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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
断罪 -judge-
102/132

Ⅰ/オレタチ人間の本性

 アレは、ずっと引き回されていた。


 国中の、あらゆる場所に連れて行かれた。

 その間、アレには最低限の行動しか許されなかった。


 眠り、出された粗末で不衛生な食事を摂る。

 そして差し出される、この国の"現実"を眼に、焼き付ける。


 それ以外アレには一切の行動は、許されなかった。


 そこはとある教会。


 その地下、誰にも開かれることのない秘密の部屋。

 暗く、カビ臭く、陽が届かないそこで日夜行われていたのは何なのか?


 鉄で作られた歪で尖った様々な器具は、何のために存在するのか?


 アレ=クロアには最期まで、理解することが出来なかった。


「あぐ、ぅ、あああ……!」


 それはとある戦場。

 数百と数百がぶつかる当たり前の、戦争。


 アレ=クロアはまだ知らなかった。


 以前のエミルダ救出の際。

 本当の意味でのぶつかり合いは回避され、始まってからは混乱の中周りを見る余裕はなく、そしてベトと"剣王"の激突は果たし合いや決闘に近く。


 本当の意味での血で血を洗う、人としての尊厳を踏みにじる、そういったいわゆる当たり前の、殺し合い。


 それをその時まで、見る事はなかった。


「あグゥええええええああああ!」


 アレには禁じられていた。

 目の前で──虐げられ、拷問され、苦しむ人々に、手を差し出すことを。


 助けることも、寄り添うことも、看取ることすら許されず、ただただ傍観者であることを強要され続けた。


「ッ!?」


 咄嗟に瞼を閉じ、その上から両手を覆い隠した。


 手を差し出せないなら――助けられないなら、せめてその姿を見たくはなかった。

 知りたくはなかった。


 ヒトがここまで、残酷になれるということを。


【目を背けるな】


 その両手が、瞼が──不可視の力により、開かれる。

 無理やり、是非もなく。


 そして見せ付けられる。


「あ、あぁ……う、ぅ……!」


 ヒトが考え得る限りの、非道悪行陵辱の、数々を。

 阿鼻叫喚の、地獄絵図を。


「グギャアアアアアアアアアアアア」


 撒き散らされる血を、吹き出す胃液を、千切れる肉を、砕ける骨を――


「い……いや――――――――ッ!!」


 せめてせめてと、両手で目一杯、耳を塞いだ。


【耳を塞ぐな】


 なのにその声は、心臓を鷲掴みにするように直接脳に、響いてきた。


 そしてやはり手を押し退け、その凄まじい悲鳴、咆哮、絶叫がアレの鼓膜を激しく厳しく切なく揺らし、魂を──引き裂いた。


「ハッ……あ、ぁ……あぁあぁああぁ……」


 すべて一切から、逃げることが出来なかった。


 見つめることしか、出来なかった。

 聞くことしか、出来なかった。


 この世界の現実を。

 虐げられる人々を。


 苦しめられる人々を。

 殺される、人々を。


 そして――


「アハハハハハハハハハ!!」


 それを行う、ヒトビトを。


「なん、で……?」


 どうしてそんな風に、人を虐げることが出来るのか?

 苦しめることが出来るのか?


 殺す、ことが出来るのか?


 笑いながら。

 同じヒト、なのに。


「――人じゃ、ないの?」


 擦れそうな声で、アレは呟いた。

 それにその声が、応える。


【悪魔さ】


 ふと、ある単語が脳裏をよぎっていた。


「悪魔、憑き……」


【くくくく!】


「なん、で……笑うん、ですか……?」


【いやお前の言う通りだからさ……それをお前が言うか、ヒャハハハハハハ! あぁそうだ、悪魔憑きだ! 人はみんな"ココ"に悪魔を飼ってる! それが顔を出すか出さないかの違いしかない! 優しい人間なんて存在しない! その本性に気づいているかいないかの違いしかない! それがよ――――――――くっ、わかっただろう!!】


