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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
魔 -devil-
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Ⅵ/自責の念

 その夜、アレはスバルの部屋に呼ばれた。


 アレはそのことを告げて、ベトの部屋を出て行った。

 そのことについてベトは、一言もいわなかった。


 スバルの部屋の前で、コン、コン、とノックをする。


「……嬢ちゃんかい?」


「はい」


「入ってくれや」


 言葉に導かれるように、扉を開く。

 片手で杖を握り、片手でドアを押し。


 スバルの部屋は、ベトの部屋よりふた回りは大きかった。

 窓際に置かれたベッドのほか壁の一方に樫の机、もう一方にはいくつかの本棚も見てとれた。

 その机の前に、スバルは座っていた。


「おぉ、ようきたなあ。とりあえず、そこのベッドにでも座ってくれ」


 いわれ、アレは頷き、トコトコと歩きベッドの上にちょこん、と正座みたく座り込む。


 そのまましばらく、微動だにしない。

 まるで人形のようにすら見える。


 それを見てスバルは、


「……楽にしていいぞ?」


「はい」


「……それが楽か?」


「はい」


「……ふぅ」


 その頑固さに折れたのか、スバルは行っていた書類作業の手を止め、アレの方を向いた。


 アレは微動だにしない。

 それこそ人形のようだと、スバルは再度思った。


 銀髪は、それこそ少女によく似合っていた。


「お嬢は……マテロフとは、どうだい?」


「マテロフさんはいいひとです」


「いいひと……いいひとかァ。それはどういう意味だい?」


「性格がよくて人がよくて素敵な女性です」


「性格……いいかァ? まぁ見てくれはいいが――」


「いいです」


 断言する。

 それにスバルは、少し面食らう。


 みんなの前ではあれだが、対一でこれだけハッキリものをいうところを見るのは初めてだった。


「ほォ……いいのか、マテロフ」


「はい、いいです。すごくいいです。わたしマテロフさん、大好きです」


「そんなにか……」


 そこまで言われると、少しマテロフのいいところに興味がわいてきた。


「ちなみにマテロフの、どんなところが大好きなんだい?」


「言えません」


「は……?」


 前のめりになる。


 ここまできて、いきなりそれか?

