5-2
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土曜日。多くの人がレジャーや余暇を楽しむ。四季家一行もそれに漏れず、車で動物園に来て楽しい時間を過ごしていた。
「ハル兄、カンガルーだよ!」
「そりゃいるだろ。動物園なんだから」
初めての動物園に福良は目を輝かせ、春一はそれを見ながら笑っている。夏輝は荷物持ちとして若干不機嫌な顔を春一に向けた。
「そんな顔すんな。せっかく福良が楽しんでんのに台無しにする気か?」
「そんなことはしません」
「似合ってんぞ、パパ」
笑いを必死に堪えているが、大分漏れている。
「ハル兄!サル!」
「だから、動物園なんだからいるってば。こっから見るとお前もサルみたいだぞ」
「べぇー!」
福良は舌を出して他の檻の前に行ってしまった。春一と夏輝は日陰になっているベンチで腰を落ち着けた。
「困ったな。福良も反抗期か。どうする、パパ?」
ここぞとばかりに不快な表情をする夏輝に、春一はついに堰を切って笑い始めた。
「馬鹿にしないで下さい」
「そんなつもりはないさ。何だ、やけにばててるな」
「暑いのは苦手なんですよ」
「名前は夏なのに」
「ハルも花粉症に悩まされているでしょう」
「まぁ、そうだな。お、福良が何か見つけてきたぞ。目が爛々してる」
「ハル兄!キリンのえさやりできるって!」
「おう、じゃあ行くか。パパはばてたから待ってるってよ」
笑いながら福良の元へ行く春一に、夏輝は言葉を返すのも面倒になってそのままにしておいた。
キリンとシマウマ、それからダチョウがいる。大きな庭のような檻の中にいて、それぞれ喧嘩することもなく静かにしている。シマウマは草を食べ、ダチョウは昼寝中だ。キリンは檻のギリギリのところまで来て、来園者からえさであるにんじんをもらおうと必死である。カップに入ったスティック状に切られたにんじんが福良の手にも渡された。
福良は目を輝かせて、キリンにえさをやろうとした。しかし、届かない。キリンの方もがんばって首を下げてくれるのだが、微妙に届かない。周りを見ると、同じくらいの子供たちが父親に抱っこをされて、キリンにえさをやっている。悲しくなって目を伏せていると、福良の視線が一気に上昇した。
「うわっ!」
「他のヤツラより高いぞ」
悪戯に笑った春一が下に見える。他の子供達は抱っこなのに、福良だけ肩車だ。
「ハル兄・・・・・・」
「お前な、キリンは高い所にある葉っぱを食べようとしてあそこまで首が長くなったんだぞ。それなのにあんなに首を下げさせて、お前が何千年か前に生まれてたらキリンは今この姿じゃないかもしれないぞ」
「よくわかんないよ・・・・・・」
「パパよりは低いけど我慢しろよ」
「パパ?」
訳があまりわからない福良を余所に、春一はひとりでケラケラ笑っている。何のことかと思ったが、考える間もなくキリンの顔が福良の前に迫った。
「わっ!恐い!」
「あのな・・・・・・」
呆れて物も言えない春一が、福良のカップからにんじんを一本とってキリンに食べさせた。
「よく見てみろ、こいつも結構チャーミングだぞ。俺がキリンなら即プロポーズするね」
「チャーミングって・・・・・・でも、かわいい、かも」
「だろ?みんな愛嬌ある顔してんじゃん。ほら、もっと欲しいってよ」
「舌長い!」
初めてえさをやった福良が驚いて手を引っ込めた。
「意外とな。楽しいか?」
「うん!」
楽しさが溢れてやまならない福良の台詞がおかしくて、春一は小さく笑った。
「もうないよっ」
福良がにんじんを全部やっても、キリンは傍を離れようとしなかった。えさは一人一個だけだから、何もやれない。
「福良が気に入ったんだろ。恋敵出現だな」
「ええっ、でも、もうえさないよ」
「また来りゃいいさ」
当たり前のように言われたその言葉に、福良は喜びを噛み締めた。
「おい、福良!」
