Ⅱ/サヨナラ
二人並んで下りてきたベトとアレを見て、スバルは声をあげた。
「あ、おいベト! 国軍が来てるぞ、嬢ちゃんに用があるそうだ。なんでも――」
「あぁ、わかってる」
スバルの言葉を抑え、ベトは歩み出た。
既に建物の周りには、人垣が出来ていた。
19人の仲間たちが勢ぞろいして、こちらを見守っていた。
その中には熱血漢のレックスも、お高い弓姫のマテロフもいた。
その誰もがみんな、表情に動揺と、瞳に心配の色を湛えていた。
まったく、どいつもこいつも傭兵をやるにはお人よし過ぎンだよな。
ベトは頭をボリボリかきながら、その人垣を割っていく。
後ろではアレが両手を前で組み頭をペコペコ下げながらついてきている。
これから国軍とやり合おうって女の行動じゃねぇよな、これも。
「ベト」
スバルが、隣で声をかけてくる。
それにベトは立ち止らず視線も送らず、
「……世話になった。もう会うこともないだろう。出来れば、長生きしてくれや」
一瞬息のつまったスバルだったが、
「……わしの息子にしちゃあ、上出来な門出よ。だが――」
最後に、右手を両手でわしづかみにされた。
それにベトは正直驚き、視線をよこし、
「――死ぬな」
初めて、見た。
スバルのそんな、必死な表情。
だから結局、ベトはなんと答えてよいかわからず、
「……あ、ああ」
そして手は、離れた。
ベトはしばらく、その手を左手で擦っていた。
感触は、しばらく消えなかった。
「アレ」
そしてアレもまた、声をかけられていた。
振り返ると、そこにはこちらを見つめるマテロフと、そっぽを向き鼻をかくレックスの姿があった。
「あ……マテロフさんもレックスさんも、今までお世話になりました。もう会うことはないかもしれませんけど、どうかお二人とも、お元気で――」
「……おい、お前さ」
言葉の途中で、レックスが口をはさんだ。
しかしそれはちょうどマテロフも声を掛けようとしたタイミングで、出鼻を挫かれた形になり少しマテロフはこめかみを痙攣させる。
そんなことには気づかずレックスは前に出て、
「……死ぬんだぜ? わかってるかもしれねぇけど、そりゃあ死ぬって怖いぜ? それでも世界を変えなきゃ……なんねんだよな。契約、だったっけ?」
「はい、契約しました。神様と。だからわたし、既に死んでるんです」
にこり、と彼女は花のように微笑む。
『……くっ!』
その姿を、まともに見ていられる者はいなかった。
ほとんどが顔を背け、鼻をつまみ目頭を押さえ、涙をこらえている。
短い付き合いだったが、彼女の献身的な姿勢はみなの心を捉えていた。
その根底にあるのは、命をすら投げ出すような自己犠牲の精神だった。
「どうしても――と聞きたいけど、もう言わないわ。貴女の心は、もう決まってるから。レックスももう、いいわね?」
マテロフが優しく尋ねると、既にレックスは後ろに下がって両腕で顔を覆い隠していた。
激情屋なのは、素直の裏返しだった。
今まで散々裏切られてきたから、希望が持てるものに対しては疑ってかからないと、精神が持たなかったから。
ここはそんな男たちで、溢れていた。
「でも、どうか覚えておいて。私は――私たちは、貴女のことを覚えてる。信じてる。だからそんな……死んでるだなんて、思わないで」
言って、マテロフはアレの手を強く握った。
両手で思いのたけを込めて。
どうか届いて欲しいと、そんな願いを込めて。
アレはそれにただ――いつのように笑って、
「ありがとうございます。わたしもみなさんのこと、覚えてます。だからどうか、みなさんお元気で」
最初と同じ言葉を、紡いだ。
「別れの挨拶は、済んだか?」
「はい、みなさん本当に良い人たちです。わたしみなさんにお会いできて、本当に幸せでした」
「そうか……」
そして二人は、国軍にと向かい合った。
