Ⅴ/魔法使い
衛兵が、交代した。
外は、白み始めていた。
既に時間は6時間を越えただろう。
となれば、そろそろなんらかの結果が出た頃だろうか?
まだ悠長に、こんなところで待っていていいものか?
「……おい、衛兵さんよ?」
「…………」
見張りの衛兵は、黙して語らなかった。
そっちとしてもほとんど罪人相手に話すことはないってとこだろうけど、しかしそれじゃあ今は困る。
仕方ない。
「――――」
音もなく、立ち上がる。
そして足音もついでに気配も立てず、鉄格子に近づいた。
衛兵に気づく様子はない。
そのまま脇腹と腰の、間――の服の内側にこさえた特製のポケットから、薄い薄いそれこそ紙のような長さ4センチのナイフ、を取り出す。
それをなんの痕跡も残さず、男の首筋にあてがう。
「――――」
そのまま男は背中からこちらに、倒れてきた。
それを左手一本で支え、右手で尻ポケットを漁る。
予想通り出てきた鍵で、ガチャガチャと解錠。
「晴れて自由の身、と……さて、これからどうするかね?」
シンプルに生きてきた身としては、こういう経験は少ない。
捕われなどというヘマをしたことも、逆にさせたこともない。
一人対城、というところか。
まずはともかく、武器だった。
足音と気配を殺して、石畳の廊下を進んだ。
豪勢な建物だ、あちこちに絵やら壺やらと飾られている。
その中には立派な盾や、剣の類も見受けられた。
後ろ髪引かれる思いだったが、やはり愛剣に勝るものはないと諦める。
「――――」
進む。
壁にぴたりと、背中をつけて。
人通りは多くはない。
やはり捕まえた魔女に気を取られているのだろうか?
ならば好機と考えていいはずだ。
しかし、とベトは思う。
こうするのが正解なのか、まったく確信は持てなかった。
武器よりも、アレを探すべきなのかもしれない。
そもそも牢を出るべきではなかったのかもしれない。
だいたいここまできたのが――
目を瞑った。
いつもこうして、ベトは気持ちを切り替えてきた。
考えるのをやめる。
それは簡単にいった。
いつもベトが、戦いにおいて選択している行為だったからだ。
そうだ。
一度戦いに身を投じれば、もう考えるという行為は余分にしかならない。
気の迷いが、明暗を分ける。
いまもしこうして城の中をうろついているのが間違いなら、もう受け入れよう。
ベトは開き直り、改めて剣の探索を始めた。
と、
「……おい、聞いたか?」
人の話し声が聞こえた。
それに思考と歩みをとどめる。
廊下の曲がり角までいき、そこで息をひそめた。
向こうを見る。
貴族の格好をした男二人が、談笑しながらこちらに歩いてきていた。
というよりは、ひそめき合っているという方が近いか。
「あぁ、例の魔女……魔女裁判から、処女検査に回されたらしいな」
処女検査?
「うむ、これでいよいよ悪魔と契約した可能性が高くなったな……くわばらくわばら」
「いやいや、嫌な時代ですな。おちおち舞踏会もひらいとられんですよ」
「まったく。今日は女でも激しめに抱いて、早めに眠るとしましょう」
「そりゃいいな。オレも是非ご一緒したいところだ」
『え?』
それがたまたま殺人鬼がいる廊下の角に差し掛かった、哀れな貴族の最期の言葉もなった。
いや殺人鬼ではなく首斬り公か。
死体を隠す手間が惜しかった。
とりあえず手近な部屋に投げ入れ、ベッドの下にでも。
少しは時間が稼げるだろう。
なお見つかれば、天命だ。
廊下を進む。
あまり時間はないらしい。
処女かどうか、か。
最初の会話を思い出す。
元は娼婦だと思い、一発ヤろうと声をかけたのが最初だったか。
思い返せば遠くまできたものだ。
いったい、どうしたもんだか。
あの初心さから、間違いなく処女だろう。
しかしあの豹変振りから、悪魔憑きの可能性は拭いきれていない。
契約、という口ぶりも気になる。
結局擁護する要素は、ほとんどない。
だからここに、論理的要素は存在しない。
だいたいそれなら、この考え自体が余分だ。
妙だな、とベトは笑った。
この自分が、色々ウダウダ考えるだなんて。
やはり迷っているのだろうか?
