7-1
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ここ数珠市には一つの球場がある。運動公園の中に位置する数珠球場は、小さくはあるものの、プロ野球の試合が時々行われる場所だった。地元チームのホームスタジアムは市外にあるものの、数珠球場でもよくホームゲームが行われていた。
「降りそうだな、兄ちゃん」
「そうっすね。持ってくれるといいんですけど」
春一は数珠球場に来ていた。春一が応援する地元野球チームのゲームを見に来たのだ。彼は野球とサッカーにそれぞれ贔屓のチームを持ち、中でも地元のチームを応援していた。今回は野球の試合を見に来た。今にも雨が降り出しそうな空は、観客の心を不安で曇らせた。隣にいた男に話しかけられた春一は、そんな空を見上げて難しい顔をしていた。雨の日の野球観戦は本当に辛い。
内野のバックスタンド裏ならば屋根があるものの、春一達のように本格的な応援を行う者は外野にいる。雨が降ればさらされるわけだ。増して今日は昼が晴れていたため、傘は持ってきていない。ずぶ濡れになること間違いなしだ。
試合はシーソーゲームとなった。一回の表に先制アーチを許したが、その裏にすぐさま一本のホームランとタイムリーで逆転。しかし二回の表にまたもや二点タイムリーを打たれた。その後一度は三点差をつけた春一贔屓のチームだが、五回裏終了時点で同点に追いつかれていた。
雨が降り始めたのは三回表が終わって裏に入ろうかとしていたところだった。いきなり激しい雨が降り、あっという間にグラウンドや客達を濡らした。
そして五回裏終了時点で雨はいよいよ激しくなり、試合は中断となった。春一始め外野の客達は全身ずぶ濡れで、タオルでさえも濡れて使い物にならなくなっていた。
「こりゃーゲームセットかもなぁ」
「そうですね。最悪の天気っすよ」
またもや隣にいたおじさんと話していた春一は、しばらくこの雨がやみそうにないのでトイレに行くことにした。せめて下に着ているシャツを脱いでユニフォームだけになれば、この服がまとわりつく嫌な感触からは逃れられる。着替えながら雨宿りをしようと考えていた。
すぐ近くのトイレは混んでいたので、少し遠くの空いているトイレに入った。春一が着替えを終えてドアを開けようとしたとき、突然短い悲鳴が聞こえた。
「ぐあっ!」
春一が急いでドアを開けると、そこには頭を血で染めた若い男が一人、倒れていた。近くにいた別の男が急いで被害者の男を介抱したのを見届けて、春一は逃げた犯人を追った。
トイレから出ると、犯人は左、レフトスタンドの方へ逃げて行った。背格好は春一と似ているが、相手チームのユニフォームを着ていた。春一は懸命に追いかけたものの差は一定のまま縮まらず、犯人はスタンドに入り、人ごみに紛れてしまった。
「くそっ」
相手チームのユニフォームを着ているため、スタンドの中を探すのは至難の業だった。探している間に他の通路から逃げられたらおしまいだった。春一は舌打ちをして、犯行現場であるトイレへと戻った。