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春一は事故現場に来ていた。数珠市内の森で、この山を越えれば隣の市になる。山道は急カーブをしており、ガードレールには事故の痕跡がありありと残っていた。
車の往来があるので、バイクは路肩に避けて停めている。水のペットボトルを半分くらいまで飲んで、そこに花を挿す。線香は道に置く。手を合わせ黙祷すると、早速辺りを見渡す。
妖怪にも棲みかがあり、それは春一の頭に分布図としてインプットされている。蛙のような姿といったら思い浮かぶのもいるが、いかんせんここから遠い。何のためにここまで来るのかその理由がわからない。一応来る時にその妖怪に会ってきたが、何も知らないと言う。
目を閉じて気配を探る。妖怪の気配はある。右手、木々が茂っている方、近い。
春一は目を開けて木々を凝視した。そこに動く気配がある。
「おい!お前、来いよ」
突然話しかけられた妖怪はびくりと震え上がって、いそいそと春一の方へやってくる。見た目は人間と何も変わらない、寧ろ妖怪なのか疑いたくなる容貌だ。この山に棲む「奴」という。
「何であんなうろうろしてた?」
「いや、こんな時期にお参りに来るやつは少ないから気になって」
奴の見た目男は、いまだおどおどしながらそう言った。
「いつなら多い?」
「お盆の時期は仏さんのかみさんと息子が来るよ。あと母親も来るかな。それと命日だ。二ヶ月くらい前になる。あんた、何者だ?」
「俺は春一。妖怪の万屋をやってる」
「ああ、あんたが春一か。仲間が世話になったと言っていた」
「奴は二回くらい世話してる。なぁ、その時の事故の様子がわかるやつ知らないか?」
「さぁ、もう時間が経っているからね」
「お前達の間で話題になったりしなかったのか?」
「一応なったよ。自分たちの土地で人が死なれたらそりゃ気分はいいとは言えない。でも、みんな言ってたのは、奇跡だ、ってことかな」
「奇跡?」
「ほら、ここ急カーブだろ? だから、普通ならあのままガードレールを突き破って谷底に落ちるところを、あの車はギリギリで踏ん張ってた。カーブが曲がりきれないと判断して急ブレーキ急ハンドルをかけていたら間に合わないと思うんだけど」
「ふ~ん」
そう言って春一はガードレールに目をやった。傷が生々しく事故の凄まじさを語る。
「すごい傷だね」
「そりゃすごい事故だったからな。奥さんと息子が後部座席に乗ってたのも不幸中の幸運なのかもしれない。助手席に乗ってたら確実にぺちゃんこだったからな」
「そっか。そんなにすごい事故だったんだ」
「だからガードレールを突き破らなかったのは奇跡だと言ってる」
「有益な話をありがとう。困ってることがあったらいつでも相談に乗るから」
「ありがとう、また寄らせてもらうよ。まぁ、寄る用事がないのが一番だけどな」
春一はそれに「そうだね」と言ってそこを去った。