Ⅵ/処女検査
まずこの状況が、尋常ではなかった。
自分はアレを探しに、石牢を出て危険な城内を歩き回り剣を求め貴族を殺し、こうしてここに至ったはずだった。
誰もいないパーティーホールを抜けて、渡り廊下から離れのこの建物は、いったいどこなのか?
わからずただ導かれるように、事ここに至っていた。
魔法使い。
それがなんなのか、気にならないでもなかった。
この状況も、不可思議ではあったが。
なんだか身体の中から、少しづつ歪み、周囲と溶け込んでいくような心地を味わっていた。
「……オレを、どうするつもりだ?」
だからなのか、意図と関係ない質問が口をついていた。
輪郭すら定かではないその人物は今度は優しげに微笑んだような気配を見せ、
「なニモしまセん」
「あの子を、どうするつもりだ」
質問に、人物は僅かに落胆したような雰囲気を滲ませた。
「アの子、ってイウのはワタしのことデスか?」
「同じなのか?」
理解の外で、会話は進んでいく。
まるで自分の身体が、自分のものではないようだった。
「わたシは、ワタしデス。わたシはアレ=クロア(あの子)デあり、ワタしはアレ=クロア(わたしじしん)なんデス」
「ならなんで、そんなに喋り方や雰囲気が違うんだ?」
「例えルナら、過去のワタしと現在のわたシだからデス。封じラレたわたシと、表に出テイるワタしといっテモいいかモしれまセン」
「過去……」
そういえば、とベトは思う。
アレは昔から、祖母と暮らしていたという。
そして家のベッドの上で、ただ街を眺めて生きていたと。
だがその経緯については一切語らなかった。
父母は?
生まれた状況は?
祖母に至るまで。
さらにはなぜ足を不自由にしているのか?
なぜ家から一歩も出さなかったのか?
疑問だらけだった。
しかしそれを、アレは疑問にもしていなかった。
「あんたの過去に、なにかあったってことか?」
「あっタトいうよリ、過去、わたシは……いエ、」
そこでアレは、なぜか言葉を濁した。
それにベトは、頓着しなかった。
のんびり話をしている暇は、今はなかった。
「それであんたは、なぜいまオレの前に姿を現した?」
「聞いテ、おキタくて」
「なにをだ?」
「わたシは魔法使いデス。普通ノ女ノ子じゃあリマせん。そんなわたシに、それデモあなたハ……」
「悪魔と契約でもしたのか?」
ニヤリと笑ったベトの問いに人影は慌てて、
「い、いヤ、してマセんよっ! それハいわゆる魔女でシテ、わたシは魔法使いデ、その違いハ――」
「なら、関係ないな。オレにとって問題は、あんたが魔女か――悪魔に憑かれてるか、ってところだけだったからな。あんたは、あんただろ?」
「え……ア、う、ハイ。わたシは、ワタし? だト思いマス、はい」
「なら関係ないな。ンなことよりオレの剣を知らないか? ないとちっと心細くてね。あと、あんた自身はいまどこにいんだ? 助けに行ってやっから、いえよ」
ニカッ、と笑う。
ようやくすぅ、と胸のつっかえが取れた様な心地だった。
これでもうなんの気兼ねもない。
悪魔の掌で踊らされるっていうのは気分が悪かったから、ちゃんとこの子の意思で、この子自身がやりたいことを手伝ってるっていうんなら、もう迷うこともないだろう。
すると人物は唐突に、
「剣は、ここ二ありマス」
がちゃん、という物音。
そちらを振り返ると、身の丈もある棒状のなにか。
間違いなく、自分の愛剣に間違いはなかった。
拾い上げる。
久しぶりの感覚に、頬ずりしたくなった。
というかしていた。
商売道具という観念を越え、もはや相棒の領域に達していた。
いや手足か?
