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プルルルルル プルルルルル
四季家の電話が鳴る。春一は一階の文房具店にある応接スペースで大学の課題をこなしていた。夏輝はたまに来る文房具店の客の相手をしており、手が離せない。春一はソファから立ち上がってカウンターの奥にある受話器を取った。
「もしもし?」
『おう、春一か?』
「うっわ、最悪。おやっさんから電話とかマジでナイ」
『うるせぇ!』
電話の主は、数珠市一帯を取り締まる数珠警察署の少年課に所属する藤という刑事だった。彼は春一や丈と面識があり、以前は藤から頼まれた依頼を片付けたこともある。そんな彼から電話がかかってくることは稀だった。
『なぁ、春一、メシ食いに行かねぇか?』
「おやっさんとデートぉ?最悪。ヤッベ、鳥肌立ってきたよ。俺いくら金積まれてもそれだけは嫌だからね」
『お前とデートなんてこっちから願い下げだ!丈と琉妃香も一緒だよ!』
「また俺ら使ってなんかしよーって企んでんの?」
訝しげに春一が聞くと、藤は「うっ」と声を詰まらせた。どうやら本当にその通りらしい。
『と、とりあえず、昼の十二時に迎え行くからな!』
「おやっさんの迎えとかマジ気が滅入るけど、まぁ待ってるよ」
春一が言うと、藤は電話をガチャンと切った。恐らく受話器を叩きつけるようにして置いたのだろう。その光景が目に浮かぶ。
「おやっさーん……」
「いやいや、今までおやっさんのこと見下してたけどさ、マジであり得ねーワ」
「おやっさん、乙女心って言葉知ってる?」
「メシおごってもらうんだから文句言うんじゃねぇ!それと丈、見下してたとか言うな!」
「あ、大丈夫。現在進行形で見下してるかラ」
テーブルで三人がそれぞれ不平を並べる。藤が三人を連れてきたのは他でもない、数珠署だった。彼としてはここの食堂で昼ご飯をおごろうという腹だったらしい。しかしブーイングの嵐。
「あのさー、もうちょっとマシな選択肢なかったわけ?」
「つーカ、おごりで署の食堂来るぐらいなら自腹切って普通の店行くヨ」
「女の子を招待するのにレストランの予約も取れないなんて、ダメな男」
三重のため息が藤に浴びせられる。
「うっせぇ!お前ら逮捕すんぞ!」
「職権濫用とか最悪。おやっさんが逮捕されちゃうよ?」
「寧ろ逮捕されたらどーヨ?」
「あたし達が証人になろうか?」
「あのー……ご注文は……?」
店員が困った様子で控えめに声をかける。この会話の合間にどうやって入っていけばいいのかわからない。
「あ、じゃあ俺刺身定食」
「俺ハンバーグ定食お願いしまース」
「あたしオムライス」
「頼むのかよっ!」
藤が机を手でバンと叩く。慣れている三人はやはり溜息を吐き出すのだが、店員はびくりと体を震わせている。
「すみませんね、お姉さん。この人粗暴なんで」
「慰謝料請求してもいいっすヨ」
「あたしたち味方ですからね」
藤はふんっと鼻を鳴らして煙草のフィルターを噛んだ。ライターを探すためにポケットの中をひっくり返す。
「あの、ここ禁煙なんです……」
「あ」
先ほどよりも言いにくそうに言った店員の言葉に、藤は周りを見回した。壁に「禁煙にご協力お願いします」というポスターが貼られている。それを見て三人が爆笑する。
「おやっさんって本当残念な男だよね!」
「マジでおもしろいワー」
「腹筋限界」
「俺ざるそば!」
怒鳴るように藤が言うと、店員は伝票に記入する前にテーブルから逃げるように離れた。