8-1
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春一はコバルトとの勝負に、単身で乗り出した。本来ならば助手である夏輝に事情を説明し、必要があれば丈や琉妃香に協力を申し出るところだが、今回は一人で動いている。理由は一つ。危険な事件に、周りを巻き込みたくなかった。これは春一個人が標的にされていることであり、他の人間達にまで迷惑をかけるわけにはいかない。故に春一は、今回に限って一人で動くことにした。
そんな中、春一がサッカーの試合観戦から帰っているときに、彼の前で一人の男が立ち止った。パッとしない男で、一目見間違えればチンピラにも見えた。春一は目を細めて睨みつけながら、止まった。
「あの、ちょっとお尋ねしたいんですが」
「何すか?」
「今日この辺りで黒いジャージを着た男を見ませんでしたか?黒いジャージに赤いラインが入っていて、背は百七十センチくらい。中肉中背の二十代半ばとみられる男なんですが」
「さぁ……。今日はほとんどスタジアムにいたんで、わかんないっすね。なんかあったんすか?」
春一が訝しげに聞くと、男はポリポリと頬を掻きながら困ったように言った。
「私はこういうもんなんですけどね」
そう言って、男は懐から手帳を取り出した。その黒い手帳には、桜の代紋が輝いていた。
「今日の夕刊には載りますから言いますけど、すぐそこに病院の跡地があるでしょう?そこで、殺人事件があったんですよ」
「な……本当ですか?」
「ええ。それで、犯人の目撃情報を取っているんです。じゃ、ご協力ありがとうございました。近頃は物騒ですからね、お兄さんも気を付けてくださいよ」
「はい。ご苦労様です」
春一は軽く頭を下げながら、その刑事を見送った。
家に帰ると、早速ニュースで事件が報道されていた。殺されたのは四十代の男。背中を鋭利な刃物で一突き。即死状態だったという。ジャーナリストをしていたことから、以前の報道で何か恨みを買っていた者の犯行ではないかと報じられていた。犯人の特徴は春一が刑事から聞いたのと同じで、最後に情報提供先である数珠署の電話番号が表示された。
「すぐ近くじゃないですか。嫌な世の中になりましたね」
「ああ」
春一と夏輝がため息をつくと、春一の携帯が振動した。着信の相手は夢亜だ。いつもはメールなのに、今日は珍しく電話だ。
「もしもし?」
『ハル、事件だ。数珠市の美術館から絵が盗まれた。犯人は妖怪、ムササビみたいに飛んだっていう証言から、種族はセイルと思われる。犯人はそのまま東の方向へ飛んで逃走』
「わかった、すぐ行く」
『それと、これはまだ公開されていない情報なんだが、今回の窃盗事件と、さっき起こった廃病院での殺人事件には、共通点がある』
「共通点?」
『二つの現場には、13という数字が残されているんだ。そして、荒いドット模様の青色の図形。その図形の中には赤い点が記されている。写真を送る』
電話が切れると同時に、一通のメールが届いた。添付されているデータを開くと、写真が開かれた。その写真には、夢亜の言った通り荒いドット模様の青色の図形が書かれていた。両方とも壁に水色のクレヨンのようなもので書かれており、逆さの台形のような図形が、ドット模様で描かれていた。そしてその一角には、赤い印がやはりクレヨンのようなもので書かれていた。その赤い印は二つの現場で位置が微妙に異なっており、何を指し示すのかは全くわからない。
春一はその写真を見て携帯を閉じ、すぐに家を出た。