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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
魔 -devil-
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Ⅳ/生かされている

 風呂に、浸かる。


 浴場は、誰もいなかった。

 それに心休まる。


 公衆浴場は、苦手だった。

 世間ではそれは娯楽場であり、冷、温浴、熱湯室にサウナは当然のこと、食べ物飲み物も色々と売られ、なぜだか体育室に競技場ダンス場、果てはまったく意味不明だが図書館まで併設され、そのうえいけしゃあしゃあと娼婦斡旋まで行う。


 それは自分には、必要が無いものだった。

 女などわざわざそういう場所で見繕わなくても、自分好みの女を行く先々で買えばいい。


 風呂は風呂、女は女で、なぜ分けて考えられないのか。

 もはや疑問ですらないが。


「……ハァ」


 息が、漏れる。


 風呂はいい。

 ベトはその行為自体は気に入っていた。


 心から、休まる。

 落ち着く。


 出来ればこの場所のように、一人でこうして心の底から弛緩したかった。

 まぁこんな機会、年に一度すらもないが。


「お背中お流ししましょうかー?」


 いや、ありえねぇだろ?


「いや、ありえねぇだろ?」


 思わずベトは思ったまま呟いていた。

 そしてギギギ、とゆっくり振り返る。


 うわ、と思った。


「うわ……」


 と言った。


 ベトが浸かる、ゆったりとした聖堂の広い浴場のその入口にプライヤが、そのしなやかな肢体を露わにタオルひとつ巻いた状態で、三つ指ついてこちらを向いていた。


 ヲイヲイ、いまそういうのはいいって言った……じゃなく思ったばっかりだろ? とベトはボリボリ頭をかく。

 もうふけは出なくなっていたが。


「では、お流ししますねー」


 にぱ、と笑顔で立ち上がり、そしてズイズイこっちにくる。


 それにベトはおいおいおい、と浴場の中で後ずさる。

 ばしゃばしゃ、と水音が立つ。


 まったく、この神聖な聖堂でなにやってんだ俺?


 ずる、と滑った。

 やっべ、普段風呂に入り慣れてないから――


 なんとか受け身は、とる。

 一瞬後頭部から顔面が、水の中に埋没。


 息。

 顔を上げる。


 目の前に、胸にタオルだけ巻いたシスターが笑顔で迫ってくる。


「……おいおいおいおいおい」


「背中、お流ししますねー」


「い、いいって」


「良いんですね?」


 言葉遊びか。

 再び頭痛が、ベトを責める。

 理由は二日酔いではなかったが。


 にゅう、と両手が伸ばされる。

 それを咄嗟に手で弾き――と思ってる間に、真っ白く丸い揺れる柔らかそうな何かがふたつ、ベトの顔に覆いかぶさってきた。


 視界の端には舞い飛ぶさっきまでそれを覆ってたであろうタオル。

 むにゅ、という感触。


「……ちょ」


「はーい、一名様ごあんなーい」


 どっぱーん、と上がる水しぶき。


 なんだ、これ?

 もはやそういうのでさえないっつーの。


 せんせいはなに考えてんだ、と思った。


「だから最初から、大人しく背中を流されればよかったんですよー」


 背中をごしごしと擦られながら、ベトはぐったりしていた。

 後ろには再び巻いてもらったタオルが、プライヤの胸元から下半身までを覆っている。


 なるべくさっき顔全体で味わった感触を思い出さないようにと、ベトは目を瞑る。じゃないと身体の方が反応してしまう。

 こんな鳥頭女相手に、それはもはや屈辱だった。


「……これはせんせいの指示か?」


「違いますよー、わたしの意思でーす」


 無邪気な声だ。

 思えば最初会った時から、ずっとこの調子だった。


 そう考えれば、この暗い時代にこんな声を出す女――というか女の子もいたのかと少し感心する心地になり、ベトは少し話をしてみようかという気にもなった。

 どうせ背中を流されてるわけだし。


「なんで俺みたいなのの、背中を流そうなんて気になった? 金か?」


「お金要りません、わたし神に仕える乙女なんですよー?」


「っへぇ、要らないときたもんか。じゃあなにが目的だ?」


「目的ですかー? お兄さんのお背中流すことですけどー?」


「ん? ご主人さまじゃなかったのか?」


「え、なにがですかー?」


 ハハ、とその会話にベトは笑う。


 そうか、そうだな。

 確かに瑣末事だ。


 ベトは少し楽しくなってきた。

 頭空っぽにして出来る会話は、アレに出会って以来なんだか久しぶりな気もした。


「俺の背中流すのが目的か。なんだ、俺の背中ってそんなに流したくさせる背中だったのか?」


「いえー?」


「ん? 違うのか?」


「はい、単にお兄さんが、哀しそうな色をしてたもんでー」


「…………は?」


 振り返る。

 首だけで、思わず。


 プライヤはニコニコと、最初に会った時と同じ笑顔をしていた。


 直感。

 なにかがおかしい。

 微かな違和感。


 哀しそうな色、だと?