 アレはなにも、答えられなかった。


「…………」


 そうじゃないという気持ちは、胸の奥にまだ沈殿はしていた。

 しかし余りに酷いその光景の連続に、アレの心は混乱していた。


 アレは別に元々この世界を、素晴らしいものだと解釈していたわけではない。


 あの小さな部屋の窓から、ずっと暴力を、罪を、残酷を見続けてきた。

 この世が強い者に優しく、持たざる者に厳しいことは、理解していた。


 しかしそこにもある種のルールを見出していた。


 あくまで、搾取。

 強き者の都合のために、持たざる者が搾り取られる。


 だからそれは必然。

 自然界でいう弱肉強食。


 生きるためにある種仕方のないこと。

 そのように本能に近い部分で、解釈していたのかもしれない。


 だがここには、それがない。


「ぐぎゃああああああうあああああアアアア!」


「ひっ!?」


 それはとある貴族の屋敷。

 その奥の一室、決して明かされることのない開かずの間。


 そこで日夜行われる、狂乱の宴。

 招かれるは世に蔓延るあらゆる享楽に飽き、その果てに辿り着いてしまった魑魅魍魎ともいえる権力者たち。


 彼らが最後に遊ぶのはモノではなく人、彼らとは真逆の持たざるモノたち。

 それは遊びではなくて弄び。


 人に対する行いではなく、モノに対する行い。

 神をも恐れぬ背徳行為。


 瞼を閉じられず、耳も塞げず、せめてもとアレは心だけでも萎縮させた。


 心臓がバクンバクン、と激しく脈打つ。

 熱い汗と冷たい汗が交互に流れる。


 手足が痺れて、感覚が薄くなっていく。


 なんで?


 そのコを鞭打っても、切り刻んでも、焼きゴテを当てても、なにも、なんにも――


「なにも……なんにもならないのにぃぃいっぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」


【痛めつけるのが、目的なんだよ】


 悪魔の声が、耳元に響く。

 アレには本気で、そう感じられた。


「そんな……なんで、そんな、意味ない、だって、そんな、こと、って……」


【人を傷つけるのが、切り刻むのが、肉をジュージュー焼くのが、骨をボキボキとへし折るのが……好きなんだよ、こいつらは。気持ち悪いと思うだろ? 変態だと思うだろ?


 それが――オレタチ人間の、本性なんだよ】


 悪魔の言葉は、真実の狂喜を秘めていた。

 

 信じたくはなかった。


 そんな類の人間に、アレは出会ったことはない。

 人間は酷いところがあっても、冷たいところがあっても、それでもどこかに心があると思っていた。


 共感できるところがあると思っていた。

 優しいところがあると思っていた。


 話し合える余地が、あると思っていた。


 ない。


 そんなところ、一つも無い。

 理解出来る、出来そうなところが、欠片も見つけられない。


「ほん、とう……」


【あ、なんだって?】


 アレの呟きに応える声は、さらに喜色を増していく。


 しかしアレは気づかない。

 気づけない。


 そんな余裕は、まったくなかった。

 ただただ想いを、言葉を搾り出すので精一杯だった。


「本当に……人間、なんで――」


 声は、爆笑する。


【ギャハハハハハハはハハっ、お前最高だな! 予想通りだわ、やっぱお前聖女でもなんでもないわ、ただの子ども、ガキ、世間知らずのバカ、それを見せてくれたわ、最高だわ、ウハハハハハハハ!!】


「ひ、ひぃ……!」


 アレはその声に、耳を塞いだ。

 いつの間にか体の自由が戻っていたが、それに気づく余裕もない。


 しかも塞いでも、塞いだのに、ほんの僅かにも、声が収まることはない。


 アレはただ恐れ慄く。

 ただただこの悪夢が少しでも早く去ってくれることを震えながら待つ以外、術はなかった。


 ただ許されるなら。

 ベトにもう一度会いたいと、心の片隅で、思っていた。

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