6-4
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夜、辺りはしんと静まり返っていた。数珠市内にある商店街。大きなショッピングモールもある数珠市だが、古くから市民に愛されている商店街は廃れることなく存在していた。
そんな商店街の一角にある小さな古本屋。老齢の男性が一人で切り盛りをしていて、彼の人柄ゆえに小さいながらもそれなりに繁盛していた。本屋にシャッターはなく、ガラス窓からは中にある膨大な数の蔵書がうかがえる。そのガラス窓に、人影が映る。
その人影は、手にした角材をそっと音もなく振りかぶった。そしてそれを振り下ろそうとした刹那、彼の耳に怒号が響いた。
「何やってんだコラァ!」
振りかぶった手を空中で止め、人影の男は声のした方を見た。茶髪に銀色のメッシュを入れた一人の不良が、彼の方を睨んで立っていた。
「やっほー、おやっさん」
春一が琉妃香の助言で何かを気付いた後、三人は数珠署に来ていた。藤に会うためだ。三人が許可もなく少年課へずかずかと踏み入ると、藤が椅子にふんぞり返って書類をだるそうに見ていた。
「何だ、いきなり。自首する気になったか?」
「いやだな、おやっさん。そんな冗談は笑えないよ。大事な話があるんだ」
藤はいつもと違う雰囲気の三人を応接スペースに案内した。三人は顔見知りの他の刑事に挨拶をしながら、ソファに座った。
「で、用件は何だ?何か分かったことがあるのか?」
「まぁね。まず、犯人が犯行を起こしている場所は数珠市内。それはそうなんだけど、改めてよく見てみると、少し偏りがある」
「偏り?」
「これ見て」
春一がテーブルの上に出したのは数珠市内の地図だった。南北に長い数珠市の南側、ちょうど数珠署がある西側に赤い点がいくつも描かれている。
「これ、犯行現場を赤い点で印した地図。これ見ると分かるんだけど、犯行はあくまでもこの署の西側の半径一キロ以内でしか行われていないんだよ」
そう言って春一は半径一キロの円を地図に書き込んだ。
「言われてみりゃそうだな」
「だから、この円の中にパトロールを集中してほしい。勿論俺らも独自にパトロールするけど、如何せん人数が足りないからね。おやっさん達も協力して」
ちょうど春一が見回りをしていた時、一人の男が本屋の前で角材を振りかぶっていた。春一はとっさに叫び、男を確保しようと走りだした。しかし犯人が素直に捕まるわけはない。男は角材を投げ捨て、走って逃げた。それを春一が追う。差は一定を保ったまま、男は路地をぐるぐると回って逃げた。しかし春一も長年住み慣れた土地だけあって、一切迷わずに男を追いかける。
そして男はしばらく行ったところで右に折れた。藤が男を見失ったのと同じ場所だ。春一は藤がそうしたように男を追い詰めた。荒く乱れた息を整えながら、春一は男に近づいた。
「!!」
その時、何もしていないのに男がうろたえた。身動きを取れないままおろおろしている。
「サンキュー、ジョー」
春一は後ろに向かって声をかけた。そこには、巨大なライトを持ってひどく怯えた顔をしている男と肩を組んでいる丈がいた。
「なーに、軽い軽い」
丈は何でもないように言って、男から肩を離した。
「さーて、可愛げねーお遊びはおしまいだぜ?ヤンチャ坊主よぉ」
春一が逃げ場をなくした目の前の男に脅しの言葉をかける。
「く、くそっ!」
目の前の男は春一に殴り掛かった。しかし、いとも簡単に拳を躱され、そのまま春一渾身の頭突きを食らってその場に倒れた。
「オイ、お仲間倒れちゃったゼ?お前どうすんのヨ?」
丈が笑顔で隣にいる男に話しかける。相手は引きつった顔の筋肉を一生懸命に動かして、謝罪の言葉を並べた。
「す、すんませんっ。あの、許して……くださいっ!本当すみませんでしたぁっ!」
「あのネ、そういうのは警察で言うもんだヨ?」
仲間の男はニコッと笑った丈に頭突きされ、犯人の二人は仲良く一緒に地に沈んだ。