり、叩きつける。
しかし男は造作もなく、槍斧の腹で受け止める。
それも、片手で。
こっちァそれだけで今まで生き残ってきたっていうのに、まったくアイデンティティーを破壊してくれる。
「まだやるか、首斬り公?」
今度は斧の部分が、振り下ろされる。
逆にこちらが剣の刃部分で受け止める番となる。
しかしあまりの重さに、膝をつく。
やはり強く、そしてこちらの体力は残っていない。
まず勝てない、と直感した。
その途端、死が脳裏を駆けた。
「ッ……ンのやろう!」
気合いで、押しのける。
そして打ち合いは諦め、刺突を繰り出す。
先が砕けたそれで、首を狙う。
それを男は、受けなかった。
ただつまらなそうに首を捻って躱し、近い間合いで槍斧を使わず拳――ガントレットでこちらの腹を、殴ってきた。
折れたアバラが、砕けるのを感じた。
「カッ!? ハッ、く、あああ……ッ!」
膝をつく。
身体が真っ二つに引き裂かれたような衝撃だった。
さらに喉の奥から、なにかが込み上げてきて――吐き出した。
「ゴァっ!」
真っ赤な、血の塊だった。
内臓をやられたのかもしれない。
そこに槍部分の穂先が、振り下ろされる。
「ぐ、ぇえ……っ!」
血を吐き散らしながら、前のめりに転がってそれを回避する。
もう恰好も糞もない。
ただただ死なないために、必死だった。
「あ"……あ、ぁああ……!」
そして前のめりで、剣を構える。
ただただただただ殺すために、必死だった。
他の兵は、突っかけては来なかった。
おそらくは隊長であろうこの男に、全幅の信頼を置いているのだろう。
助かるが、実際は助かっても何でもないだろう。
「そんなに、俺の首が欲しいか?」
「欲しか、ねぇよ……オレが欲しいのは、そこのそいつの、首だ……」
指さす。
壇上を。
その言葉に、隊長格の男は表情を厳しくする。
「――身の程を知らぬ言葉だな。王に……とは、言葉にするのも憚れる暴言だ」
ひときわ鋭く、斧が振るわれる。
それを体勢を崩しながら、受ける。
それにより吹き飛ぶが、アバラにかかる負担を少しでも軽くする。
しようとした。
全然ダメだった。
「――――!!」
べこん、と腹がへこんだような錯覚すら覚えた。
どうしようもなく飛んだ先で、うずくまる。
その際足も大いに擦り剥く。血の道が、出来ていた。
それでもなお、剣を杖にして、立ち上がる。




