8-5
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次の日、春一はスタジアムのチケット売り場で当日券を買い、中に入った。ピッチでは若い男の子たちがウォームアップをしていた。観客はほとんどが父母やその関係者で、時折サッカーチームの関係者らしき人たちの姿も認められる。高校生たちの試合といえど人数はそれなりに入っており、人間の気配に混じって妖気はわからない。春一は赤い点が印してあった場所へと足を向けた。すると、段々妖気が濃くなってくる。
問題の場所には、二匹の妖怪がいた。何やら話をしながら紙を交換している。春一は気配を一切絶ち、その妖怪達に近づいた。
「よう、こんちは」
その二匹の妖怪の背後を取り、二人に肩を組む格好で春一は顔を出した。突然現れた春一に、妖怪達はびくりと身を震わせたが、肩を組まれてしまっている以上身動きが取れない。強く体を動かそうとしても、春一の押さえつける力の方が上手だ。
「まぁまぁ、まだゲームも始まってないんだし、そんな急ぐなよ。自己紹介が遅れたな、俺は四季春一。妖万屋だ。何でここに来たかは、わかるよな?」
「どうしてあの暗号がわかった……?」
二匹の内、格が上とみられる方の妖怪が口を開く。横目で春一の顔を見ると、彼は憎たらしいほど笑顔満面だった。
「現場に残されてた図形も、文字も、どこか見覚えがあった。図形はそりゃ覚えてるよな。一ヶ月に一回は必ず来てるスタジアムの座席表なんだから」
そこで春一はあははと笑った。若干自嘲的な意味の笑いだが、それでも表情は爽やかで清々しい。
「13の文字の方は、俺の真面目さが功を奏したっていうのかな」
にやりと冗談っぽく笑う春一に、妖怪は何も言えない。続きを待っている。
「俺心理学科なんだけどさ、心理学の授業中にあの文字を見てるんだ。あれは文脈効果の説明で出される文字だ。隙間が狭い13は、12と14の間にあれば13に見えるが、AとCの間にあればBに見える。人間は、同じ文字でもその前後の文字や自分の持つ知識などによって、知覚や認知が影響される。それが文脈効果。そんで、大事なのはその次だ。この文脈効果のように、情報を処理する際に知覚や認知が影響を受けることを、概念駆動型処理という。言い換えると、トップダウン処理だ」
妖怪の喉からごくりという音が聞こえる。唾を飲み込んだのが、はっきりとわかった。
「このトップダウンという言葉だが、これは心理学の言葉ってわけじゃない。本当は経済用語だ。経済用語でトップダウンとは、会社の上層部が意思決定をして、それを下部へ支持する管理方式のことを言う。だから思ったわけさ。お前らコバルトは犯罪組織。組織の上層部が犯罪の計画を立て、それを下部の実行部隊に伝えるための合図が、この13って文字の意味なんじゃないかと。それに加えあの図形。つまり、あの図形と文字の意味は、『上層部から下部へ伝達。次の犯行計画はスタジアムのこの場所で授ける』ってことだ。だから、ここに来ればコバルトに接触することができると思った」
そこで春一は顔から笑みを消した。冷たい表情になって、肩を組んでいる腕に力を込めて妖怪の首を圧迫する。
「俺をコバルトの頭首に会わせろ」
ギリギリと締め付けるその苦しさには敵わず、妖怪は首をぶんぶんと縦に振った。
「わかった、教える。教えるから腕を離してくれ」
呻き声とも取れる聞き取りにくい言葉に春一は腕の力を緩めた。妖怪は二、三度深呼吸をして、息を整えた。
「場所は……数珠市の北西にある森の小屋だ。元々森にある電灯とかの電力管理をしてる小屋だ。わかるだろ?市役所の裏手にあるあの森だよ」
「ああ、あそこか。よし、お前らは今日のところは見逃してやる。だが、もしこれに懲りず犯罪行為を繰り返したら……その時は、わかってるよな?」
妖怪達はさっきよりも大きく首を振った。ちぎれんばかりに振っている。春一はそれを見届けると、席を立った。向かうは、市役所裏の森にある小屋。そこでコバルトと、決着をつける。