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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
剣 -brade-
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Ⅷ/急襲

 寝不足の日の朝の日差しは、ほとんど殺人的に凶悪だと思う。


 ほとんど晴れないで欲しいとさえ思うくらい。

 細胞の一つ一つが渇き、砂になりそうだった。


 めいっぱい、あくびを漏らす。

 なんだか逆に、頭が重くなった心地さえする。


 いつも愛用している大剣が、重く肩にのしかかる。

 まったくもって、やる気が出ない。


「お、どうしたベト。今日はえらい元気ねぇじゃねぇか?」


「ほっといてくれ……」


 鍛錬場へと続く道をのたのた歩くベトを、歳、体格ともに不相応に元気なスバルが追い越し、会議室に向かっていった。

 その際にかけてきた声に、気だるげに答える。


 結局あれから建物のありとあらゆる場所をしらみつぶしに調べたが、アレの姿を発見することは出来なかった。

 おかげですっかり寝不足だった。


 当のアレは、戻ってみればぐーすか寝てたし。


「ふあーあ……今日も、素振るか」


 愛剣を抜き、構える。


 と、隣から声が聞こえた。


「に、じゅう……いち。に、じゅう……にっ!」


 視線を送ると、既にアレは昨日と同じ位置に置かれた椅子に座り、そしてかなりの数の素振りをこなしていた。


 もちろんそれは他の傭兵の10分の1にも満たない数だったが、間違いなく進歩をしていた。

 上げてから下ろしてそしてまた上げるまで、昨日は十五秒だったが今日は十秒ちょっとぐらいにはなっている。


「ま、微々たるものではあるが……」


「お、嬢ちゃん頑張ってるな!」


 なんて呟いてたら、やっぱりというか周りの傭兵仲間が声をかけてきた。


 自分の鍛錬はどうした? とベトはジト目を向けてみるが、もちろん気づきもしない。


 そして当人であるアレも、


「あ、はい! ありがとうございます! ……にじゅう、よんっ!」


 笑顔を振りまき大きく返事し、またも律義に練習再開。


 それを見て声をかけてきた野郎も腕を組みうん、うん、なんてニヤケ面を作りやがる。

 父親かなにかにでもなったつもりか?


 なんて考えているとさらに、


「あ、お嬢ちゃん今日も頑張ってるね頑張ってね!」

「はい、ありがとうございます!」

「言葉被ってんだよ……」

「あ、アレちゃん可愛いね!」

「いえ、そんな……」

「なんだそりゃセクハラか?」

「アレちゃん、付き合ってください!」

「いえあの、わたしには世界を変えるという使命が……」


「えーいお前らうっとうしいっ!!」


 次々かかる言葉に、遂にベトの方が爆発する。


 叫び、睨み、自慢の愛剣を構える。

 それに集まった仲間たちは一斉にまーまー落ち着いてという形に両手を掲げ、


「……なんでベトは怒ってるんですか?」


 炎天下で剣を振って汗びっしょりでしかも軽く赤くなったその柔らかそうな顔でくりっと頭を傾げられると銀糸の髪がさらりと流れ、もう何もかも許してしまいたくなるから勘弁してほしかった。


 じっと見てくる。

 上目づかいに。


 反則のオンパレードだ。

 どうとでもしてくれ。


 頭を抱え、


「まー、別にー……剣振っとけ」


「? はいっ」


「よーしみんな剣振ろうぜー!」

『おうっ!!』


 ベトの許可のあと、アレの返事に続き、みんな素ぶりに走りだす。


 おいおい、他に筋力トレーニングだとか模擬戦だとか槍突きだとか弓だとか色々鍛錬はあるだろうが?

