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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
悪夢 -nightmare-
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Ⅲ/女神の加護

 レイティア島には騎士団制度というものがある。


 度重なる内戦に伴い、各国が軍事力を誇示するため軍事団体を組織したのが始まりだった。

 通常の兵士と違い、騎士には財力があり、馬がある。


 自前の上質な鎧やランスを装備しての、馬を使った突進という強力な戦法は、戦局を大きく左右するものとして猛威を振るった。

 それを組織するという事は、それだけで国同士の戦いに対する牽制となった。


 ローザガルトの騎士団は、名を聖王騎士団という。


 ローザガルトは、信仰心が篤い国だ。

 遠き神代かみよの頃に青の女神ルミナスの祝福を受けたとされ、その地を守る騎士団は名に聖を冠することを許されている。


 碧き聖剣ルミナス。

 それを持つ聖王騎士団団長ハルバルト=ディアラン以上に、その名は知れ渡っている。


 曰く、魔を滅す剣。

 この国の守り神の名を冠した聖なる剣。


 その名を広めたのは、共和国エルシナとのカリヤ砦の戦いとされる。


 共和国エルシナが誇る弓兵騎士団。


 馬を駆り、移動しながらの的確な射的で仕留めるそれは狩猟騎馬民族を思わせる。

 矢じりには毒を仕込んで殺傷力を増したり、火をつけて被害を広げたりと、弓のみであるに関わらず戦闘のバリエーションは広い。


 だが、ディアランには通じなかった。

 弓兵騎士団は徐々に、追い詰められていった。


 ローザガルト側の砦に対する攻城戦だったが、エルシナの弓兵騎士団は徐々にその攻め手を失っていった。


 そして最後に、火攻めに出た。


 攻城戦における、最も効率のいい戦術は、火矢を使い一気呵成に攻めること。

 だがそれを安易に使うことは、弓兵騎士団としてのメンツが許さなかったのだろう。


 だがそれは、聖王騎士団側も予期していたことだった。

 既に対矢攻め部隊である巨大な盾を持った者たちが前に出て、その矢の砦内への進行を防いだ。


 しかし、予想を上回る展開があった。

 弓兵騎士団は、同時に全方向からの襲撃をかけてきたのだ。


 いかに聖王騎士団が事前にその対策を講じていたとはいえ、それほどの攻撃を予想していたわけではなかった。

 弓兵騎士団を――共和国エルシナの実力をなめていたわけではなかったが、まさかそれぞれが"一呼吸に三本もの矢を射ることが出来る"とは、想定外だった。


 火は、あっという間に燃え広がった。

 最前線で食い止められると踏んでいた分、それ以外の対策は皆無に等しかった。


 もはや砦の放棄しかないかと、みなが諦めかけた、その時。


 ディアランの一振りが、荒れ狂う炎を消し去った。


 最初それは、ディアランの凄まじい剣圧によるためだと思われた。

 しかし、それにしてはあまりにも広い範囲が、それこそあっという間に消えていったというもの。


 それもただの一振りで、こうも激しい炎が消えるわけがない。


 それこそ女神の加護でもなければ──


 その後危機を脱した聖王騎士団側は一気呵成に攻めたて、勝利をもぎ取り、それにより女神の加護を得た聖剣は、一気にその名を轟かせた。




 王都ローザガルトは、その中心にセダーヌ城を据え、その周りを城壁で囲う作りとなっている、城塞都市だ。


 城から放射線状にいくつもの大通りが出来ており、その周辺に住居や店が存在している。

 宿や、居酒屋、それに服飾店や刃物を扱う店などが軒を連ね、道には住民や行商人などが歩き回り、活気が溢れていた。


 そこに、異質な集団がいた。


 立派な軍馬に跨り、その頭には円筒形の兜を被り、背中に巨大な盾を背負い、鎧に軍衣を纏いしその集団。


 聖王騎士団。

 その数僅かに9の、一騎当千の騎士たち。


 その進軍は神々しく、まるで最後の審判団に赴く神話の再現のようだった。

 9の兜、9の鎧、9の盾、そして8の様々な武具が降り注ぐ日差しを反射していた。


 誰もが足を止め、その姿に見入った。

 その最後尾をいくハルバルト=ディアランの、厳しくも端正な面持ちに、観衆は一層沸き立つ。


「おぉ、ディアラン様だ!」

「"剣王"様、御武運を!」

「碧き聖剣ルミナスの威容、再度天下にお示しを!」


 飛び交う歓声の中、ディアランはただ独り想っていた。


 今まで自分たちが築いてきた戦いの軌跡。

 それにより在る現在の栄光。

 団員たちの、輝ける人生。


 それを全て投げ打ってまでして、懸けるものがこれにはあるのだろうか?


「…………」


 懊悩は、その問いかけはこれまで何千、何万と繰り返されてきたものだった。

 そしてその答えもまた何千、何万回と反芻されてきたものである。


 ――あるのだ。


 あの、この世の奇跡を授かってしまった女は、天地をひっくり返す覚悟でもない限り、討つことはできないだろう。


 殺すことは、出来ないだろう。


 奴の──世界でただ一人が扱える、魔法は、その威力は、まさに悪魔の所業、魔女の暴挙。


 国一つと対抗し得る、個の力?


