Ⅴ/育ての親
仲睦まじいアレとマテロフと、それを見つめる仲間たちを置き去りにして、ベトとスバルは会議室に移った。
会議室と言っても、二階の奥にある真ん中に円卓が据えられ、周りを10に満たない椅子が取り囲んでいるだけだ。
壁際にはいくつかの本棚、広さはベトの部屋の三つ分ほどと言ったところか。
「で、どういうことだ?」
ベトは窓際に移動し、対面のドア側にいるスバルを睨む。
スバルは気づいていなかったかもしれないが、ベトはスバルがアレにその辺りを匂わせていたのを知っている。
その上で、なぜあんな堂々としているのかを問い詰めている。
「まぁ、見ての通りってとこだな」
悪びれる様子もない。
らしいといえばらしいスバルの言葉に、ベトは苛立ちを覚える。
「……わかんねーよ。てかわかんねーから聞いてんだから、っとと答えろよ」
「わかったわかった……わかったから、そのガントレットはしまえぇええ!」
いきなりスゴイ形相でスバルは雄叫びをあげ、頭を抱えて円卓の下でぶるぶる震えだした。
二回も殴ったことがすっかりトラウマになったらしい。
とりあえず話をするために、ベトは無言でガントレットを外した。
それを確認してスバルはふーっ、ふーっ、と鼻息荒く、
「は、外したな? は、外したよな? よ、よし……はふーっ! じょ、嬢ちゃんのあの変てこな力に関しては、もうみんな知ってるわな」
「……知ってる、のか?」
眉をひそめるベト。
だがそれとは対照的にブタから人間への進化を遂げようとしているスバルは、
「ぶふー、ぶふーっ……あ、ああ。お前が出て行ってから、マテロフと一緒にアレが出かけてな」
「ま、マテロフとか……?」
さらに眉間にしわを寄せるベト。
そしてスバルは簡単な経緯をベトに伝え、
「で、なんかなかよくなって帰ってきたっぽいマテロフから、俺にまず報告があってな。で、そのあと一度出撃があってな」
「あったのか!? 出撃が?」
それも寝耳に水だった。
あったとか、思わなかった。
戦況は比較的安定していた方だったから、出かけたっていうのに。
だがスバルは極めて冷静に、
「ああ。その時に、アレの嬢ちゃんの力が発揮されてな。俺たちひとりの被害もなしに、大戦果を挙げることに成功したって寸法よ」
バカな、とベトは思った。
「……一緒にいったのか? アレも?」
「ああ。っていっても一人残しとくのもあれだから同行させただけなんだけどな。まさか嬢ちゃんがあんなすごい隠し玉持ってるなんてよ。みんな驚いて、なかには一生ついていくって奴まで現れたっていう寸法よ。やーよかったよかった」
スバルは無責任に喜んでいた。
その様子は、まるで天使の降臨のようだったという。
スバルの傭兵部隊は、籠城戦に駆り出されたという。
攻撃が激しい最前線で、敵からの侵攻を食い止めろという話だったという。
そこでスバルの隊は、大変な苦戦を強いられた。
敵は大量の弓兵を抱えており、そのうえ矢が底を尽きることはない。
ほとんどが歩兵であるスバル隊は、近付くことすら困難だったという。
一斉掃射の矢が降り注ぐ中、アレは誰も気づかないうちに最前列に歩み出ていたという。
スバルが気づき、叫び、マテロフが青ざめ、走りだす中、アレは降り注ぐまるで集中豪雨のような矢を、白痴のように見上げ――
その雨が、すべて宙に縫いつけられたという。
「…………」
「いやーぶったまげたね。俺も長年戦場で生きてきたが、あんな光景を見たのは初めてだったな。そのまま嬢ちゃんは戦場を歩き続け、降り注ぐ矢はその先々で止まり、まるでモーゼのように出来た安全地帯を俺たちは進み、制圧した。まさに嬢ちゃんは勝利の女神って奴だったなァ」
沈黙。
それしかベトには出来ることがなかった。
籠城戦で、まさかそんな派手な演出をしているとは思わなかった。
ならば目撃者の数は、それこそ半端ではないだろう。
魔女狩り、という単語が頭によぎる。
「……それで?」
「? それでもなにも、大勝利さ。勝利の美酒は美味かったぜ? お前も惜しいことしたもんよ。で、お前の方はハントスまで何しに行ったんだ?」
