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春一が家に帰ってくると、もう夕方になっていた。夕ご飯の香りが鼻をくすぐる。
「ハル兄、すごいよ!珍しいでしょ、ダチョウのお肉!」
福良が目を輝かせて焼けた肉を春一に見せる。牛肉のような肉が、目の前に出される。
「お前さ、さっきダチョウ見ただろ」
子供というのは時に残酷であり、本人はその残酷さを知らない。
「一応夕飯は他に作ってありますから。これは福良がどうしてもと言うので追加で買っただけです」
夏輝が本当の夕飯を指差しながら言う。春一は一安心してダチョウの肉を食べる福良を見た。
「ワニは鶏肉みたいだぞ」
「ハル兄食べたことあるの!?」
「あれは結構うまい。ダチョウは固いけどな」
「そんなのどこで食べたの・・・・・・?」
「魔法の国」
春一はソファに荷物を下ろして、椅子に腰掛けた。答えをはぐらかされた福良が魔法の国を一人で想像している。
「またそうやって変な入れ知恵をしないで下さい」
「役に立つんだぞ」
「どこで?」
「合コン」
はぁと溜息をつく夏輝の手から夕飯の皿を奪ってつまみ食いを済ませた春一はバッグの荷物の中から取り出したデジタルカメラをパソコンにつなげた。
「夏、今回のことは、お前が話すかどうか判断してくれ」
「・・・・・・訳は?」
春一は事故現場のガードレールを撮った写真をプリントすると、夏輝に渡した。
「彼女、蛙みたいって言ってただろ? あの辺りで蛙と言ったら『弐紀』だ。あの事故に関わっているのは弐紀の子供だった。子供と言っても弐紀は種類上とても筋力が強いから、大人と言っても相違はない。けどな、やっぱり子供なんだ」
「詳しく聞かせてください」
春一は現場写真を何枚か見比べながら言った。
「まず、旦那さんが言った『ハンドルが効かない』っていうのが引っかかったんだ。妖怪は現実に存在するものなんだから、ハンドルを効かなくさせるには、物理的な作用が必要だ。そしてこのガードレールの痕。ほら、ここで不自然に切れてるだろ?こっちが普通の事故の写真。こっちが件の写真だ。明らかに短い。衝突した所のへこみは同じなのに、引き摺った線が極端に違う」
春一は普通の事故の写真もプリントアウトし、二枚の写真を夏輝に渡して指摘した。
「周りの妖怪たちが言ってたそうだ。『これは奇跡だ』ってな。普通なら、このまま谷底に転落らしい。だろうな。首を折るくらいの衝撃だ。けど、この車は道路上に残れた」
「まさか・・・・・・」
「弐紀の子供が、たまたま事故現場にいたんだ。そして、ガードレールに突進した車を見た。あいつらの筋力は桁外れだ。見た瞬間に地を蹴って車の前に出れただろう。そこで、車と真っ向から対決した。弐紀の子供は、車を落とさないように必死に押し留めた。ハンドルが効かなかったのは、弐紀の子供が車を押し戻す力でハンドルが意味を成さなくなったから。そして、車はギリギリで止まった。その子供が救った。けど、子供は後でその運転手が死んだことを知った。ショックだったろう、自分がもっと策を考えていれば、と。だからその子供は言い出すことができなかった。ずっと、自分の中に留めていた。そいつのおかげで命が二つも救われているとは知らずに」
「本当ですか・・・・・・?」
「その子供が申し出てくれたんだ。遺族からの依頼だと言うと、声を振り絞って話してくれた。この写真が証拠になるだろう。けど、依頼主は妖怪のせいで事故になったと思っているようだから、説得は難しいかもしれない。弐紀の子供を責めるかもしれない。だから、判断はお前に任せる」
夏輝は写真を手に、思いを巡らせた。
「福良、メシだ」
「えっ?」
春一が福良の口にむりやりブロッコリーを詰めた。福良は必死にもがいているが、春一が肩を組んだ状態でいるため身動きできない。
春一はそうしている中で夏輝を見た。いつになく真剣な顔で、写真を見ている。一回目を閉じて、そして開く。
それを見て春一は、誰にも気付かれないように口元を緩めた。
「福良、パパがワイン飲ましてくれるってよ」
「誰もそんなこと言ってません!」
「ワインっておいしいんですか?」
「まぁ、ロゼなら飲みやすいな。赤はお前にはまだ早い」
「ハル!」
夏輝はこの後電話をかけるのだが、用件を話し終えた後に春一が盗み聞きをしているのがわかってまた苦労したのは後日談。