 ありえない。

 あってはならない。


 奴は、存在そのものが、絶対的な悪なのだ。

 それを滅すためならば、たとえこの名だたる聖王騎士団の団員を何人犠牲にしようとも――最悪全滅してでも、構わない。


 ――だから、とディアランは思う。


 これは、私怨ではないのだ。


 団員の姿に目をやる。

 どれも、今から伝説級の怪物と相まみえようというのに、臆している者などない。


 どれを出しても、一国の将軍になれるほどの器と、腕前を持っている。

 にも関わらず離団する者はおらず、このような何の益もない進軍に付き合ってくれている。


 その勇壮な姿に、町民は尊敬と崇拝の視線を送っている。

 それを見て、ディアランは何千、何万回目になる懺悔を、神にした。


 あぁ、女神ルミナスよ。


 もし、この騎士団が全滅の憂き目を見るようなことがあるのなら、どうかこの私めだけを、地獄に叩き落としてください――




 灰色の空に、黒い鴉が飛んだ。


 不吉を絵に描いたような曇り模様に、伝承にある箒に乗った魔女のようなフォルムが羽ばたいていく。

 視線の下方にあるのはあまりにも巨大で、黒い森。


 その深遠たる闇の深さは、人の身では到底計り知れないものに思えた。

 それは、この世の終わりを想わせた。


 何もない黒に棲む、魔をかる化け物――


 ざわざわ、と黒い空間がざわめいた。

 まるで森そのものが――この世の終わりそのもののような黒が、その魔手で手招きし、生贄を求めているような――


 だが、団には誰一人として、動揺を表に出す者はいなかった。

 皆、まるで機械のように前方だけを見つめている。


『――――』


 その光景に、身内のことながらディアランは胸がすく思いがした。


 彼らならば――全滅などすることなく、確実に事を成す事が出来る。

 そんな希望に似た気持ちを、自覚することなく持ち始めていた。


「進め」


 騎士団は遂に"彼岸の森"への進行を、始めた。




 その前日。


 キッチンでお昼支度をしているベリファニーを急かして、スペロはドアを開け放った。


「ベリファニー、おいでよ。ほら、花がこんなに綺麗だよ」


 小屋を出た先にある、無数の花々に挟まれた小径。

 そこから広がる景色は原色と補色、そして桃色にに彩られ、まるで空想上の楽園のようだった。


 悩みも争いも苦しみもない。

 一生ここでこの景色を眺めていたい。


 そんな欲求に駆られるような──


 ふと、出てきた小屋を振り返る。


 柔らかい茶色の、質素な小屋。

 優しい、自分たちの家。


 そこではいつも手作りの野菜スープがことことと煮込まれる柔らかい香りと、小鳥たちの優しい歌声が迎えてくれた。

 彼女の笑顔が、スペロの心を包み、癒してくれた。


 いつも泣き出しそうに見える垂れ気味の瞳。

 いかにも女の子らしい長い睫。


 筋が通った小さめの鼻。

 思わず触れたくなるような柔らかそうなほっぺ。


 絹みたいに美しい黒髪。


 その何もかもをスペロは、宝物のように、愛していた。

 ここに来るだけで、何もかも、満たされていた。


 そう回想していると、実際にベリファニーが小屋から出てきた。


 こちらへ向かって歩いたかと思いきや、日差しにに手庇を作って見上げて、我に返って歩き出すけどすぐに足元の虫に気を取られたりと、見てて飽きない。


 スペロがそんなことを思っていると、べリファニーがこちらに気づく。


 ふわ、と風がなびいた。

 そう感じるほど柔らかく、彼女は笑った。


 スペロの息が、止まる。


「――――」


 その、あまりの可愛らしさに。

 愛おしさに。


 鳥は歌うのをやめ、風は吹くのを忘れ、日差しは彼女のところ以外照らさない。


 世界は、彼女のためにあるのだと思った。


「スペロ?」


 天使が、声を出した。

 その時スペロには、本気でそう感じられた。


「――あ、ご、ごめん」


 手で顔を扇ぎ、その顔の火照りを取ろうとした。


「? 何で謝るの?」


 その態度にべリファニーも疑問で返す。


「え……あ、そうだね。うん、今のは僕がおかしい。ごめんね」


「? 変なスペロ、ふふっ」


 笑いながら、彼女は服を翻す。

 空色のゆったりとしたチュニックのスカートの裾が、ひらひら揺れた。


 それを周りの花々が、可憐に彩る。

 それはまるで、天上で舞い踊る天使のよう。


 スペロは、伝えたかった。

 この胸の想いを、告げたかった。


 だけど、いつもあと一歩、勇気が出なかった。

 それは今回も同じのようで、


「ベリファニー」


「ん? なぁに」


 スペロに顔だけ向けてくる彼女の手を取り、


「今日も一緒に、お茶会だね。せっかくだから今日は、ここにテーブルを持ってきてやろうか?」


 彼女はそれを聞き、花のような満面の笑みを見せた。


「素敵ね」

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