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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
革命 -revolt-
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Ⅰ/不器用過ぎる

 あえていえば、彼女に聞いてしまいたかった。


 他人任せだった人生と、こうして自分で選びとっている人生のどちらが幸せかと。


 それが出来ない自分に、結局は不自由さを感じるしかなかったが。


「……きたか。思ったよりも早か――いや、予想通りか」


 それはあくまで希望的観測を含む予定日数だ。

 事実はこの通り。


 ベトは普段よりも二時間は早く目覚めた原因――窓の外へと、寝ぼけ眼を向ける。


「……これはこれは朝から、団体さんのご到着で」


 口元に、笑みが作られる。


 そこには絢爛豪華な飾りつけがされた白馬黒馬なかには茶馬に乗ったこれまた豪奢無欠な鎧を着込んだ騎士様たちの大名行列だった。


 その数ざっと見ても20はいる。


 戦闘でもないのに、大仰しいことこのうえなしだった。

 おかげで朝から飯の準備をしてた仲間たち4名が右往左往して怯えている。


 戦況は、拮抗している。

 実際どんな与太話だろうと、戦力になると聞けば下にも置かぬおもてなしで有無を言わさぬ連行を迫り、馬畜生以下の扱いで駆り出されるのだろう。


「胸糞わりぃ」


 ベトは呟き、手早く装備を整えて、ドアに向かう。

 相手がきちんと身なりを整えている以上、こちらもそれなりの支度が必要だろう。


 そして下で未だ寝転げている同居人に、


「おい……おい、あんた」


「ふにゃむにゅ……ふぁい?」


 どこまで平和的リアクションだった。

 相変わらず緊張感がないが、今日はそんなことを言っている場合じゃない。


 手早くぺちぺち頬をはたいて、


「おい、おいおいおいおい」


「ったい、たいたいたいたい痛いよベトォ……」


「お、もう起きたか?」


「お腹痛いよォ、もう食べられない……むにゃ」


「はいべたなオチをどうも……っと」


 物理的な痛みには耐性が出来てしまったような厄介なアレの鼻と口を、両手で摘む。


 そのまましばらく放置。


 ふんふふーん、と鼻唄なぞ口ずさむ。

 傭兵仲間に伝わる伝統的なものらしく、歌詞は一切不明。

 おそらくは勇気を喚起しているものかと。


「――――――っぷあああ!」


「お、反応あり」


「くはっ、かはっ、ごは、ぐぇ……おええぇぇええええ!」


「うあ、あんたってなにえづきやすいタイプ?」


「へ……べ、ベト?」


 涙目で肩を激しく上下させて咳き込むアレは、そこでようやく目の前に立って自分に色々悪戯する人物に気づいた。

 だがここにやってきて、ベトが自分を起こしたことは初めてのことだった。


 だから状況が――まぁ元から意味不明な状況だが――掴めず、ひたすら咽ながら疑問符をいくつも浮かべている。


 それにベトは、初めて出会った時を彷彿とさせる姿――身を屈め、覗き込むように送る笑みを、送った。


「あんたに……チャンスが、巡ってきたぜ?」


「チャンス、ですか?」


「ああ、世界を変えられるかもしれない、チャンスだ」


 アレはベトを見上げたまま、胸に手をやった。

 そこに至るのは期待か、不安か、ただの動揺なのか――一瞬だけ思いを巡らせ、ベトは言った。


「軍隊が来てる。あんたの力を見込んでだ。ついていけば、あんたは兵器として戦場に駆り出されるだろう。そしてあんたの力が本当に悪魔のものだと言うなら、たぶんこの戦争こっちが勝つだろう。そうすれば世界は変わるかもな。戦争のために向けていた生産力を国力に回し、人々も自活し、国は豊かになるかもしれない。どうする?」


 あまりに端的といえば端的な問いかけ。


 そして無知になものには残酷ともいえる説明。

 ベト自身、この言葉の意味はわからなかった。


 だがこうしなければならない、という衝動にかられてやっていた。

 この結果どうなればいい、という意図すらない。


 もしついていくなら、厄介払いが出来る。

 自分たちの仕事はなくなるかもしれないが、祖国を捨てればことたりる。


 戦争なんてどこにでもある。

 逆に残るというなら、それはそれで面白くなるかもしれない。


 逆賊として狙われ、この力がどこまで通じるか、自分とどこで野垂れ死ぬか。

 どの道まともな道は残されないだろう。


 さぁ、ここが岐路だ。

 あんたの覚悟を、試させてもらおうか。


「軍隊って、なんですか?」


「また、そこからかよ……っ!」


 ベトは思い切り、頭を抱えた。


 ふとすると忘れがちだが、この子は無知な子供そのものだ。

 言動が堂々としたり、やたら物怖じしない時もあるからあれだが。


 ベトは気を取り直して、


「……軍隊ってのは、俺たちみたいなのをたくさん従えてる組織のことだ。戦争してるっつったろ? 国は、軍隊を使って戦争してるんだよ。


 その軍隊が、あんたを御所望なんだと」


「わたし、を……ですか?」


「ああ。あんたの妙チクリンな力を、貸して欲しいんだろ。で、あんたはどうすんだ?


 行くのか、行かねぇのか?」


「いきます」


 肩透かしもいいところだった。

 悩みすらしないとは、失望させてくれる。


 いやでもこの予想の斜め上感も、らしいといえばその通りか?