「……色って、どういう意味だ?」


「えー? どういう意味……って聞かれても、なんていうか紫っぽいっていうか」


 要領を得ない。


 ベトは数秒考えて――なぜかはわからないが、プライヤに背中を向けたまま自由になる右手をその首元に、持ってきた。


 なにも考えず、その首を絞めるような形で。

 ほんの数ミリだけ、隙間を作って。


 プライヤの動きに、変化はない。

 ニコニコと、こちらの背中を擦り続けている。


 その瞳の色に、核心のようなものを得た。


「お前……なにが、視えてる?」


「みなさんの、心ですかねー?」


 しばし、沈黙。

 ずっと続いていた背中を擦る動きが、止まる。


「さーお背中流しますねー?」


「――あぁ、頼むわ」


 ばしゃー、とお湯がかけられる。

 それに、スッキリした気持ちになる。


 肩を回す。

 自分では手が届かない所を洗ってもらうというのも、悪くないものだった。


「どうですかー?」


「あぁ、悪くないな。悪かったな、わざわざ」


「いーえ、またどうぞー」


 笑顔で言って、プライヤはしずしずと後ろに下がっていく。

 それをベトは見送り、


「……おい」


「はい?」


 一時停止したプライヤに指通りがよくなった髪をかきながら、

「あのさ……なんであんたは、生きてる?」


 思わず、といった感じで投げかけていた。


 まだ頭に神父――オレアンせんせいとの会話が残っているのかもしれない。

 それに、アレとの問答も。


 プライヤはその唐突な質問に眉ひとつひそめることもなく、


「みなさん、お優しいですから。わたし、生かされてるんですねー」


 生きる目的じゃなく、生きている理由が返ってきた。


「……そうか。悪いな、時間とらせて」


「いーえ」


 そう笑って、プライヤは来た時と同じ唐突さで戻っていった。







 ベトが旅立ってから、次の日の夜九時過ぎ。

 アレとマテロフは帰ってきた。


 そのさらに三日後、ベトはアジトに帰ってきた。


「よォ」


「あ、ベトおかえり」


 最初に交わされた会話が、それだった。


 ベトは軽い感じで片手を挙げ、アレは無邪気な笑顔で迎え入れた。

 その傍らには見慣れない人影がいた。


「……と、マテロフ?」


「やァ、よく帰ったなベト」


 これまた聞き慣れない挨拶が返ってくる。


 それにベトは目をパチパチさせる。

 この弓姫から、こんな愛想が送られる日がくるなんて――


「その姿を見るまで、完全にその存在を忘れていたよ。今までどこで野垂れていた?」


 毒舌になっていた。

 これはこれで、大概ウザかった。


 が、まぁ、今まで見たく黙殺されているよりはいいかと思い直した。

 一応。


「あーまー、適当に野垂れてたさ。まーあんま気にすんなよ。ンなことより、アレはこの三日間、どうしてた?」


「楽しかったですよ。マテロフさんに弓矢を教えてもらってました」


「え"?」


 思わず、変な声が出た。


 マテロフの方を見る。

 マテロフはなんてことない顔で弓の手入れをしながら、


「……悪いか?」


「いや、わりぃなんてこたねぇが……どんな風の吹きまわしだ?」


 答えたのは、アレだった。


「だってわたしたち、友達に"なれる可能性が"あるんですよ?」


 嬉々とした言葉に、ザワついていた周囲もまとめて、静まり返る。


 ベトは口を開けて唖然とし、アレは嬉々とした笑顔で――マテロフは弓と短剣を握ったまま、ピクピクとこめかみを痙攣させて、


「ちょっ……おい、アレ――」


「っへぇ、そうか友達になれる可能性がね! おいみんな、聞いたかよ!?」


『おう、聞いたぞ!!』


 ベトの号令に、どっと周囲が騒ぎ出す。


 当然こんな面白い話を黙って見過ごす奴らじゃなかった。

 一斉に、


「へいへい、マテロフどういうことだよ?」

「可能性ってなんだよ可能性って、なってやれよ可哀想によォ!」

