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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
断罪 -judge-
104/132

Ⅲ/真っ直ぐな殺意

 ベトとベリファニーは、ずっとアレとスペロの消息を追っていた。

 とにかく足を使ってかき集められるだけの情報を集めた。


 しかし結局、それが身を結ぶことはなかった。


 ベトは元より、孤高を身上とする身だ。

 その場で共に飲み、バカ騒ぎすることはあっても、そのあと連絡を取り続けることなどまずない。


 所詮ただただ惨めな死を望んでいた身の上だった。

 それがここに来て仇になるなど、考えたことすらなかった。


「…………」


 ベトは道中、黙りこくっていた。

 人間ふたりの足だけで探せる範囲など知れている。


 アレが攫われてから、既に二ヶ月。

 焦りは、募る。


「……大丈夫ですか?」


 昼夜問わず四日も歩き通しでようやく見つけた山間の村での聞き取りも、しかしまったくなんの収穫も得られずさすがにそこで仕方なく宿を取り、次の日一番にチェックアウトしたそこでベトはベリファニーに、声を掛けられた。


 早足で次の場所に赴こうとしていたベトは、そこで初めて足を止める。


 人にものを尋ねるか睡眠時以外でその場に留まるのは、そういえばずいぶん久しぶりだった。


「……なんだ?」


 加えて探索以外でこうして口を利くのも、久しぶりのことだった。


 思わず自分の声に懐かしさを覚えてしまう。

 そういえば自分はなにをしようとしていたんだっけか?


「少し、休みませんか?」


「なにが、だ?」


 ピンとこなかった。


 休む?

 どういうことだ?


 なにを休むというんだ?

 そも、自分はなにをこんなに必死に――


「あなたのせいじゃありません」


「オレのせいだ」


 言葉は、滑り落ちるように吐き出されていた。


 是非もない。

 そう返すことが、自分にとっての義務のようだった。


 それにベリファニーは、悲しそうな顔をする。

 以前のベトだったらそれを見て、イラつきを感じていたはずだった。


 しかしベトはそれに、なぜか引き摺られるような悲しさを覚えた。

 それはなぜだろうと、少し考えてみる。


 それがまとまる前に、


「私のせいです……私が、スペロを……」


「オレのせいだ」


 そこだけは譲れなかった。

 誰がなんと言おうと、アレを奪われたのは自分の落ち度だ。


 守ると、命を捧げると、剣になると誓ったはずなのに。

 所詮傭兵の自分には、この辺が――


「あ……あれ?」


「どうしたのですか?」


「い、いやその、うまく言えないんだが……ちょ、ちょっと待ってくれるか?」


「いくらでもお待ちしますよ。私はあなたを、急かすような真似をするつもりはありませんので」


 まるで男が理想とする、それこそ聖母のような物言い。

 ベトは戸惑い、その黒い姿を不憫に想った。


 なぜ彼女は、なにもかもが黒いのか?

 ほとんどみな、茶や金、たまに赤毛などがほとんどだというのに、なぜか彼女は黒髪に黒眼で、さらにはなぜ黒いローブなど身に纏っているのか?


 そこまで考え、ふとベトは気づいた。


 そういえばアレの銀髪、薄汚れた白いローブも、不自由な足も、すべてとても奇異な風貌だが、特段望んでそうなったわけではない。

 だとすればもしかすると、ベリファニーも――


 そういえばアレの瞳は、どんな色をしていたか?


「な……なぁ、ベリファニー」


「はい、どうなさいましたか?」


 背を伸ばして佇み、両手は前で組み、その顔には穏やかな微笑を湛えている。


 一瞬、背筋を悪寒が駆け抜けた。

 知らずベトは一歩、後退りしていた。


「? どうなさったのです?」


 本当に、素朴に、純粋に。

 ただ心配している声色で、こちらに言葉を投げかけ、擦り寄ってくる。


 そういえば、言っていた。

 確かふたり、過ちを犯した……とか、だったか?


 ベトは自身の記憶力の曖昧さを呪った。

 否、あの時はそんな言葉聞き流していた。


 アレに掛かり煩っているうちに、そういった超常現象に、変に慣れてしまっていた。


 油断。


「お前……」


「なんでしょう?」


 ベトはその名を、呼ぶ。


「黒き、魔女……」


 一瞬でも、その瞳に陰りか何かが現れるかと。

 ベトは無意識に、試していた。


 しかしその在り方は、ほんの僅かにも揺らぐことはなかった。


「はい、どうなさったんでしょう? ベトさん」


 それにベトは、後退りをやめた。

 ふぅ、と胸を撫で下ろす。


 なにを今さらオレは、ビビッているのか?