キリンに「また来るからね」と声をかけて夏輝のいるベンチに戻ろうとした春一が、声を上げた。肩車をされたままだったため、少しバランスを崩した。
「何?」
「パパがナンパしてるぞ。スクープゲットだ」
春一がニヤニヤしている視線の先を見ると、夏輝と若い女性が並んで座っている。仲良く話をしているようだ。
「な、なんぱ?」
「ついに夏にも春が来たか」
「?ハル兄ならここにいるのに」
春一は福良を乗せたまま隣の檻に行って、さりげなく夏輝を監視した。
「夏兄のところに行かないの?」
「せっかく姫君と会えたんだ、エキストラは脇にそれようぜ。ほら福良、ホワイトタイガーだぞ」
「恐いっ!トラなのに白いっ!」
「だからホワイトタイガーって言うんだよ」
溜息混じりに福良に説明しながら、夏輝をちらりと見る。彼のあんな顔は見たことがない。異性にだけ見せる顔だろうか。
「ハル兄、カメラ!」
福良に促されて、春一はケースからカメラを出した。
「ホラよ。ああ、檻の外から撮るとダメなんだよ。柵と柵の間にレンズを入れて、そうすれば柵が入らないだろ?」
「ほんとだ!」
福良にデジタルカメラの操作を教えて、写真を撮らせる。
(俺の頃は使い捨てのフィルムカメラだったのによー。しかも動物園で売ってるやつ。二十四枚しか撮れなかった頃とは変わったねー)
なんてことを考えながら、檻の中の動物達を見る。一気に自分が老け込んだかのようだ。
「泣けてくるねー」
「ハル兄でも泣くの?」
あまりの衝撃に福良がカメラを落としそうになる。
「俺は毎晩枕を濡らしてるよ?俺のハートはプレパラートなんだ」
「プレパラートって何?」
「やめた。今の小学生にはガラスのハートなんて言葉まで年寄り扱いされそうだ」
福良は春一の独り言に頭を捻っていたが、隣の檻にいる動物を見てそれらが一気に吹き飛んだ。
「チーターだ!」
「競争して来いよ」
「食べられちゃうよっ!」
春一がチーターの前に移動する。他の檻よりも大きめに作られてはいるものの、チーターにしてみたら何も意味を成さないだろう。その証拠か、チーターは屋根の日陰で横になって寝ていた。
「寝てる・・・・・・」
「いい寝顔だな。向かいにいるゾウは眠気より食い気だけど」
「ゾウ!?」
福良が勢いよく後ろに振り返る。頭を持たれている春一は首が百八十度回転するかと思った。
「この・・・・・・!」
「ゾウだー!」
子供の興味というのは素直で純粋なものである。春一は怒る気もうせて、ゾウの檻に移動した。ここで飼われているのはアジアゾウで、耳も小さめだ。
「鼻が長い」
「だからゾウだと判断できるんだよ。こいつがただの鼻してたらサイだ」
「ハル兄、キリンって高い所にあるものを食べたかったんでしょ?じゃあゾウは低い所にあるものを食べたかったってこと?」
「さぁ、埃掃除でもしたかったんじゃねーか?」
「適当言ってるでしょ」
「・・・・・・対応が夏に似てるな」
「誤魔化さないでよー」
バシバシと頭を叩く福良に、春一は一度福良を落とすフリをして、それをやめさせた。
「恐いよ!落ちるかと思った・・・・・・」
「人の頭叩くからだよ。中国の言葉にあるんだ。『人の頭を叩く者乗るべからず』」
「絶対嘘だ・・・・・・」
「福良、ゾウがメシ食ってるぞ」
「りんご食べてる!」
大きなりんごを鼻で持って、口に運ぶ。とてもおいしそうに食べるゾウである。
「おお、いい食いっぷりだな、数子」
「数子?」
「ゾウの名前だよ。数珠市のゾウだから数子ってんだ」
「そのまんま・・・・・・。ハル兄がつけたの?」
「んなわけあるか!俺がちびの時から数子なんだよ」
「へぇ~」
すると、福良の腹の虫が鳴った。子供は至って素直である。
「はっはっは、そろそろ夏のトコに戻るか。メシだ」
「ボク、おにぎり作ったんだよ!」
「中身は?」
「昆布!」
「うまそうだ」
春一は笑って、夏輝のところに戻った。