「それともあれか、焦らしてんのかよ?」

「まるで恋人同士みたいだなァ、おい!」


『ギャハハハハハっ!!』

 と大爆笑する仲間たち。


それにマテロフはこめかみをヒクヒクさせ、ベトも一緒になって笑い、よくわかってないアレも一緒になって慎ましく笑った。


 笑い合った。

 楽しげに。


 マテロフは一気に、爆発した。


「うるっさいぞお前らっ! 囃し立てて、バカみたいに笑って私をバカにしてるつもりかァ!!」


「おーい、弓姫が怒ったぞー」

「うひょー逃げろ逃げろー」

「狙撃されるぞー」


「貴様らァ――撃つ」


 静かに宣言。

 手入れ途中の愛弓を構え、狙う。


 ベトを。


「……って、俺かよっ!?」


「貴様だ……諸悪の、根源……ッ!」


「なんでだよ!?」


「死ねッ!」


 叫び、本当に矢が放たれる。


 それをベトはギリギリ首をひねって、躱す。

 カスって、首の皮が切れて血が滲んでいった。


 ていうか本気かお前!?


「マテロフ!? お前いま本気で当たってたら死んでたぞ!?」


「当然だ……殺す気で、撃ったからなァ!」


「てんめぇ……!」


 愛剣を抜き、構える。

 そっちがその気なら、こっちもその気だ!


 駆ける。

 間合いを詰めれば弓なんぞ――


「ッ!」


 速射が、連続で放たれる。

 それを避け、躱し、剣の腹で受け止めて凌いだが――


「っ、と、く……てめぇこら近場で勝負しやがれ!」


「飛び道具が剣相手に近づくかっ!」


 その口めがけて放たれた一矢を、間一髪で剣の腹で受け止めた。


 周りはその生死を懸けた戦いをやんややんやと、賭けにして楽しんでいた。


 オッズは7:3でマテロフ優勢。

 理由は飛び道具ということと、女性相手にベトも手を出せないだろうという予想が耳に飛び込んできた。


 ならやってやろうじゃねぇかとベトは意地になり――


「やろう……その顔ぺちゃんこにしてやっからなこのや――」


「だめ」


 振りかぶったベトの大剣と、引き絞られていたマテロフの弓の弦。


 その両方が、唐突に止まった。


「な……!」

「っ……!」


 その現象に、二人は唖然となる。

 そして声が聞こえた方に、振り返る。


 そこには両手を後ろで組み、ニコニコ笑う少女アレがひとり。


「あ、あんた……」


「喧嘩は、ダメですよ?」


 天使の笑顔でそういわれ、


「あ、あぁ……」


 思わずといった感じでベトは頷く。


 とたん、宙で固まっていた両腕が解放される。

 振り下ろすこともなく、下にだらりと下げた。


 唐突な出来事に、怒りもどこかに吹っ飛んでいた。


「お、おいあんた……今のは、っと」


 どう言ったもんか?

 悩み言い淀むベトだったがマテロフが、


「そうだな、喧嘩はよくなかったな。私が悪かったよ、アレ」


「はい、わかってもらえたら、よかったです」


 後ろでニコニコしてるアレと、素直に従うマテロフ。

 その構図は、意外以外の何物でもなかった。


 なんなのか、この関係は?

 疑問符を浮かべるベトにスバルがのっしのっしとやってきて、


「おーう、帰ったなあベト。どうだったハントスは?」


「いや……ハントスは、たいして変わってなかった……ていうかせんせいがつーか妙なシスターがあれだったけど……アレ、どうしたんだ?」


「アレのことか? それともあの光景のことか?」


 どっちもだ、と言いかけてベトは、


「……アレは、いま」


「あぁ、ありゃあ尋常じゃないのう」


「ていうかおい、」


 真剣な顔で、ベトは後ろに立つ発つ前より脇腹辺りがでっぷりしたっぽいスバルのその顔を見つめた。

 スバルはそれに二秒して視線を逸らして下の方を見たあといつもベトがするようにその薄い頭をかいて、


「……ちょっと付き合え」


「ああ」


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