 "白き魔女"に、"剣豪"に、王様に、"剣王"に、と――あぁ、そういえば熊とも一戦交えたんだったな。


 越えてきた死戦も両の指で数え切れない。

 いつからか、命を惜しむようになったんだか、オレは。


「なぁ、ベリファニー」


「はい、いかが――」


「あんたとスペロについて、オレはまだ聞いてなかったよな?」


 一瞬、空気が凍りついたかと思った。


「――――」


 それぐらい、雰囲気が一変した。


 なにもかもが停止した。

 風さえ、止んだ気がする。


 この世に人間は自分たち二人しかいないんじゃないかとさえ思えるほど。


 怒りや悲しみなんかのそういう単純な感情を、超越したようなその在り方。


 知らず、ベトは口元を歪めた。


 好みだった。

 それこそアレに出逢っていなければ、見初めていたくらいに。


「――どういう、意味でしょうか?」


 間違えれば殺すという殺気がダダ漏れだった。


 愉しい。


 真っ直ぐな殺気。

 気持ちいいくらいなそれは、随分ご無沙汰な戦場のそれ。


 ベトは知らず、腰元に手を伸ばし――思い出す。


 そうか。

 "餓狼の牙"は、既に折れてしまっていたんだっけか。


 てかやべぇ、なんでオレ新しい剣仕入れてねぇんだ。


 アレのことで頭がいっぱいだった。

 一気にドクンドクン、と心臓が脈打ち出す。


 ど、どうするオレ?

 掌にじっとりと汗が滲み出してきた。

 膝までガクガクと笑い出す。


 出るか引くか、二者択一。

 こうなれば――


「ど、どど……どういう意味って、き、聞いてわかんねぇか?」


「喧嘩……売っておられますか?」


 冷たい返しに背中ゾクゾク。


「いっ? いやそんなことはないぞ? ほ、ホラ、オレたち仲間だろ? 一緒に飯食った仲じゃないか?」


「……私の過去も知らない方ですが?」


 間違えたのかという焦りに方がガクガク。


「そっ!? そうだけど……ホラ! 一緒にアレを心配して、探してるじぇねぇか!」


 イチかバチかだが、ベリファニーが見せたその人間らしい部分に、ベトは賭けてみた。


 小屋での惨劇が脳裏に甦る。

 自分もあんな風にぺちゃんこになるんだろうか?


 しかしベリファニーはそこで初めて、言葉を止める。

 さらにほとんどわからないレベルではあるが、ベトから見て微かな揺らぎのようなものが感じられる。


 ベトはそれを、動揺だと解釈。


 ここしかない。

 というかここでいかないと、命がない。


「──あんたはなんで、そんなにアレのことを気にかけるんだ?」


 その筈なのに。

 なぜか口調は静かに、落ち着いたものになっていた。


 ベリファニーの瞳に、色が灯る。

 今度こそ、そこには明らかな躊躇いが、見て取れた。


 だから、思い出した。


「言ってたな。確か……あなたたちは間に合う、だとかなんとか」


 その瞳が、揺れていた。


「それは……」


 確信、


「つまりそれは、あんたたちは、"間に合わなかった"ってことなのか?」


 ベリファニーは黙り込み、顔を伏せる。


「…………」


 もはや主導権は、ベトに移っていた。

 しかしそれに安堵したり、喜ぶ気にはなれなかった。


「アレは、あんたに会えて嬉しかったって言ってたよ……いやあいつは大体誰に会っても嫌な顔したりせず、ニコニコ笑っていたが……けど、オレもあんたに感謝してるよ。おかげで自分の気持ちを確認できたしな……だがまぁ結果的に相方に掻っ攫われ、こういう目に遭ったが……」


「何が言いたいんですか」


 言葉に一瞬、怒っているのかと疑った。


「……ぷっ」


 だがその笑みに、自分の受け取り方が間違いではなかったのだと、確信出来た。


「……聞かせてくれるか?」


 優しく――自分とは思えない気色悪い声を出して尋ねると、ベリファニーは表情を戻した。


 いや、その表現は間違っていたのかもしれない。


 確かに笑みは消えた。

 しかしそれは無表情ではなく、ただ――


「はい、わかりました……いえ、私も本当は、わかっていました」


 こちらを見る。

 その瞳は、既に魔女のソレではなくなっていた。


「あなたたちと出会った時から、話さなくてはいけないだろうと……」


 歳相応の、怯えた当たり前の一人の少女のものだった。

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