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美術館から五分もかからない所には、数珠中央図書館がある。数ある数珠市の図書館の中でも最大の面積と蔵書数を誇り、そこには常に人が行き交う。春一は調べ物をするためにここにきた。春一の頭のどこかに引っかかるあの文字と図形。それを探すために、彼はパソコンの前に立った。
(あの13の文字は何を意味するんだ?)
13といえば不吉を表す数字だ。不吉を届けに来たと言いたいのだろうか。しかし春一の深いところにある記憶が、それは違うと言っている。
(あの文字も、図形も、昔の記憶じゃない。最近、最近どこかで見ているはずだ。思い出せ、俺は最近何を見聞きした?)
パソコンの前で黙考する春一の脳裏に、何かが浮かんで消える。つかみかけているのに握れないそのもどかしさに、段々と集中力がなくなってくる。
(落ち着け。苛立ちは集中力を妨げる。俺の記憶を呼び起こすんだ。長期記憶に保存される情報の量には限界はない。そしてそれは半永久的に保存されるってこの間授業でやっただろ)
その時、春一の頭に何かが閃いた。彼は閉じていた眼を開け、パソコンの前から一般書コーナーへと足を向けた。そこには様々な学問の専門書が並んでいる。春一は自分が勉強する心理学のコーナーの前で足を止め、一冊の本を手に取った。その本をぱらぱらとめくり、目当てのページを探す。
(あった!)
春一の頭の中にかかっていた靄が、一気に晴れていく。
(でもこれが何を意味するんだ?)
春一は再びパソコンの前に立ち、気にかかる言葉について検索をかけた。
(まさか……そういうことか?)
そこで春一は時計の針が六時少し前を差していることに気が付き、図書館から出た。
美術館の前の野次馬は、減少していた。その中に、例の高校生がいた。
「お疲れ様です!」
先ほどとは打って変わった態度で春一のことを迎える。春一はそんな彼に缶ジュースを差し出して、成果を聞いた。
「どうだった?」
「オレの仲間が見たところだと、そのムササビは数珠の森に消えてったそうっす」
「数珠の森……」
数珠の森というのは、ここから十五分ほどのところにある小さな森林公園だ。自然と触れあえる様々な施設や遊具が人気を呼んでいる。
「あそこの近くにあるものって言ったら……」
「アスレチックと、ゴルフ場と、サッカースタジアムと、ショッピングセンターとかですよね?」
春一の目が見開かれ、そしてその口には笑みが浮かぶ。高校生は、まるで獲物を前にした肉食獣のようだと思った。
「サンキュー。お前のお陰で事はうまく運びそうだ。仲間にもよろしく言ってくれや」
「は、はいっ!あざっす!」
春一はそこから走って自分のバイクに向かった。
春一は数珠市サッカースタジアムの駐輪場にバイクを停めた。そして、窃盗事件の時現場に残されたあの図形を携帯で再生した。
「やっぱりだ……」
スタジアムの案内板。そこには席の区分や番号が記されていた。サッカースタジアムの席には区分があり、アウェー側とホーム側などに分かれている。春一が見ていたのは、そのアウェー側のサポーターズゾーンと呼ばれる席。ホーム側のゴール裏とゴールの斜め後ろのゾーンのことで、ずっと立って応援をするような人間が取る席だ。そのゾーンの形が、携帯の中の画像と見事に一致した。このドット模様は、席のことだったのだ。一つひとつの席が四角く表示されるこのスタジアムの席表は、席と席の隙間を開けないように描くと台形のドット模様になっていた。
(問題は、次の試合……)
春一はその横にあるこのスタジアムの日程表を見た。本来なら次の試合は一週間後だが、日程表には次の日に高校対ユースの試合があると書いてあった。プロの試合ではないが、このスタジアムは使われる。
春一は頷いて、その場を後にした。