相手方は、24。
みなプレートメイルに槍、剣を帯び、馬に乗っている。
対してこちらは軽装もいいところの、歩兵だ。
アレに至っては戦力外と言っていい。
まったく、これでただの用件だとは笑わせてくれる。
「なんか用か?」
「アレ・クロア、という少女はお前か?」
「かっ、こっちは無視かよ。おい」
「答えよ娘、お前の名前はアレ・クロアか?」
「はい、そうです」
チンピラよろしく軽い感じで声をかけるベトを黙殺して声を荒げる先頭の男に、アレは優しい微笑みを向ける。
相手が目的の人物だと確認した男は口元を歪め、
「ほう……貴様が話に聞く、魔女か」
一瞬だった。
隣にいたのがベトでなかったのなら危なかったかもしれない。
男がまったくのノーモーションで繰り出した槍を、ベトもまたノーモーションの抜刀で繰り出した剣で、弾き飛ばした。
狙いは真っ直ぐ、アレだった。
ベトの瞳が、変わる。
ギラリ、と野生じみて。
そして低く、剣を背中に構え、
「――おい、どういうつもりだ? てめぇ、なんでアレに槍を向けた?」
「笑止、魔女などを生かしておく通りなどそも、あるのか?」
「……あん?」
そういうことか。
ベトは一瞬で理解した。
甘かった。
戦争で使うなどと、これだから傭兵やってる頭の偏り具合はよろしくない。
「……ンだよ。別に魔女ぐらい、いたっていいんじゃねぇの? ほれ、魔法だぜ? 便利だぜ、大概のことは出来ちまうみたいだぜ? 聞いたろあんたらも、矢を空中で停止しちまうって話。使えば、便利だぜ?」
「笑止ッ! 魔女など悪魔と契約した外道、人外魔境! そんな者の力など使おうものなら国は荒廃し、滅びの道を辿るのみであろう!
魔女はただ、滅すのみ!」
振り下ろされる槍を、ベトは大剣を振り回し弾く。
オレアンの言葉が蘇る。
魔女裁判という狂気の一端を、これで見た気がした。
なるほど、そうなるか。
ならば自分たちが関わったことも知れているだろうし、もう知らない顔も出来ないだろう。
だからこその、この軍勢か。
運命の賽は、投げられた。
「……ってか?」
嘯き、ベトは飛んだ。
大剣を背に負ったまま、ゆうに2メートルは。
それに敵方の大将は、一瞬呆気にとられた。
このように飛ぶ兵を、見たことがなかったから。
それが勝負の明暗を、分けた。
「サヨナラ」
笑顔すら向けて、ベトは大将を大剣で脳天から、押しつぶした。
馬上のまま、鉄兜の上から、頭がい骨は陥没し、首の骨はひしゃげ、背骨は雪崩れ、身長は三分の一ほどになり関節のあちこちから血しぶきが大量に噴き出した。
『ひ、ひぃ!?』
その凄惨な光景に、連れたちが慌てる。
ベトはその血を避けもせず浴び、口元で舐めとった。
理解した。自分の立場を。
そうか。
ならもう、後戻りはできないな。
「アレ」
「はい」
驚いたことにアレもまた、バケツでひっくり返したような血を浴びていた。
全身で。
それによりトレードマークの銀の髪と薄汚れてはいるが白いローブは、赤くまだらに染まる。
それは見る者を引き攣らせる異常な光景だったがその中で、アレはいつものように笑っていた。
快活に。
それにベトも、いつものように不敵に笑う。
「世界を変えるぞ」
「はいっ」
アレの声は、晴れやかだった。
全滅させるのに、二時間もの死闘を演じることになった。
結局は傭兵仲間たちも手伝ってくれた。
それがなくては、逆にやられていたのは確かだったただろう。
なにしろアレは、ただ見ているだけだったのだから。
それでは軽装歩兵のベトとフルアーマー騎兵国軍の、1対24の構図だ。
いくら勢いどったと言っても、無謀な数字だろう。
「さて、こっからどうすっかな?」
ベトは頭をかきながら――血に濡れているためいつものようにふけは飛ばなかったが、
「これで俺たちは、国を完全に敵に回した形になるな」