 という疑問はもう置いておいた。


 好きにしてくれ。


 そう無理やり割り切りベトは自身の愛剣に手をかけ、


「じゃあ、俺もや――」




 ガンガンガン、と切迫するように荒々しく鐘が三回、かき鳴らされた。




『!』


 それに一斉に、傭兵たちが訓練の手を止め、そちらを目を向ける。


 見張り台から、赤い旗が振られていた。


 急襲。


 最初に反応したのは、その場で一番実戦経験が長く、かつ先行部隊を取り仕切る立場の、ベトだった。


「っ! ……おい、一番隊二番隊行くぞ! レックスとマテロフは俺に続け! ――と、アレ=クロア!」


 素早く周りを見渡し現状把握し仲間に指示を出しながら自身も素早く駆け出――そうとして、隣のアレの存在を思い出した。


 一斉に動き出し殺気立つ仲間たちに、アレはわけもわからず動揺していた。


 そして、怯えていた。

 みんなの突然の、変貌ぶりに。


 無理もない。

 だけど構っている、余裕もない。


 チッ、とベトは軽く舌打ちしてアレの両肩を掴み、


「――おい、あんたボサっとすんなよ! 急襲だ、敵が、来るんだよ! さっさと部屋の奥に隠れろ、いいか、絶対に出てくんなよ!」


「ぅ、え、あ……」


「いいかッ!」


「あ、は、ぅ……」


「ベト、なにしてんだよ行くぞっ!」


 レックスが、声をかけてくる。

 もう時間がない。


 ベトは再び舌打ちして、


「チッ……いいな、出てくんなよ! ベッドで布団かぶって、震えてろっ!」


 言い残し、茫然自失なアレを残し、ベトは愛剣を手に戦場に駆けて行った。




 ベトとレックス、そして二番隊隊長のマテロフは騒然となった鍛錬場を抜けて最前列である、物見台下までたどり着き、螺旋階段を一気に駆け上がった。

 そのまま監視係まで走り寄り、


「状況は?」


 ほとんど無駄な言葉を省いた質問に兵士は向こうに向けられた双眼鏡から視線を外さず、


「……敵兵、目視できるだけで50から60。騎馬隊を編成し、こちらへ向けて進軍中。衝突はおよそ――10分後」


「はやっ……くそが、ろくに態勢を整える暇もねぇじゃねぇか……スバル!」


 報告を聞き、即座にベトは踵を返してカンカンカンと螺旋階段を下りてそのまま出撃ゲートへと向かい、そこにいるスバルと合流する。


 スバルは集まってきた傭兵たちを整列させているところだった。


 その数、およそ80。

 用途に応じて一から三番隊に分けられている。


 さらにそれぞれ隊長がおり、その隊を仕切る手はずなのだ。

 それにあとから来たレックスと、マテロフが合流する。


 ベトはスバルの傍に寄り、それにスバルは指示を送り続け耳だけそばだて、


「ベトか、現状は?」


「敵兵が、10分後にはくる。兵力、50から60」


「10分後? かァ、ったく。ろくに態勢整える暇もねぇぞ?」


「悠長にやり取りしてる場合じゃねぇな。とにかく俺の部隊が先陣切る。あとのことは任せたぜ!」


「わかった。くれぐれも無茶すんじゃねぇぜ?」


「ンなもん今に始まった話じゃねぇよ……じゃあな!」


 それだけやり取りし、ベトは再び駆ける。

 広間の左端に集まっていた自身の隊の連中に向かって、


「よし、行くぞお前ら! 先陣風を切り、向かい来る奴らを薙ぎ払えェエ!!」


『ウォ――――――――ッ!!』


 ベトの号令と共に、彼らは一斉に駆け出す。


 傭兵は基本的に、歩兵だ。

 馬など持てず、そして剣のみで簡素な鎧に身をまとい、突撃する。


 城の正規兵にも使い捨てと思われている。

 そんな存在だった。


 だが、ベトは死んでたまるかと思っている。


「う、オラァ!」


 突撃し、敵の鎧の上から幅30センチ長さ1メートル70センチにも及ぶ大剣を、叩きつける。


「ごァ!?」


 その衝撃で敵兵は吹き飛び、地面に叩きつけられ、そのまま沈黙。


 鎧を着た上からの戦いなど、こんなものだ。

 技術ではなく、ただ勢い。


 パワーに任せた、特攻だ。

 その中で生死を分けるのは――考えないことだ。


「らァ!」


 再び身体ごと大剣を、振りまわす。

 今度は運よく敵の鎧の脇にある隙間に潜り込み――


 ベキン、という心臓に響く感触。


「――――」


 そのまま敵兵はモノ言わず、倒れ伏した。


 脇腹を五、六本へし折った音だった。

 それどころから勢いそのまま、折った骨は間違いなく心臓を貫いているだろう。


 既に刃は、相当に摩耗している。

 だから基本的には、ただの尖った鈍器としての使い方が主流となる。


 だからどうしたというのか。

 一切、疑問を抱かない。


「この野郎っ!」


 敵兵が二人、ベトに突撃してきた。

 双方大上段に振りかぶった剣を、こちらの脳天めがけて振りおろしてくる。


 それを迷いなく、右手の敵の懐に飛び込み、胴を薙ぐ。

 その際振りおろされた剣が、ベトの右肩を打ち、肩当てを陥没させた。


 もちろん、激痛が走る。


「ぐ、が……ッ!」


 胴を打たれた相手はアバラを砕かれ、その場に倒れ伏した。


 しかしベトはすぐに振り返り、空振りして態勢が崩れている相手に肉薄、その頭部に――フルスイング。


「おがァ!!」


 兜を吹き飛ばすその一撃で頭がい骨は粉砕、二メートルは吹き飛び、男は絶命した。


 しかしベトは喜んだり安心したりすることなく、次の敵に向かう。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……!」


