Ⅵ/魔女裁判
「……違う? ならば貴様は先のベティアンヌ攻城戦において降り注ぐ矢の雨から味方を救ったという女に違うというのか?」
「救ったんなら、こういう扱いないんじゃねーの?」
横からベトが、茶々を入れた。
それに男はギロリと振り返り、
「なんだ貴様? 魔女の使い魔かなにかか?」
「ハッ。てめぇの持ち駒さえ把握してねぇのかよ?」
一歩も引かないベト。
この程度の迫力には圧される男ではなかった。
生まれた時から生きるか死ぬかの戦いに身を投じてきた。
男はベトの態度にスゥと目を細め、
「……ほう。貴様、傭兵か?」
「てめぇの都合のために命張ってやってんだから、ちったぁ感謝しやがれ」
「豪胆だな。名を名乗れ」
「ベト=ステムビアだ。お前ら俺たちを、どうするつもりだ?」
確信に迫る質問だった。
ここまでやってきたが、この状況。
しかしだいたい、予想はついていたが。
「魔女はこれより、魔女裁判にかけられる。貴様は刑が確定するまで、牢で大人しくてもらおうか」
だろうな。
ベトは心中でほくそ笑んだ。
先の話は聞いているはずだった。
しかし眉つばの考慮も入れた結果、先の襲撃で24の騎兵を投入してきたのだろう。
しかし結果として、それは失敗に終わった。
精鋭を投入してのそれは、警戒心を強める結果となった。
そしてこういう段取りを、設けたと。
「――嫌だと言ったら」
「この場で断罪してやろう」
是非もない。
ちらり、とアレを見る。
するとアレも、こちらを見ていた。
少し、ドキッとする。
その瞳から、意図を読み取ろうとする。
いつものように、純粋な魂がそこにはあった。
早い話が、どう考えても何も考えていないようだった。
「……わァった。ここは大人しく、あんたたちに従う。それでいンだろ?」
「話が早くて、助かるな。おい、娘を連れていけ。お前は俺が、直接連れて行こう」
アレが拘束され、どこかに連行されていく。
それをベトは黙って見送り、そしてむさい隊長が馬を向かいにむけて、進行していく。
ついてこい、ということだろう。
周囲を見るが、誰もこちらへ拘束しようとしてこない。
知っているのか?
「なァ、おい」
「話しかけるな……この、首斬り公がッ」
吐き捨てるような言い方に、自嘲な笑みが漏れる。
おぉ、首斬り公がこんなところで聞けるとは。
もはや雷名といってもいいその響き、光栄だね。
しかし――
「どうしたもんかね、この状況?」
石牢の中で、ベトは呟いた。
あぐらをかき、両手を頭の後ろに回し、寝転がっている。
格子窓から、月明かりが差し込んでいた。
あれから既に感覚で、2時間は経つだろう。
このままここでこうしていいのか、迷う。
だが既に自慢の愛剣は取り上げられてしまっている。
自分に出来ることは、少ない。
というより限られている。
というよりもっといえば――確信が持てない。
どれが正解で、どれが失敗なのか。
満月に、アレを想う。
果たしてあの子は、いったいどうやっているのか?