「いや……まぁ、なんでもねぇ」
話す気が、失せる。
わざわざ足を伸ばした意味があったのかどうか、今となっては怪しいところだった。
異常に疲れが、両肩にのしかかる心地だった。
しかしスバルはそんなベトの様子には気づかず、
「なんでもない? なんでもなくて、わざわざハンストまで行くようなタマかお前が? え?」
「別に気まぐれさ。もう話はねえなら、部屋に戻るわ」
「……おい、ベト?」
「じゃあな、あんたも毎晩毎晩不摂生してねぇでたまには早く寝ろよ。もういい加減、いい歳――」
「ベト」
なんでもない、しかし唐突にして素朴なその呼びかけに、ベトは思わず向けていた背を止め、振り返っていた。
スバルが真剣な瞳で、こちらの顔を覗き込んでいた。
まるでさっきと、立場が逆。
それにベトは少し、戸惑う。
それはベトが苦手な、育ての親としての顔だったから。
「……ンだよ、さっきから」
「お前、なにか隠してることあるだろう? なんだ? マズイことなのか? あるなら、わしに話してみろ」
「……ンでもねぇよ」
「ならお前がそんなに悩むタマか? 普段から大概のことを投げ出してる奴がよ?」
「るせぇな、放っとけよ」
「ベトよォ」
いきなりスバルが、自分の両肩を掴んだ。
それにベトは反射的に手が出そうになって――なんとか抑えた。
なんなんだ、いきなり?
意味がわからないし、こういう第一次接触は苦手とするところだった。
だけどスバルは、真剣だった。
「わしァな……ずっと、考えてたんだよ。わしァ、傭兵だ。戦場で、敵を殺して生きていくしか出来ない男だ。だからわしはお前を、そうやって養ってきた。だがな……わしァお前を、同じようには生きて欲しくァ、なかった」
「……なに言ってやがる」
「まァ聞け。だがわしがお前に教えてやれることァ、それしかねぇ。気づけばお前はわしの真似をして、わしの剣を勝手に振ってやがった。最初は止めたが、しばらくして下っ端を模擬戦で倒すようになって、わしも諦めたよ。だがな、それは諦めただけだ。
お前本当に、今のままでいいのか?」
胸を棒で、突かれたような心地だった。
一瞬だが言葉が、出てこなかった。
「……なにいってやがる」
苦笑いでそう言って、再び背を向けた。
そのままドアの向こうへ行こうとすると、スバルが肩に手をかけてきた。
その感触に、心がざわめいた。
「なぁ、少しでいいから考えてみないか? 本当にお前、このままでいいのか? 傭兵としてひとを殺して、その糧で生きていく。そんな生き方に、お前は本当に満足してるのか?」
「……おいおいスバル、冗談はたいがいにしろよ? いいも糞も、それ以外俺にどんな生き方が出来るってんだよ? あんたまでアレみたいな夢みたいなこと、言ってんじゃねぇよ?」
最後のつもりだった。
ここが限度のつもりだった。
「だがベト……」
スバルは、気づけなかった。
それに遂に、ベトは爆発した。
「――ッざっけんな!!」
振り返りスバルの手を弾き飛ばし、肩をいからせて叫んだ。
それにスバルは突き飛ばされ、抵抗も出来ず尻もちをつく。
それを見下ろしベトは息を荒らくし目を血走らせ、
「そんなつもりじゃなかった? 最初は止めたぁ? 今のままでいいのか、だとォ!? っざけんな! 他になにがある? 殺して、殺して、生きていかなきゃ、生きていけねぇ! それが俺だ。力がないなら、なにされても仕方がない。俺にそう教えたのは、他ならねぇあんただろうが!!」
激昂するつもりはなかった。
だけど言葉は、口から迸っていた。
感情に身を委ねるなんて、自分らしくない。
そんなことを心のどこかで、なんとなく感じていた。
スバルは育てた息子の言葉に、まるで捨てられた子犬のような顔をしていた。
それがますます、気に食わなかった。
そんなスバルが気に食わないというより、そんな顔をさせている自分がというか、そんな状況になっていることそのものがというか――
「ッ! くそが! ンだってんだ、よッ!!」
思い切り叫び、ガン、と扉を蹴開けて、ベトは部屋をあとにした。
それをスバルは、ただただ見送っていた。