近くに携えておかないと、落ち着かない。
「おぉ、あんた助かったぜ。じゃあこれからいってやるから、あんたの居場所――」
そこで、気づいた。
この場所が、おそらくは様々な押収品を収めた倉庫のような場所であるということ。
カビ臭く、整理の欠片もなく無造作に無数の装備品が積み上げられている。
隅には弓矢も大量にある。
壁にはよくわからない布のようなものがかけられている。
しかしそこに、人の気配はどこにもなかった。
アレはひとり、寝室に通されていた。
豪華な赤い絨毯が敷かれたその部屋には、天蓋付きのベッドがあり、その迫力にアレは一人気圧されていた。
「え、あ、の……?」
「さぁ、そこに座んなさい」
戸惑うアレを、その老婆は奥へ促した。
されるがまま、アレはベッドに腰を下ろした。
それに不覚にも、アレは安堵してしまった。
ベッドに腰を下ろすという行為に、懐かしさすら感じてしまって。
目の前に、祖母がいた。
「おばあさん……」
「なに言ってるんだい?」
違った。
目の前にいたのは祖母ではなく、処女検査とやらを行う女官だった。
それでわけがわからずここまで連れてこられて、この状況だった。
ここで処女検査というやらを行うのだろうか?
思っていると、女官はおもむろに顔をこちらに寄せてきた。
皺の深く、白く濁ったその瞳に、アレは――どこか深い悲しみを、見た気がした。
「あんた本当に――」
「どうしたんですか?」
女官の言葉を遮るような形で、アレの言葉が紡がれた。
女官は一瞬、言葉を失った。
「……え? なんだい?」
「どうしたんですか?」
まったく同じ言葉をアレは呟いた。
目は真っ直ぐ女官を見つめ、身体を乗り出し、真剣に。
それに女官は、たじろいだ。
「……なにを言ってんだい、あんた?」
「おばあさんに何かがあったのか、気になるんです」
「なんで気になるんだい? いまここで会ったあたしに……」
「関係あるんですか?」
「いや……そりゃ……関係ないこたないでしょうが?」
「そうなんですか?」
すっかり水掛け論だった。
一歩も前に進まない。
そう考えたのだろう女官は言い方を変え、
「――なら、あんたはなんであたしに何があったのか気になるんだい?」
魔女だと聞いていた。
悪魔と契約したであろう、魔術を扱う恐怖の権化。
それこそ空恐ろしい姿を想像していた。
見ただけで心臓が止められるくらいの覚悟を、決めるくらい。
しかし、現れたのは小汚い小娘だった。
長い髪はボサボサ、あちこちに木くずまでついていた。
着ているものは元は白いであろうしかし斑らというかもはや黒に近く薄汚れたローブが一着。
しかも履き物すらない。
まるで乞食か何かのようだ。
しかしその顔を正面から見て、考えが変わっていた。
「哀しい眼の色を、しているからです」
その言葉を聞いて、印象も変わりつつあった。
「……かなしい、だって?」
その顔は、いままで見たどんな着飾り、箱入りに育てられた令嬢、姫君よりも高貴な顔立ちをしていた。
そのボサボサの髪は、しかしその実態は透き通るような銀糸のようだった。
真っ白な肌に、整った目鼻と――真っ直ぐで透き通った、その瞳。
自分の心を、見ているような。
「あたしの何が、かなしいっていうんだい?」
「わかりません」
「あんた、あたしをバカにしてんのかい?」
「してません」
「……ふぅ」
そこで女官は、ひと息入れた。
これはある意味、魔女かもしれない。
ぜんぜん言葉が通じない。
どうしたもんだか、少し考えてしまう。
女官は頭を振り、
「ま、あたしに何があったかなんて、そんなもんどうだっていんだよ。それよかあんた、本当に魔女なのかい?」
「? 魔女じゃありませんよ?」
惚けているようには見えない。
というかこの子の行動に、一切なにか裏があるように見て取ることが出来ない。
しかし女官はそこに確信を得ることは、出来なかった。
これが、魔女の手口なのかもしれなかったから。
「じゃああんたは、なんで魔女裁判にかけられてるんだい?」
「誤解なんです。その誤解を解いてもらおうと、色々頑張ってるですけど」
「じゃあ、あんたは村から攫われてきたのかい?」
「いいえ、歩いてここまで来ました」
「は? じゃああんたはわざわざここまで、なにしにきたんだい? 捕まりにかい?」
一応皮肉を込めたつもりだったが、
「この世界を、変えるためです」
雷に打たれたような衝撃だった。
それに思わず、女官はアレの手を握っていた。
「ほ、本当に世界を変えてくれるのかいっ!?」
必死な面持ちのそれにアレはいつものように、
「はい」
ただ笑顔で、応えていた。
女官は、沈痛な面持ちで話しだした。
「あたしの娘は……魔女裁判で、殺されたんだよ」




