7-4
7-4
「へ?いや、だから、オレが犯人で……」
きょとんとして弁明にも力がなくなる妖怪に対し、春一の顔は依然厳しいままだ。春一は妖怪の襟首から手を離し、そのまま腕を組んだ。妖怪はそのまま逃げることもできたのだが、春一の禍々しいオーラがそれを許さない。
「お前が本当の犯人じゃないことはわかってる。言え、犯人はどこだ」
その言葉に、妖怪は押し黙った。そして見る見るうちに彼の顔から汗が噴き出す。
「こ、根拠は?オレが犯人じゃないって根拠」
「妖気ってのはな、妖一人一人によって微妙に違う。人間の指紋が違うように、妖怪は気配が違う。それは極微小な違いだが、神経をすませて気配を探れば違いは分かる。お前とこの間の犯人とでは微妙に妖気が違う。それに、この間の犯人は俺と足の速さが一緒くらいだった。追いかけても差は縮まらなかったからな。だがお前とは差を縮められた。犯人の取り換えをしたとみるのが妥当だろう?」
妖怪は驚いたようにぽかんと口を開けて春一の顔をまじまじと見ていた。その沈黙こそが春一の推測が確証であると告げていた。
「お前を使っているのが、本当の犯人である妖怪だ。そいつは今どこにいる?言ったらお前は解放する」
春一の言葉に、妖怪は少し迷っているようだった。もう自分が偽物であることは見破られている。しかも自分ではこのまま逃げ切れそうにない。だがこのまま大人しく言われた通りにすればどんな仕打ちを受けるかわからない。焦燥と恐怖が胸の中で入り混じる。
「な、なぁ、アンタ、オレの身の安全を保障してくれるかい?オレはただ寿命が長いのが能力の妖怪なんだ。膂力はないし、自分で言うのもなんだが肝っ玉も小さい。このまま素直に引き下がったら、オレの雇い主に狙われるかもしれない」
「それは保証しよう。それに、安心しろ。その雇い主って奴は、俺がぶっ飛ばす」
ニィ、と笑った春一に、妖怪は渋々口を開いた。
「この球場の一塁側内野スタンドの近くに、今は使われていない器具庫がある。そこに雇い主の妖怪はいる」
「わかった。約束通り、お前は解放するし、身の安全も保障しよう。四季文房具店に行くといい。理由を店員に話せば、保護してくれる。これを見せれば信用するよ」
春一は自分の指からシルバーの指輪を外して、妖怪に持たせた。そして春一は器具庫の方へと走った。
器具庫の前へ来ると、春一はそこから確かな妖気を感じ取った。間違いない、昨日自分が追っていたのと同じ妖気だ。
春一はドアをそっと開けた。暗闇が支配する部屋の中。そこに一歩入ると、突如春一の頭に衝撃が走った。
バキッ
何かが折れた音がして、次いでカランカランと硬いものが転がる音がする。
「ぐあ……」
呻き声を発したのは、春一ではなく妖怪だった。
妖怪はドアの内側に潜み、春一がドアを開けて中に入った瞬間、角材を振り下ろした。だが、その角材は石頭というより鉄の頭を持つ春一の前に無残に折れた。おまけに春一の頭に当たった衝撃で、角材を握っていた自分の手がしびれ、武器である角材を落としてしまった。
「挨拶がそれか?」
春一は暗闇の中を手で探ってスイッチを見つけ、部屋の電気をつけた。眩しさに目を細める妖怪の前に、春一の長身がぬっと現れる。
「お前のことを一つだけ褒めよう。凶器にバットを使わなかったことだ。もし使っていたら、俺はお前を許せない所だった」
妖怪の額から、冷や汗が流れ出る。彼は密かにポケットを探り、手を出そうとした、刹那、春一の手が妖怪の腕を掴む。妖怪の手には、大きめの石が握られていた。そこには血痕があった。
「成程ね。昨日の人の時はその石で殴ったのか。だが、往生際が悪いのは感心しねぇな」
春一の強い握力に手が言うことを聞かなくなり、妖怪はその石を落とした。乾いた音が部屋の中に響き渡った。
「よくも同じファンの仲間を襲ったな。これでも食らえ」
春一は大きく頭を振りかぶり、そして最強の頭突きを妖怪に食わらせた。