まぁ――
「わたしは神の使いです」
心配など、してはいないが。
アレの言葉に、傍聴席の聴衆たちは言葉を失った。
一部にはざわめき、彼女の罵る言葉を発している者もいる。
そして裁判長の席に座るフィマールは、再度尋ねた。
「――お前は、魔女ではないのかね?」
「わたしは、神の使いです。魔女などではありません」
笑顔。
鉄壁の。
決して崩れない。
それに、見ている者たちは寒気がする想いがした。
傍聴席には既に200近くの人間たちが詰めかけている。
席の高さは3メートル近く。
みな絢爛豪華な装い。
対するアレは着古された粗末で汚れた──元は白いであろう斑ら色のローブひとつで、足元には靴すらなし。
杖を頼りになんとか立っており、左右を固める警備兵がまるで連行人か刑の執行人のようだった。
対するこちら裁判官側は自分を含めて三人、経験豊富にして老獪を自負する長老格。
そんな絶対絶滅。
理不尽極まりないとさえいえるこの状況で、まさか笑っていられる者がいようとは。
フィマールは自慢の白ひげをさすり、
「ほう、神の使いか。ならば神は、お前になにか使命を与えたというのか?」
「はい。わたしに、世界を変えろと」
今度は決定的に、傍聴席が騒乱に変わった。
口々に何事かを――というよりなにごとか、と喚いている。
こうなれば立場上、
「静粛に、静粛に!」
ゴンゴン、と木槌を打ち鳴らす。
それに静寂が戻ってくる。
だがしかし余韻は確実に残っているようだった。
それはまぁ当然だろう。
なによりフィマールも、動揺を抑え切れてはいなかったのだから。
「娘よ。世界を変える、といったな?」
「はい、いいました」
「して、それは世界のなにを? どのように? 変えるという意味だ?」
「それはわかりません」
笑顔でいってのけた。
それに今度は、聴衆から怒号が巻き起こる。
「ふざけんなッ!」
「いい加減にしろ、この魔女が!」
「なにが世界を変える、なにが神の使いだ!」
「なにひとつまともにモノを言えないのか!?」
「静粛にっ!」
木槌を鳴らすが、今度はなかなか静まらなかった。
それだけ今の発言が、聴衆の怒りを煽るものだったということだろう。
それはフィマールにしても、同じものだった。
「……娘、いまわからん、と言ったか?」
「はい、いいました」
「それで、どう変えるというのだ?」
「わかりません」
「……すまんが、わしにはお前がなにをいっているのかわからんのだが。わしにもわかるように説明してくれるか?」
「大丈夫ですか?」
「あぁ、すまんな心配させて……」
妙な光景だった。
裁かれているはずのアレの方が、裁く方の三人の裁判官の、それも中心にいる額を押さえるフィマールを気遣っている。
それに聴衆たちは、先ほどとは毛色の違うざわめきを始めた。
「それで、今のはどういう意味かね?」
「あ、はい。だからわたしはですね、世界を変えるというただひとつの意思の元に動くだけなんです。方法なんて、わかりません。ただ神のご意思に、従うだけです」
「むぅ……」
頭を抱える。
なるほど、今までの娘とはまったく違うことは確かだった。
まずこの状況に物怖じしないことが尋常ではない。
さらにその行動指針も理解できない。
この子をどう裁くべきか、実際悩むところだった。
まずは、この辺りから始めるか。
「……お前は、神のお告げを聞いたのか?」
「聞いていません」
「ならばなぜ、神の使いなのだ?」
「神と契約したからです」
「契約?」
「はい」
「それはどういった契約だ?」
「この命と引き換えに、世界を変えると」
聴衆がざわめく。
口ぐちに、なにか言い合っている。
フィマールは続ける。
「命と引き換えだと? それはいったい、どういう意味だ?」
「わたし一度、死んでるんです」
聴衆が、大きくざわめく。
それにフィマールも目を瞬かせる。
一度死んでいる?
この娘が?
だとすれば、ひょっとして――
「……娘、お前はもしかして――」
「なんですか?」
娘に変化は見られない。
変化が無い。
おかしい。
異常だ。
そして契約、という単語。
「……お前が契約したのが、神だという証拠はあるのか?」
「ありません」
「ならば、なぜ神だとわかる?」
「あの全身が塗り替えられ、覚醒し、変質したような感覚。あれが神でなくて、なんだというのでしょうか?」
なにかが乗り移ったかのように、娘は饒舌にしゃべる。
初めから、なにかが欠けていると思っていた。
それに、フィマールは気づいた。
気づいて然るべきだった。
恐怖が、すっぽりと抜け落ちている。
いやもっといえば、感情という感情が娘からは一切見受けられない。
「娘よ」
「はい」
「お前は……処女か?」
「は……? は、い」
フィマールの言葉に、少し戸惑いながらアレは答えた。
それにフィマールは少し眉をひそめ、
「では本裁判は、一時休廷とする」
いきなり木槌を打ち鳴らし、それを合図とするように一斉に聴衆たちは去っていく。
それにアレは呆気にとられたようにえ? え? と周囲を見回す。
その両脇を固める警備がガッシリと両腕を掴み、
「あ……あの、なんでしょうか?」
フィマールが目の前にきていた。
彼は刻まれたしわを深くするように思案気な表情を作り、
「今より、処女検査を行う」