 結局ベトは、感想を結論づけられなかった。


「そうか、行くか。じゃあな、短い付き合いだったが案外楽しかったぜ。ああけど、戦争を舐めん方がいいぜ? 確かにあんたは変てこな力を持ってるみたいだが、それだけでそうそう簡単にはいかないのが戦争ってもんさ。色んな奴いるし、戦略や地形とか――」


「いって、みなさんにもお願いしてきます」


「……お願い、だと?」


「はい。世界を変えたいんで、協力してくださいって」


 一瞬、正気を疑った。


 けれど、この自分をして協力を願い出たこの子を思い出し、現実問題に直面することになった。


「……あんた、あの連中にも助けてもらおうと考えてやがるのか?」


「助けてというか、わからないことを教えてもらおうと。そして出来たら、わたしにできないことをやってもらえたら、嬉しいです」


「……あめぇ」


 俯き、ベトは低い声を出す。


 それにアレは頭の上に疑問符を浮かべて頭を傾げたが、それにベトは吐き捨てるように、


「あめぇ……あんた、奴らのこと知らねぇからンなこと言えンだよ。奴ら人の命なんて、道端の石くれ以下ぐらいにしか考えてねぇンだぞ? 人が死のうが生きようが、自分たちの利益さえ守って、人の利益を奪えればそれでよしとしてる連中だぞ? そんな奴らに、話が通じるとでも思ってんのかよ!」


「でも、お話は出来ると思います」


「できねぇよっ! 薄汚ねぇひと殺しのおれたちに、毛が生えた様な連中だぞ?」


「でもベトたちは話を聞いてくれました」


「ッ……き、気の迷いだ! そんなもん、他の連中にまで期待すんじゃねぇ!」


「でもやらないと」


「やるやらないの問題じゃねぇ、できねぇっつってんだ! 理屈で考えろ、頭で理解しろ! 出来ないって、無理だってわかってっから誰もやんねぇんだろうが!」


「でもやらないと、世界を変えられないから」


「夢見てんじゃねぇ!」


 ベトはついに爆発し、アレの胸倉を掴み、引っ張り上げた。


 それにアレは、抵抗しない。

 その瞳は怯えもなく、真っ直ぐにベトを見つめていた。


 むしろ吼えているベトの方が、その純粋な瞳に怯んでいた。


「ッ……わかってねぇわかってねぇわかってねぇわかってねぇッ! あんたなンにもわかってねぇわッ! 世の中ってのは、あんたが思うほどみんな優しくねぇ! できねぇもんはできねぇし、世の中諦めなくちゃ――」


「――――」


「……あんた、」


 言葉が、続けられなかった。


 もう、その瞳がすべてを物語っていた。


「……どうしても、行くのか?」


「はい」


 ほんの一秒の逡巡すら、なかった。


 その僅かなやり取りに、ベトは説得の無意味を悟った。


 目を、逸らす。

 睨みあい――この場合は違ったが――で先に目を逸らしたのは、初めてのことだった。


「あんた……死ぬかも、知れねぇぞ?」


「はい」


「……いいのか、それでも?」


「命、かけてますから」


 なんでそこで笑えるのか?


「――――っ、……、――――!」


 なにか言うべきなのだが、何ひとつ口から言葉が出てきてくれなかった。


 なまじ状況が、彼女の性格が、覚悟が、気持ちがわかってしまうから、もうこれが詰みだとわかってしまう。


 理屈では、もう行かせるしかないだろう。

 せいぜい幸運を祈る、ぐらいの言葉をつけて。


 死地に赴く、戦友に対してのように。


「――――――――あーッ!!」


 掴んでいた襟首を離してぽい、とアレを布団に放って、頭をガリガリガリガリかいてベトは叫んだ。


 めいっぱい。

 威嚇したり鼓舞したりといった目的を持ったもの以外の感情に喚起されてこれほどの大声を発したのは、初めてのことだった。


 それをアレは、ただじっと見つめる。

 そこに込められた感情を読みとることは、出来なかった。


「――――――っ、あァっ!」


 一通り叫びに叫びに叫んで、ベトは思い切り頭を前に振った。

 この間久々に入った風呂のおかげで流れる前髪が、顔の全面を覆った。


 そしてそれをブルブルと振って、乱暴にかきあげて、目を開けて、


「――わァった。オレも、一緒に行くわ」


「ベトも?」


「あァ、オレもだ!」


 半分ヤケのような気持ちだった。

 どうとでもなれ、と思った。


 シンプルに考えてきたつもりだったが、それすらも放棄したような心地だった。

 これから先の自分の姿を予想するのすら、やめた。


 どうせ野垂れ死にが、妙な死に方するだけだ。

 意味ねぇ。


 そんなことよりも、胸の衝動が勝ってしまった。

 まったく、自分らしくもない。


「……ありがとう」


 ぽろ、とアレは涙を零した。


 それにベトは、どこか違和感を覚えた。

 そういえば最初に手伝ってやると言った時は、まるで濁流のように泣きじゃくっていた。


 このような泣き方は、この子らしくない。

 それで、気づいた。


「本当に、ありがとう……ございます」

 声が、震えている。

 指先が、震えている。

 その身体が小刻みに、震えていた。


 必死に、抑えていた。

 心からわき上がる、恐怖心を。


 不器用過ぎる。


 どうしてそういう生き方を選ぶのか?

 心のままに生きればいいんじゃないか?

 無理せず、受け入れ――


「ッ……なるほどな」


「え、なんですか?」


 瞳の涙を拭いながら、アレが尋ねてくる。

 それにベトは、首を振る。


 意味がない。

 受け入れて生きることが、心のままに生きているだなんて。

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