8-6
8-6
市役所の裏手には、森がうっそうと茂っている。豊かな自然をアピールする数珠市としては、街の真ん中に市役所を建てるよりも、森の近くに建てた方がより良い効果を狙える。そんな理由から、街の中心から少し外れたこの森林地帯に市役所は建っていた。
その森を中ほどまで進むと、少し大きめの小屋がある。自然で覆われた中にコンクリートの無機質な壁の塊が存在するのは珍妙だったが、電力を管理するという役目がある以上、これは致し方ないことだった。
その小屋に春一が近づく。中からは強力な妖気が感じられる。意を決して、春一は一歩進んで小屋のドアを蹴り飛ばした。蝶番がばらばらと地に落ちる。
「ちわー。妖万屋の春一でっす」
中に一歩入って自己紹介をする。頭首の妖怪は、部屋の真ん中にある赤い革張りのソファに悠然と座り、春一を迎えた。見た目は二十代後半くらいだろうか。黒い短髪に平々凡々な顔つき。体躯を見ても、ごく普通の人間だった。
「初めまして、春一君。僕はコバルトの頭首、リアルだ」
「ハジメマシテー」
部屋の中は電気がついていると言えど、薄暗かった。部屋の隅の方には配電盤があり、それは古く、本当に電力が供給されているのか不思議だった。その他には頭首の妖怪が座っているソファが中心に一つあるだけで、あとは何もない。
「君に会いたかったんだよ。僕らの邪魔をするから、どんな人間だろうかと思ってね。それで、招いたんだ」
それを聞いて、春一はべ、と舌を出した。気に食わない、と言いたげだ。
「だろーと思ったよ。お前の仲間の妖怪があんなにすんなりとお前の居場所を言うもんだから、おかしいとは思ってたんだよ」
「気付かれていたか」
リアルは困ったように笑ったが、目はあくまで楽しそうに歪められている。この状況を楽しんでいるようだ。
「僕たちのこと、どれくらい知っているの?」
「あの殺人事件はお前の仲間がやったものだろ?妖怪が実在するという記事をあの男に書かれそうになったから、殺したってところじゃねぇのかな?」
「良く知っているね」
「あの文字と図形がある時点でコバルトの仕業だし、とすれば動機はそれくらいだろう?」
「君は探偵になれるね」
「俺には他人の不倫事情を根掘り葉掘り探る趣味はねぇよ」
リアルはハハっと笑って、春一に向き直った。そして、突如狂気の笑みに歪められた表情で立ち上がった。
「春一君、僕たちはね、この妖怪世界を統べるために存在するんだよ」
「聞いたよ」
「じゃあ、それには君が邪魔ということも聞いたね?」
「勿論」
「春一君、君は人間のくせに僕たち妖怪の間に割って入ってくる。それはね、非常に無粋なことなんだよ。わかるだろ?同じ種類の仲間たちで固まっているところに、異形の者が入り込んでくるんだ。何でそんなことをするんだい?」
「俺の勝手だろ」
春一は挑発的な笑みをリアルに向けた。彼はそれが気に食わなかったらしく、忌々しげに舌打ちをした。
「まぁ、そうかもしれないな。でもね、春一君。それを快く思わない妖怪達がいるということ、忘れないようにね。君はいつだって、狙われているんだ」
「いちいち言ってもらわなくっても、わかってるよ。……で?敢えて俺を招くくらいなんだから、君は俺に捕えられない自信でもあるのかな?」
「それはあるとも。君に負けるような僕じゃないんだよ。春一君、先にネタばらしをしてしまうけど、僕は筋力がずば抜けてるわけでもないし、喧嘩が強いわけでもない。僕の能力はね、知能がとても高いことなんだ。人間の世界ではIQでよく測られるけどね」
「ふぅん」
「僕はそうして部下達を使ってきた。そして、今もね」
リアルがそう言うと、春一の背後にふっと妖気が感じられた。とても強い妖気だった。
(今まで気配を消してたのか!)
「春一君、君が石頭だということは重々承知しているよ。だから、頭は狙わない」
春一が自分の迂闊さに舌打ちをすると同時に、強い衝撃が彼の顔を覆った。