 息は、激しく乱れている。


 だからと言って戦場の真っただ中で休みなど入れれば、次にああなるのは、自分だ。


 だから、考えない。


 ただどうすれば生き残り、敵を駆逐できるか。

 それだけを瞬間的に判断し、実行する。


 それだけだ。


 それこそが、生きているということだ。


「ハッ、ハッ――あァ!!」


 さらに敵の眉間を割り、打ち倒し一瞬息を整えた次の瞬間、振り返らずに真後ろに剣の切っ先を――


「ごえ!?」


 大上段にこちらの背中を狙っていた敵兵の腹に、突き立てる。


 鎧を貫き、そして背中に生えた。

 狙いと使い方さえ間違えなければ、まだ刃物としての扱い方も可能だった。


 戦場では常に360°、全方位に注意を配らなければならない。


 それは視覚だけでは当然足りるものじゃない。

 聴覚に加えて、嗅覚、さらには風の向きを触覚で感じ、なにより直感を研ぎ澄まさなければならない。


 ピリピリとした、緊張感。

 色がない世界に来てしまったような、集中力の高まり。


 考えるなんて、無駄だ。


「らァ!!」


 袈裟に、敵兵の盾の上から打ちこむ。

 その重みに敵兵は片膝をつく。


 細かい技術がないから、武器に大剣を選んだ。

 多少雑な攻撃でも、有効に持っていくことができる。


 何より力がモノをいう。シンプルだ。

 だからいい。


 だから、生き残れた。


「ぐぅう……ああア!!」


 さらに上から力を加え、盾ごと相手を押し込み、そのまま地面に叩き、潰す。


 敵兵は強烈な勢いで兜ごと頭を地面に叩きつけられ、脳味噌を強烈にシェイクされ、そのまま動かなくなる。


 さらに喉に、剣を――

 返り血に、目を瞑った。


「ハァ、ハァ、ハァ……べっ」


 口に溜まった血と一緒に、吐きだす。


 いつ切ったかなどまったくわからない。

 気にもならない。


 そんなこと、どうでもいい。


 次――


「おい、貴様!」


 視線を巡らせようとしたベトに、不意に声が掛かった。


 別に珍しいことでもない。

 そちらへ目を向ける。


 馬に乗った大柄な男が、戦斧バトルアックスを肩に乗せてこちらを睥睨していた。


「たかだか傭兵風情が、ようも我が栄光の餓狼兵団がろうへいだんの同志たちをこうも殺してくれたものよ……前に出ろ! 一対一の決闘を申し込む!」


 ほらきた。


 ベトは敵に悟られぬ程度の、微かな笑みをその口元に浮かべた。


 大剣を、カチャリと両手で握り直す。


「あぁ、いいぜ……やろうぜ、男の勝負だ」


「おうよ! 決闘こそ男の本懐!」


 くす、とベトは笑う。


 バカだ。

 こちらの狙いに気づくこともなく、バカな幻想に捕われている。


 こういうバカは本当に扱いやすい。


 大剣を、正眼に構える。

 それを開始と見たか馬上の大男は戦斧を大上段に構え、


「では――行くぞォ!!」


 馬を駆り、突撃してくる。


 まったく、騎馬のくせに歩兵と尋常な勝負もくそもないよな……とベトは嘲り――


 思い切り、横っ跳び。