その声は内容と反して、微かに嬉々とした響きを持っていたものだった。
それにアレもなぜか笑顔で、
「そうですね。ではわたしたちは、どうしたらいいと思いますか?」
「城に乗り込もう。現国王の首を取れば、相手方も誰を相手にしているのか、否応なしにわかるしな」
「……本気で言ってるのか、ベト?」
その声に割り込んだのは、いわずもがなスバルだった。
その姿は泥と血と汗にまみれ、酷いものだった。
鎧もあちこち陥没し、出血もある。
だがこれでも仲間たちの中では被害は軽い方だった。
呻き、倒れている仲間たちは半数以上、三分の二に及んでいる。
残りも痛む箇所を押さえて、息を整えるので精いっぱいという感じだ。
こうしてまともに会話に参加できるのは、僅かに4人に過ぎなかった。
「ああ、本気だ。ていうか本気で、頭のネジが外れたらしい。だいたいがこんな魔女を連れてきた時点で、年貢の納め時だったんだろう。こうなりゃいくとこまでイクだけだな」
「……アレは、どう考えている?」
マテロフが尋ねる。
手元には愛弓。
彼女のまたあちこちに擦過傷を抱えていたが、長距離狙撃手という職業柄重傷は免れていた。
アレはマテロフの問いかけに、やはり笑みで返した。
「ベトを、信じます」
言葉が変わっていた。
そこにはハッキリとした意思があった。
出来る出来ないじゃない。
ベトがいれば大丈夫、と。
そこにはマテロフ――というよりも他人では計り知れない信頼関係がはっきりと見て取れた。
なにが彼女をそこまで言わせるのかは、わからなかったが。
「……ならばベト。貴方の責任は、重大だ」
「ああ、わぁってる。毒食わば皿まで。なンなら地獄までお供してやるよ」
半分投げやり、半分本気でベトは言っていた。
実際もう二択だろう。
ヤルかヤラれるかだ。
とそこまで考えて、ベトは元々自分がそういう人間だったことを思い出した。
なにも変わってない。
なんだオレ、意外と理屈っぽかったんだな、と皮肉な笑みを漏らした。
「……お前、真面目に聞いてるのか?」
「ああ、聞いてる聞いてるって。ただ、なんてこたねぇなぁって思い至っただけさ。さてまぁ、そういうこってオレたちは当初の予定通り、王都に向かうわ」
言って、さっくりとベトは立ち上がった。
剣を鞘に収めて、そしてスタスタとアレの傍まで歩いていく。
差し出した手を、アレは微笑みと共に掴み、そして立ち上がり、ベトは手近に転がっていた杖を渡した。
「じゃな、マテロフ、スバル。もう会うこともねぇだろうけど、達者でな」
「――ああ、いってこい。お前はわしの息子だということを、忘れるな」
「ハッ、そういうことにしといてやるよ」
スバルの言葉に背中を向けたまま手を振って、一度も振り返ることもなくベトはアレと去っていく。
清々しいほど、気軽に。
「…………ま、」
「待て、マテロフ」
その背中を見送りかけて、だけど躊躇いののちに声をかけようとしたマテロフの言葉が――隣にいたスバルの手が肩にかけられることで、止められた。
マテロフは、振り返る。
スバルは目を閉じ、ただ首を横に振っていた。
それを見て、マテロフは戸惑い、瞳を揺らし、俯き、考え、そしてもう一度ベトとアレの二人の姿を見つめ、
「っ……く、ぅ」
うな垂れ、膝をついた。
その背中にスバルが手をかける。
自分には、資格がない。
それを、痛感してしまった。
自分にはアレほどの覚悟を持っていなければ、ベトほどの肝も座ってはいない。
どこまでも現状に対応して行動し、そして最善を取るだけの存在だ。
そんな勝算もない無謀な、そして大きすぎるお題目を掲げていく死の行軍に、ついていく理由が見いだせなかった。
「ベト、アレ……」
マテロフはただ地に臥して、二人の無事をただ祈るだけしか出来なかった。




