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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
魔 -devil-
16/132

Ⅰ/せんせい

 二年が経ち、ハントスは活気を取り戻していた。


 いやその言い方では語弊があった。

 ハントスは、前以上に栄えていた。


 目抜き通りが出来て、両側は様々な店が軒を連ねていた。


 主に食べ物がメイン。

 たっぷりの肌色のスープにゴロゴロした肉やら玉ねぎやら入った大かめ。


 ベトはひとつ、貰うことにした。

 愛想良く店主に苦笑いを返し、一口すする。


 感動。


「……うっ、めぇ」


 静かに漏れた感想は、本物だった。

 普段自分が食べているものがいかに手抜きで粗野で材料に近いかということを思い知らされてしまった。


 ていうか美味すぎた。

 気づいたら、皿空だったし。


「あー……もっぱいくれるか?」


「あいよっ」


 愛想がいいパンパンな男のそれに、なぜかお節介な育ての親を連想してそれを打ち消すように今度は肉の方から齧った。


「肉汁が……肉汁が、肉が柔らっ……うめー!」


 さらにそのあと腸詰め肉に発酵した乳の塊がのった焼き麦粉に別の赤い辛いスープを飲みつつ、目的地に向かった。


 サミオール大聖堂は、目抜き通りの突き当たりにあった。


 太陽が真上にある時間帯に、多くの人間がまるで砂糖にたかる蟻のように集まっていた。

 それにベトは腸詰肉を噛みながら、苦笑いを浮かべる。


 人ごみは、苦手だった

 いつどこで、敵の奇襲を受けるともしれないからだ。


「ちっ……はいはーい、ちょっとどいてねー」


「って、な、なんだ若造?」


「はいはいごめんなさいねおじいちゃーん」


「った、なによ若いの?」


「はいはい、ごめんねおばあちゃーん」


「ッ、ンだこらてめぇ!」


「――っせぇよ、あ?」


 年寄り二人をやんわりおしのけたあとぶつかった血気盛んな男の叫び声に、ベトは僅かに殺気を開放。


 眼。


 黒目をすべて解放し、瞳孔を開き、その中央に相手の姿を収める。

 重心は完全に中央に持ってきて、いつでも動かせるように手足の力は抜く。


「ひっ……!」


 これだけで、相手は獣に獲物として目をつけられた気分になった。


 男は情けない声を漏らし、脱兎のごとく逃げ出していった。

 それにベトは瞳を閉じて、肩をすくめる。


 周りのじいちゃんばあちゃんは気づいておらず、呆気にとられたように逃げた男を見つめていた。


 もちろん真似すれば誰でも同じ効用が発揮されるというわけでもない。

 何人も手にかけてきた、ベトならではの効果だ。


「さって、人垣が割れたな。これで幾分進みやすく――」


 視線を、開け放たれた聖堂の扉の向こうに。


 思いがけず、想っていた人物がそこには立っていた。


「――よォ、せんせい」


 その言葉に、人物――中背のベトより頭三つは大きい長身の、白と赤を基調とした司祭服は、その瞳を大きくした。


「まさか……ベトか?」


 二年ぶりの再会は、こうして始まった。




 ベトは大聖堂の雰囲気が、得意ではなかった。


 なにもかもが金や銀、赤や白といった鮮やかな色どりの豪奢な飾りつけに彩られた空間。

 神を敬うための所業が描かれたステンドグラスに、十字架に、バカでかいパイプオルガンに、厳かな祭壇。


 空間全体から、全霊で責められている気持ちになる。


「神の家、ね……」


「相変わらずか、お前は?」


 そこに声をかけたのは、オレアン神父そのひとだった。


 帽子にローブ、その上にマントをつけ、これまた厳かなことこの上ない。


 ベトは不謹慎にため息を吐き、オレアンの頭の上を指さし、


「外さないんすか、それ?」


 育ての親であるスバルにさえタメ口のベトは、そこで初めてまっとうとは言い辛いが敬語を使う。


 それにオレアンは包みこむような優しげな笑みを浮かべる。


 長身ではあるが、身体は引きしまっている。

 アゴが出て、瞳は細い。


 線のように。