 馬の進路から、離脱する。


 そして地面を滑り馬とすれ違いざま、思い切り剣を後ろに振りかぶり――


 馬の前足を、叩っ切る。


「ヒ、ヒヒィ――――ンッ!」


「っ、お、ぬお、落ち着……ぐぉお!?」


 足首の一番細いところを狙った一撃。

 何度も何度も練習し、そして実践を積み重ねた熟練の技だ。


 馬は当然のようにバランスを失い、倒れ、そして乗っていた大男は、落馬する。

 目を回し、頭を押さえている。


 それを上からうすら笑いで、ベトは見下ろす。


「――どうした? 随分と戸惑ってるみたいだが?」


 それに気づいた大男は屈辱に歯噛みして顔を上げ、


「ぐ、ぉ……き、貴様我が栄光の黒騎士号をよくも……!」


「あの世でも言ってろ」


 大剣、一閃。


 豪快に肩に担いだ大剣を横薙ぎにされた大男は、這いつくばった体勢から戦斧を構えることはおろか立ち上がることすら叶わず、その首を――遥か彼方に、飛ばされた。


 同時にものすごい血の噴水が、ベトの全身を真っ赤に染め上げる。


「ひっ……!」


 その悪魔のような所業に、辺りから恐怖の声があげられる。


 事実戦場において倒されるといえば得物でなぎ倒されるか、槍や矢で刺し貫かれるかのどちらかだ。

 このように生首が飛ばされるような残酷な絵図は、士気を大いに下げるところだった。


 それはベトの狙い通りだった。


「さぁ、て……次は誰の首を、飛ばそうかねぇ?」


 ギョロ目で、辺りを睥睨する。

 その容貌は、もはや赤い悪魔のそれだった。


 その異常さ、狂気に、敵兵は後ずさる。

 まるで悪魔でも見たような顔つきだ。


 いい。

 悪魔でも何でも、人より優れていればいい。


 さて、殺すか。


「いくぞオラァ――――っ!」


『オォ――――――――ッ!!』


 ベトの号令に、一気呵成に仲間たちが雪崩れ込む。

 それに敵兵は態勢を立て直すことができず、総崩れになる。


「ふっ……」


 それをベトは、表情を元に戻して肩の力を抜いて、見送る。


 自分が命を懸ける時は、終わった。

 あとは皆が勢い攻め込むのを見守るだけで済む。


 これがベトに――先陣を切る切り込み隊の一番隊隊長となった自分の、役割だった。


 誰よりも早くベト率いる隊が先行し、一気に中央突破、敵をかき乱す。

 そしてベトが敵の指揮官を発見し、出来る限りむごたらしく惨殺し、敵の士気を一気に下げる。


 首を、刎ね飛ばすことによって。

 ついたあだ名が、首刎ね公だった。


 公だなんて、上等な身分でもないってのに。


「だがこれで、のんびり出来るな……」


 あとは僅か10名足らずの弓兵で構成された二番隊と、本隊であり部隊長であるスバルが指揮する三番隊に任せればいい。


 ここまで我が身省みず殺しに殺したのだ。

 少しばかりは息を整えるぐらいの余裕を持ってもいい身分だろう――




「ベト……」




 我が耳を、疑った。

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