それとも怖いのか?
もしくは自信がない?
どれもありそうで、どれも確信は持てなかった。
ただ。
やっぱり、あの子くらいは守ってやりたいと思ったりした。
大きな広間に出た。
誰もいない。
パーティーホールかなにかだろうか?
警戒を強める。
遮蔽物が少ない。
身を隠しづらい以上、これ以上進むかどうか悩むところだった。
だが、直感がいっている。
この先に、なにかある。
「――――」
気配を、殺す。
消す以上に、心臓さえ止める勢いで自分の存在をこの世から抹消する。
そしてすり足で、少しづつ前に進んでいく。
壁を伝い、柱で身を隠し。
誰もいない。
気配すらない。
それに心臓が、高鳴りそうになる。
それと戦う。
向こうのキャットウォークに天窓があり、そこから月明かりが差し込んでいた。
綺麗だ、となぜか思った。
まともに月なんて、見たことなかったくせに。
そんなものに、興味なんてなかったくせに。
生きて、殺して、食べて、殺して、呑んで、殺して、生きるだけ。
そんな生き方とも言えない生き方を、選んできたはずなのに。
「アレ……」
ふと、口元から言葉が漏れた。
誰にも届かない、発した自分にしか認識できない程度の声が。
なにを想ったかわからない。
ただ、出た。
ホールを、抜ける。
そこから渡り廊下が伸びていた。
一本道だ。
脇には、中庭が見える。
大きな噴水と、無数の植物。
そして廊下には巨大な石柱が何本も立っている。
気配が、まったくない。
だから進む。
時間の無駄だ。
アレが気がかりだ。
処女検査。
ろくな取り調べじゃないだろう。
心配とは違うが、彼女が妙な汚され方をするのは我慢できなかった。
樫作りの扉。
今までのモノと違い、それは酷く粗野で汚らしかった。
離れにある、という時点で妙にキナ臭い。
だからきっと、ここにいるだろうか?
押し、開ける。
なぜか鍵は、かかっていなかった。
「お……」
声が、漏れた。
そこは暗い場所だった。
なにひとつ、視界では捉えられない。
石牢よりなお暗い。
とりあえず気配を探る。
まぁもう半自動で勝手に探っているが。
じゃないととっくにベトは奇襲や暗殺でこの世を去っているし。
いた。
ほとんど、目の前に。
「――だれだ?」
声が、低くなる。
ありえない。
自分がここまで接近されるまで、気づかないなんてことが。
自然手は、剣の柄へ。
抜剣術は得意ではないが、まぁやって人並み以上にこなせる自信はもちろんある。
その間、おそらくは0,4秒ほど。
その時間を、果たして目の前の人物はくれるか?
「こんニチわ、ベト=ステムビア」
聞き覚えのある声に、全身の血液が急速に冷めていった。
「……まともに話すのは、初めてかねぇ?」
「そうデスね。お初に、というとコロですカ?」
ひとを喰った物言いは、確かにあの夜自分の部屋でスバルと話していたものだった。
どこか人の言葉を真似ているような、滑稽な発音。
単刀直入の、質問。
「で。お前、誰だ?」
あんたとは呼ばない。
「わたシは、アレ=クロアでス」
「違う」
お前は、彼女じゃない。
「どうしてデスか?」
「あの子は、そんな風に喋らないからだ」
「ベト……わたシを、信じてクレないんでスカ?」
振れる。
気持ちが。
そこから、感じられるものが、判断できるものがない。
同情を誘っているような、もしくは罠にかけるような気配を、感じ取れない。
なんなんだ、これは?
「……お前は、なんだ?」
「わたシは、アレ・クロアでス」
そこで至る、疑問。
「アレ・クロアとは……なんなんだ?」
彼女は二コリと、笑ったような気がした。
「アレ・クロアとハ、魔法使いデス」
せんせいからすら聞けなかった単語を、聞く羽目になった。




