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「で、用件は何なの?」
食後のコーヒーを飲みながら春一が藤に問うた。藤は煙草の箱を出しかけて、そのまましまった。
「この署の周りで、最近器物損壊事件が多発してるんだよ。その事件を起こしてる妖怪を、お前らの手で捕まえてほしいんだ」
「何だって妖怪ってわかんだヨ?」
「それはな……」
藤は、通報を受けて事件現場に来ていた。近頃数珠市で起きる器物損壊事件。目撃情報から犯人は高校生くらいの男だというので、藤はその男を追っていた。店の看板やガラスなどを壊し、すぐに消える男。悪戯にしては度が過ぎており、市内の商店は困り果てていた。
藤が来た事件現場は、数珠市からさほど遠くない場所にある一つのラーメン屋。店のガラスが割られ、更に店の前に出していた看板も無残に壊されていた。
「ったく、最近のガキどもは……」
藤は煙草のフィルターを噛んで、ライターで火をつけた。苦い煙が口中に広がる。
「今はまだ器物損壊で済んでるが、これが人間に向かったら……」
そう考えると、背筋に寒気が走った。一刻も早く逮捕するしかない。
「ん?」
そんな藤の視界の片隅に、ちらりと人影が映った。一瞬しか見えなかったが、まだ若い男に見えた。
「まさか……」
犯人でないにしても、今はもう夜の十二時過ぎ。数珠市では十八歳未満が夜の十一時以降に出歩くことを禁止している。注意をしてやろうと藤が路地に入ると、前を先ほどの男が歩いていた。服装は黒いジャージで、髪型や身長も目撃情報と一致する。
「おい、ちょっと待て」
声をかけると、男は急に走り出した。後ろも振り返らずに、ただ走る。出遅れた藤は、言うことが聞かない体に鞭を打って、全力疾走で男を追いかけた。
「待てっつってんだろ!」
藤が叫ぶと、男は右の道にそれた。藤はしめたと思った。その道の先は行き止まりになっている。後ろ左右を壁に囲まれて、乗り越えられない高さだ。追いつめた。
藤が路地を曲がると、男は思った通り追いつめられていた。藤がやっとのことで足を止めると、男は少しだけ横顔を見せて、ニィと笑った。その笑い顔が不気味で、藤はさっさと捕まえようと足を踏み出した。その刹那―
「うわっ!」
激しい光が藤の目の前に広がった。目の前を光が覆っていって、目を開いているのに真っ暗になる。ただでさえ夜の暗いところにいて、目が暗闇に慣れているところに強烈な光を受けた目は、しばしの間自由が利かなかった。
「くそっ!」
しかしここは人一人が通れる道だ。もし自分の脇をすり抜けようとしたら、それはわかる。そこで藤は敢えてバタつかず、そのまま待った。段々目が慣れてくると、藤は信じられないものを目にした。男が、消えていた。
「だから、犯人は発光できて、突然消えることのできる妖怪だ。そうでなきゃ俺は幽霊でも追ってたことになる」
神妙な顔をして藤が言うと、三人はふむ、と考えた。そして一拍の間をおいて春一が口を開く。
「まぁ、捜査は足から、だよね?」