 スバルとは真逆の体型といってよかった。

 しかし不思議に、そこから威圧感は感じられなかった。


「外して欲しいか?」


「出来れば」


「じゃあ外してやろう」


 表情と言葉が合っておらずただ表情と合わせるような動きで、帽子を机の上に下ろした。

 それにベトも、肩の力を抜く。


 次いでマントも下ろす。

 やや、投げやりに。


 それにベトは今度は、笑い声を漏らす。


「……くく。そんなんじゃ、教会の人間としてマズイっしょ?」


「ああ、構わんさ。いまこの司祭室には、誰もおらん。まあベトが周りに言いふらしたら、それはもちろんマズイがな」


「ンなことしませんよ、意味ないし」


 そしてどっかと、豪快に椅子に座り込む。


 司祭室、と呼ばれたこの空間には、様々なものが鎮座されていた。

 よくわからない聖骸布と呼ばれる布に、あまたの教義的装飾品。


 そのどれも生々しく、そのどれも煌びやかで、現実的な感覚というものを失わせる。


 だがその中心で自分と向かい合って座る人物は、少々毛色が違っていた。


「どうしたんだ、いきなり訪ねてくるなんて?」


 にわかにオレアンは、机の下から瓶をひとつ摘み上げ、後ろの食器棚から二つの杯を取り出し、机の上に並べて瓶のなかの液体を注ぐ。

 そのひとつを黙って受け取りベトは、


「いやちょっと聞きたいことがあるんスけど……ちなみにこれ、なんですか?」


「聖水だ」


 そうか聖水か聖水ってこんな血みたいに赤い色して芳しい香りとかしてるんだっけ?

 まぁ神父さまがいうんだから間違いはねえよな、うん、とよくわからない納得をしてベトは、


「じゃあ……まずは、乾杯を?」


「おう、再会を祝して」


 かつん、と杯を交わす。


 そして各々のペースで、中の液体を飲み干す。

 ベトはゆっくりと揺らすように、オレアンはぐびぐびと喉を潤すように。


 しばらくのち、空になった杯を双方置いた後に、話は始まる。


「――で、なにが聞きたい?」


 オレアン神父の言い回しは、いつも単刀だった。


 余分な言い回しはしない。

 そう聞くと合理主義者のようだったが、それは評価を真逆に受け取っているといえるだろう。


 実際オレアンは単刀直入に――自分が吐きたい言葉を、発しているにすぎないのだから。


 ベトはオレアンの言葉に、しばらくは黙って空になった杯を見つめることで応えていた。


 するとオレアンは黙って杯に次の"聖水"を注いだ。

 ベトは反応せず、杯にたゆたう赤い液体を、ただ黙って見つめていた。


「……せんせいは、二年間どうしてました?」


 質問が、当初のものとは切り替わっていた。


 だがそれはベトにはよくあることだった。

 順序立てした思考を持つ機会は、結局幼少期には失われていた。


 だから人と話そう、とする時はなにかしらの目的を持って挑むのだが、いざその人物を目の前にすると気分によって話す内容を決めてしまう。


 オレアンはそんなベトに、親しみを込めた視線を――同じように自らの杯に向けた。


「まぁ、復興の手伝いだな。普通にみなに混じって瓦礫をどけ、とんかちを叩き、家を作ったり飯炊きしたりして、必死になって街を作ってたよ。苦しいって人がいれば祈りを捧げたりもした。家が無い人には聖堂も解放したしな。それがここまで復旧できれば、まぁ御の字だなあ」


 ゆっくりとしたその言葉には、じんわりとした実感があった。


 二年前、予期していたが結局は防ぎきれなかった敵国からの侵攻に街中は破壊され、ただ唯一サミオール大聖堂だけが残った状態で救援部隊が到着した。


 その中に、ベトの姿もあった。

 夢中で戦い、彼も生き残った。


 その時ベトは、オレアンに出会った。


 まるで最近の出来事の、焼き増しのようだ。

 いやこの場合逆なのだが、ベトはそれには頓着しない。


「せんせいは、どうでした?」


 明白な指定語がないその疑問に、オレアンは今度はゆっくりと杯を傾け答える。


「なんと考える暇などなかったなぁ、だけど、まぁ、楽しかったさ。生きているんだから、それだけで人は楽しいものだよ。死することに比べる……までもないなあ。ただひとは――いや説教臭くなるな」


