7-3
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夏輝は帰ってきた春一を見て驚いた。テレビ中継で見ていたから雨の影響で試合が中止になったのは知っているが、まさかこれほどまでにびしょ濡れになっているとは思わなかった。しかし、それ以上に驚いたのは彼が静かな怒気を纏っていることだった。ユラユラと、不穏なオーラが春一の体から溢れ出ている。
「ハル、何かあったんですか?」
「ちょっとな。とりあえず風呂行ってくるわ」
春一がお風呂から出てリビングに入ると、夏輝が冷たい水を差し出した。
「サンキュー」
「それで、何があったんですか?」
「お前意外とせっかちだね。女に嫌われるよ?」
「ハル、そういうのはもういいですから」
溜息をついて言う夏輝に、春一はべ、と舌を出して、椅子に座った。そして、球場であったことをそのまま夏輝に話して聞かせる。
「そんなことがあったんですか」
「わかってることは、事件を起こしたのは妖だってこと。スタンドに逃げられたから、人間の気配と混ざっちまって妖気はそれ以上追えなかった。目撃者もいないし、被害者も相手の顔を見ていない」
「厄介な事件ですね……」
「まぁな。だが、犯人は絶対捕まえる。俺の街でこれ以上のヤンチャは、させねーよ?」
不吉に笑う春一がどことなく恐ろしさを湛えていて、夏輝は何も言わずにただ黙った。
その次の日も、春一は球場に足を運んだ。三連戦の最終日、今日こそは勝ちたい試合だ。しかし、春一の目的は野球とは別にあった。それはもちろん犯人捜し。もしかしたら今日も来ているかもしれない可能性はあった。春一はいつもはやる気のない目に力を込めて、辺りの気配を探っていた。
事件があったトイレは封鎖されており、入り口の前には警備員が立っていた。そのため春一はそこを避けて、他の犯行が起こせそうな場所を徹底的に調べた。休憩ができるようになっているベンチや喫煙室、他のトイレ。球場を見回り、相手チームのスタンドも回った。相手チームのユニフォームでいっぱいのところを歩くと、さすがに周囲の人間は快く思っていなかったが、春一の鋭い雰囲気にただ黙るしかなくなる。
「!!」
そんな春一のセンサーの中に、何かが引っ掛かった。今、一瞬だが、かすかに妖怪の気配がした。春一は必死に神経を研ぎ澄ませた。立ち止まり、目を閉じて、ひたすら集中する。周りの音がさぁっと遠くなって、妖怪の気を感じ取る。
(あっちだ!)
春一は方向を定めて、走り出した。人の間を器用にすり抜けながら、春一は徐々に差を詰めていった。それだけ妖気が濃く、確かなものになる。
すると、人ごみの中に妖気を出す犯人に出会った。春一が距離を詰めると、相手が春一に気付いた。驚いた顔をして、急いで背を向けて走り去ろうとする。
「待てっ!」
春一が叫んで、後を追いかける。妖怪はなるべく人の少ない通路を選んで、逃げて行った。しかし、春一との差は次第に詰まった。そして二百メートルほど走ったところで、春一が妖怪の襟首を掴んで止めた。
「捕まえたぞこのヤロウ」
「な、何で今日もいるんだよっ」
春一が妖怪の胸倉をつかみ上げて問いただすと、妖怪は情けない声を出しながら涙目になっていた。
「許してくれよ、お願いだよ。出来心ってやつで……」
「正直に言え」
「は?」
春一は弁明を繰り返す妖怪に真剣な顔をして問うた。襟首を掴む手に力を込めて相手を牽制しながら、一言。
「犯人は、どこだ?」