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四季文房具店の扉を叩いたのは、一人の男だった。見た目三十代前半だろうか。黒髪はきっちりと分けて、一目で安物だと分かる上下そろっていないスーツを着ていた。
「いらっしゃいませ」
入ってきた男に、文房具店の店主、夏輝が挨拶をした。百八十センチ以上ある長身に、艶やかな黒い髪。整った顔立ちにかかる淵なしのメガネが知的な雰囲気を醸し出し、身なりは清潔。シミひとつない真っ白なワイシャツにきっちりと折れ目のついた黒いズボンは、シンプルなのだが彼が着こなすとどこかオシャレに見える。
「あの、ここは妖万屋さんですよね?ネットの噂を利用してきたんですけど……」
男がおどおどと言うと、夏輝は小さく頭を下げた。
「そのようなお話は、こちらで」
文房具店は入って右奥に仕切りで囲まれた一角があり、そこには応接用のソファとテーブルが置かれていた。左奥には二階へと通じる階段があり、家の二階へと続いていた。
「どうぞ」
応接間の棚の上に置いてあるコーヒーメーカーからコーヒーを注ぎ、男の前に差し出す。彼は一言礼を言ってから一口飲んで、舌を火傷した。
「すみません、熱いというのを忘れていました」
「いえ、いえ。いいんです。それであの、話なんですけど」
夏輝が頷くのを確認して、男は話し出した。
「私は里近雅と申します。東小学校で教師をしています」
雅の話を要約すると、以下のようなものだった。
東小学校では、近頃窓ガラスが割れる被害が続出している。窓が割られているのは、今は使っていない旧校舎の方で、一階のガラスが一夜にして全て割られていたという。最初の発見者は雅で、朝学校に出勤したらそうなっていたらしい。そのガラスは全て張り替えて新しいものにしたが、後日また同じ被害に遭った。警察に届け出たものの、その程度の被害では相手にしてくれず、おざなりの捜査しかしなかったという。他にも教室が物色された跡があり、その原因を究明してほしいというのが依頼だった。
「失礼ですが、それで妖怪の仕業というのは些か早計ではありませんか?」
夏輝が控えめに言うと、雅は難しそうな顔をしてその続きを話し出した。
東小学校では近隣を住宅が囲んでおり、騒音問題になることからチャイムも鳴らしていなかった。しかしそれにもかかわらず、ガラスが割れる音を聞いた人が誰もいないのだ。しかし、怪しい人影を見たという情報はあるという。だがそれは新校舎の方で、旧校舎ではなかった。そしてもう一つ不可解な点が。ガラスの破片が、どこにもないのだ。細かな破片はあるものの、大きい破片はひとつ残らずなくなっているという。それで妖怪だと当たりを付けたそうだ。
「妖怪の仕業だと同僚に言えるわけもないので、ここに来たのは個人的な依頼です。なので学校からのバックアップはありませんが……どうかお願いします。調べるだけ、調べていただけませんか。実は、今日新しいガラスを張ったばかりなんです。だから、今夜あたりに犯人が現れるかもしれません」
「そうですか、わかりました。そういうことなら、お引き受けしましょう」
「ありがとうございます!」
「では、この書類に一筆いただけますか?」
夏輝が差し出したのは一枚の紙。そこには利用規約が書かれていた。まず、「どんな人間が捜査しても文句を言わないこと」という奇怪な文章が書いてあり、後はこのことを口外しないこととか、捜査には協力することとか、差支えないことが書かれていた。それにサインして下の欄に自分の名前と住所と電話番号を書くと、夏輝はその書類を受け取った。
「ありがとうございます。では、早速捜査を始めたいと思います。妖系の捜査を担当している春一という者が協力させていただきますので、よろしくお願いいたします」
「わかりました。こちらこそ、お願いします」
雅は頭をばっと下げて、文房具店を後にした。夏輝は彼が去った後、カウンターにある電話を取った。