 アレは微動だにせず口を真一文字に結び、頑くなだった。


 むぅ……とスバルは頭を抱え、


「参った……正直わしには、嬢ちゃんの考えてることがよくわからんわ」


 初めてアレが、反応した。


 ぴくん、という感じで顔を上げて、こっちを見た。

 それにスバルの方も、お? と眉を上げる。


「なんだい? どうしたんだい、嬢ちゃん?」


「…………いえ」


 黙っている、というよりも感情を持て余しているような反応だった。


 それにスバルは、糸口を見つけたような感覚になる。だ

 がうまくしなければ簡単に千切れてしまう、細っそい釣り糸だ。


 しばしその髭を撫でて、


「……嬢ちゃんは、わしのことが嫌いかい?」


 ふるふる、と否定を意味する首振り。

 それにスバルは安堵の意味を密かに吐き、


「なら……なんで、しゃべ――いや。ちょっとタンマ」


 言いかけて、ストップを意味する掌を突き出し、反対の掌で頭を抱える。


 違う、間違いだ、ちょっと待った、今の無し、今正解をなんとか捻りだすから――


「――ぷっ」


 意外な、音。

 それにスバルは、指の間からアレを盗み見た。


 アレは口元を抑えて、笑っていた。

 歳、相応に。


「……嬢ちゃん」


「あ、いえ……」


 視線に気づき、アレは元の体勢あんど無表情に戻る。


 その姿に、誰かの姿がダブる。

 とたん一気に、目の前にかかっていた雲が晴れるような心地がした。


「…………嬢ちゃん」


 優しく、声をかける。

 だが当然、反応は薄い。

 予想済みだ。


 さらにスバルはゆっくりと、


「……外の世界は、怖かったかい?」


 まだ無反応。

 スバルは悩む。


 どう言えばいいか……というより、どう言ったかを思い出そうとする。

 そう、確か――


「わしも敵に、見えるかい?」


 ハッと気づいたように、こちらを見るアレ。

 それに目を閉じ、息を吸い、出来るだけゆっくりと、


「……少しでいいから、嬢ちゃんのことを、話してくれないかい?」


 アレは自分を、まるで初めて見る人間のような目で見つめていた。


 スバルは聞いた。

 祖母が殺されてから、ベトに出会い、ここまでやってきて、マテロフと街に行った時までの経緯いきさつを。


 相変わらず要領を得ない、感情入り過ぎの把握しづらい話し方ではあったが、そこには必死で、こちらの胸に訴えかけてくるものがあった。


 そのあとしばらく、アレは息を整えるのに集中していた。

 それをスバルは、見守るように待っていた。


 時間はまるで、夜に吸い込まれるように過ぎていった。


「ハァ、ハァ……あの、」


「なんだい?」


「スバルさんは……なんでわたしに、優しくしてくれるんですか?」


 その一言に、すべてが集約されていた。


 敵が、アレにとっては当たり前だったのだ。

 だからそれへの対応なら手慣れていたが、しかし理由なく優しくされる方がより警戒を強くされる一因になっていたのだ。


 マテロフが手早く仲良くなれた理由が、今ならわかる。


 マテロフはそれこそ敵意の塊で、だからアレはそれこそすんなり心の扉を開かせ、そうして二人は仲良くなれたのだ。


 スバルは考える。


「……なんでだろうなぁ」


 そういえば咄嗟に、思いつかなかった。


 なぜだろう?

 スバルから見れば、アレは単なるみなしご、戦争孤児だ。


 ベトが拾ってこなければ、気にも留めなかっただろう。

 それからあの夜の会話があり――


 ああ、そうか。


「ベトが連れてきたから、だな」


 ニヤリ、とその時スバルは思わず笑みを浮かべていた。


 その意味が、アレにはわからない。

 だがその言葉の意味は、理屈ではなく直感で理解出来た。


「ベトが……?」


「あぁ、ベトがだ」


「ベト……ベト……」


「あぁ、ベトだ」


「ベト……優しい、ですよね」


「あぁ、優しいな……本当に、バカなくらいにな」


 向き合う。


 アレは、柔らかい表情を浮かべていた。

 それを一言で表すなら、安心したというところだろうか。


 見届けて、スバルは頭を下げた。

 唐突に。


 だからアレはしばらく、そのことに気づけなかった。


「……え? あの、スバルさ――」


「ベトの奴を、頼む」


 なにを頼むのかもわからない。


 目をパチパチして動揺するアレにスバルは頭を下げたまま、


「……わしでは、ダメだったよ。あのバカの目を、覚ましてやることは。だから嬢ちゃんに頼むよ。なんとかあのバカの目を、覚ましてやってくれないか?」


 説明されても、意味がわからない。


「……あ、あのバカって、ベトのこと?」


「あぁ、そうだ。頼む」


「……目を覚まさせるって、起こすって意味ですか?」


「違う、気づかせてやって欲しいんだ。あのバカが、なにを本当はしたいかを」


 わからない。


 なにをいっているのかなにひとつ。

 だけどなにが言いたいか、なんとなくわかるような気がした。


「……ベトが、死ぬんですか?」


 一足飛びの見解に、今度はスバルの方が驚き顔を上げる。


 アレの瞳は、どこまでも真摯だった。

 スバルはそれに少し圧倒され無意識に髭を撫でて、


「……端的に言えば、そうなるか」


 確かに一足飛びではあったが、アレの見解は間違いではなかった。


 このままでベトは、死ぬ。

 間違いなく。


 スバルのように要領よく、うまいところだけとってトンズラという真似をベトは決してしない。


 一番の死地に一番に赴き、そして大暴れする。

 あんなやり方では、いかに戦いの才があろうと不意打ちは避けられない。


 事実アレがきた二日目、一度死にかけている。

 なによりベトが、どう考えても死のうと考えている。


 自責の念によって。


「……わたしに、止められますか?」


 その言葉には、自信の欠片も見受けられなかった。


 そこにスバルは、アレという少女の矛盾を垣間見る。


 世界を変えると言っておきながら、それ以外のことにはまったく奥手。

 自信も意思もない、その極端な在り方。


 よく似ている。

 ほとんど直感的に、スバルは思った。


「止められるか止められないかじゃない、止めて欲しいんだ」


 どこかで聞いたような台詞に、アレはハッとする。


 スバルは出来るだけのどこまでも優しい笑顔で、じっとアレを見つめる。


「嬢ちゃんなら、できそうな気がする……いや違うな、嬢ちゃんにしか出来ないと思う。言い方は悪いが、嬢ちゃんが出来なくちゃ誰にも出来んだろう。だから嬢ちゃんがダメなら、わしも諦める。だから、頼まれてくれんかな?」