 そこまで話しておいてアハハ、とオレアンは底抜けに笑った。


 それにベトはつられて笑う。

 そこには年相応の笑みがあった。


 ベトが真に信頼し、心開けるのは、このオレアン神父だけだった。


 生みの親でも、育ての親でもない。

 心通わせた期間も僅かにふた月程度のもの。


 だけどそこに期間も事実も関係ないことを、ベトは無意識のうちに悟っていた。


「いいっすよ、せんせいの説教なら、聞いてもいい。だって説教じゃないから。せんせいの説教は説教じゃなくてただ……れれ、ンだっけ?」


「相変わらず酒には弱いんだな、ベト」


 かか、と今度は豪快に笑う。


 それにベトは、弱り目の笑みを浮かべる。

 勝てないな、この人には。


 なんとなくぼやける意識のなかで思った。

 それは剣や腕力や色々な理屈ある勝負ではなく、直感的に感じた事だった。


「面目ないっす、酒なんて飲んでるひまなくて……って、あれこれ聖水なんじゃ?」


「聖水が酒じゃないなんて誰が決めたんだ?」


「違いないっすね……まだまだオレは、未熟っすわ。それで俺、聞きたいことがあったんですよ」


「なんだ?」


 くい、とオレアンは一気に杯を傾け、三杯目を手酌でつぐ。


 丸っきり、外見と合っていない。

 そういうのはスバルの方がよく似合っていた。


 彼に教えられた。

 外見でものを判断することほど、愚かなことはないと。


 その在り方は、自身で決めろ。

 その本質は、心を開いて見つめろ。


 未だ、出来てはいないのだが。


「なんでひとはひとを、殺せるんですか?」


 またも当初の予定を飛び越して、現在の疑問が口をついて出た。


 それにベトは、当然頓着しない。

 当初の疑問は最終的に出るなら御の字、くらいにしか考えてはいない――というか純粋に、考えていないのだ。


 その、在り方すらひっくり返すような問いの意味に。


「……ひとは、ねえ。ベトは、どう思う?」


「またっすか? 聞いてるのは、俺なんですけどね」


 揺らしていた杯に、ゆっくりと口をつける。


 酒は嫌いだった。

 意識をぼんやりとさせる。


 シンプルな考え方が出来なくなる。

 どうでもいいことを考えさせる。


 今の生き方以外のやり方があったんじゃないかなんてわ無意味なことを考えてしまう。


「……殺したいとかしたくないとか、そういうんじゃないと思うんですよ。ひとを殺すって。半端じゃないでしょ、それ?」


「だな」


 同意を求めるベト(こども)に、オレアンは微かに頬を歪めた。


「なら、それでもなんで殺すのかって。なんか気になるんですよ、最近。どうしてかっていうと、ちょっと話長くなるんですけど……」


「なるほど、だがまぁその疑問はそう悪いことではないさ。なんで殺すか、か……あまり考えたことはなかったなあ」


「マジっすか?」


 思わぬ言葉に、ベトは顔を上げた。

 それにオレアンはお? と愉しげな表情を浮かべた。


 ベトはオレアンにとって可愛い弟分だが、なにぶん恥かしがり屋なのかなかなか面と向かって話さない所があった。

 だからこういうところをみると、オレアンはつい嬉しくなってしまっていた。


「意外か?」


「意外っすね。神父さんはそんなことばっかり考えてるものと思ってたっす」


「神父はな。まあ、おれは違うな」


「なるほど」


 妙に納得している。

 それはそれでオレアンにとって複雑な心境だったが、まあいい。


「なぜひとはひとを殺すか……単純に言えばそれは、既にひとではないからだろうなあ」


「ひとじゃ、ない?」


「ああ。たとえばこの戦争、実際戦争を起こした領主は手を下さないだろう? つまり当人はひとをひととしてではなく、領主を寄こさない厄介な存在、という見方をしている。次に実際駆り出される兵士だが、敵と会話したりしないで、命令のまま排除する。な? 誰も殺す時、相手をひとと見ていない。


 豚とか牛と一緒だ。もし彼らが殺される瞬間を見て、なお嬉々としてその肉を喰らえるか? いや喰らえるかもしれないな……今のあまりいい例えじゃないな、うん」


 独りごちて、またも神父は杯を空にする。


 いくらでも飲める。

 それがベトは、なんだか誇らしかった。


 たいていのことが、ベトは出来た。


 ひとより足の速さも剣の重さも判断力も動体視力も、勝っていた。

 傷に対する耐性も、根性も、気合いも。


 だから自分よりなにかが上回っているオレアンが、誇らしかった。


「ひとじゃないんですね……殺す時って」


「そうだな。その時は、ひとはひとと見ては――」


「ひとじゃなくなってるから、殺せるんすね俺は」


 ふとした、呟きだった。


 ふとすれば聞き逃してしまいそうなそれに、オレアンな静かに、息を呑んだ。


 そして酒も飲んだ。


「――ぷぁ。どうしたベト、らしくないな」


 らしくない。

 そう感じた。


 いつも真っ直ぐ、シンプルに考え、迷いなく。

 それがベトだった。


 その男が、自分を省みている。

 ベトもちびり、と酒を舐めて、


「せんせい……悪魔憑きって、本当にあるんですか?」


 遂に当初の目的に、辿り着いた。

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