 直球過ぎた言い回しだった。


 普通の人間なら、その露骨さにしっぽを巻いて逃げだすところだろう。

 だけどアレはその直球さゆえに、意図を正確に理解した。


「……頼まれます」


「おぉ、そうか! 頼まれてくれるか!」


「わたしもベトに、死んでほしくないですから……」


「ありがとう! 嬢ちゃん本当にありがとう! わしゃ嬉しい――」


「でも、なんでなんですか?」


 唐突な疑問。

 いくつもの意味を含んだ問いかけ。


 それにスバルは一瞬躊躇し、


「……育ててきたからな、あのバカを」


 少し寂しそうに、少しばつが悪そうに、そして少し嬉しそうに、スバルは笑った。

 その面影をアレは、今は亡き祖母のものと重ねていた。




 がちゃ、という遠慮がちな音。


 そのあと部屋に入り、静かにドアを閉め、ごそごそと床の布団に潜る音。

 間違いなくアレが部屋に戻ってきたことを感覚だけで悟り、ベトは再び物思いに耽った。


 今日の自分は、どうかしていた。

 スバルに怒鳴る――というより誰かに怒鳴るなんて、以前のものを思い返すことすら難しい。


 効率と実地だけを旨にしてきたベトにとって、それは忌むべき行為の筈だった。

 なんなんだ、と自問する。


 どうもアレに出会ってから、自分はおかしい。

 身体ではなく、心の方が。


 シンプルに生きてきた。


 間違いはなく無駄はなく、それは最高の生き方の筈だった。

 そう自分は、信じてきた。


 もう信じてきた、という時点でその歪みを認めているようなものだった。

 他の生き方があると知ってしまった時点で、もう鑑みないではいられない類の事象だった。


 さらに追い打ちをかけるような、せんせいとプライヤとの会話。

 トドメとばかりのスバルの独白。


 ――オレにどうしろっていうんだ?


 ここまでベトは、進退窮まっていた。

 もう決めて、受け入れてきたことを、改めて考えろという。


 そんな話はない。

 選択肢はなかったから、他のことは頭から追い出して、それだけに努めてきて、今さらそれを俺にいうのか?


 無理だ。

 そんなもの受け入れられない。


 というのは簡単だったが、だが事実はそう簡単には済んではくれなかった。

 だからこそ、こんなに激しく感情が揺らいでいる。


 叫んでいる。

 憤っている。


 感情は遠の昔に、キチンと凍結させたはずなのに。


「……アレ=クロア」


 思わず、非常に小さな声で呟いていた。

 口の中だけで、声の形だけ成すように。


 すべてはあの子と、出会ってから始まった。

 始まってしまった。


 なにか自分ではどうしようもない運命の輪が、無理やり動き出してしまったような感覚を味わっていた。


 運命の輪は、止められない。

 だからこそ運命という。


 以前せんせいが、ベトに話した言葉だった。


 死ぬつもりだった。

 のうのうと生きるつもりはない。


 散々殺してきたのだ。

 いつかは同じように、誰かに斬られて路傍で野垂れ死のうと決めていた。


 だけどそれが、それが――


「ッッ!!」


 思い切り歯を食い縛り、ギリギリ歯軋りさせながら胸ぐらを思い切り掴んで、ぐりぐりとして、爆発しそうな想いをとどめる。


 絶対にダメだ!


 それは、思っちゃいけない。

 思う権利がない。

 思うべきどころか、そんな在り方そのものが、許されない――!


 こんなに苦しいことはない。

 これが生きるということなのか?


 前に戻りたい。

 戻れない。

 運命が動き出したから。


 ジレンマだ。

 どうすればいい。

 答えなどない。


 ならば自分はずっとこのまま、こうして?

 それもありえない。


 ベトはずっと、歯を食いしばり胸を抑えて、夜をやり過ごそうとした。

 だけど耳に、他の人間の鼓動が聞こえる。

 それを無視することが、出来ない。


 ――彼女も、もう先はないだろう。


 バラすべきではなかった。

 少なくとも、この傭兵部隊以外には。


 だけど彼女は、使ってしまった。

 その力を、自分がいない時に、自分以外の仲間のために。


 その皮肉な出来事が、なんだか納得できなかった。

 まるで大きな流れに、自分たちが翻弄されているようで。


 すべきことはないのか?

 来るべき時のために、こんな風にのうのうと眠っていていいのか?


「…………」


 考えても、結局いまこの場所で出来ることは、他にはなかった。


 自分はこの日々を捨てられず、彼女にもほかに居場所はなく、そして事態は変えられない。

 変わらないんじゃない、すべては変えられないんだとベトは理解した気になった。


 確信も、ないまま。


 そして明日が、やってきてしまった。

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