3-3
3-3
翌日、春一はバイクで例の事故現場に向かった。カーブの外側にある待避所にバイクを停める。その後から、休憩所に車を停めてきた夏輝がやってきた。
夏輝はあの事故以来、様子が変わった春一を心配していた。雰囲気がピリピリしているというか、近寄りがたい空気を醸し出している。
そんなことを考えていたら、バイクのエンジン音が聞こえた。丈と琉妃香だ。
「おっ、ナッちゃんもいるじゃン。こりゃ今晩はハルん家でメシをいただくとするカ」
「さんせー!」
「ええ、いいですよ」
夏輝が了承すると、二人は喜んで盛り上がった。それとは対照的に春一はいつもの柔和な感じではない。じっと虚空を見つめて、動かない。
「なぁ、感じるだろ?」
春一が言った。三人は静かに頷いた。先ほどから、妖怪から出る妖気がこの辺りに立ち込めている。妖怪がこの近くにいる。
「夢亜が言うには、ここには餌爾志っていう妖怪が生息してるんだそうだ。奴らは腕が異様に長くて、体は成人した人間ほどあるっていうデカい猿みてぇな種族だ。目撃情報と一致する。奴らは単体で行動するから、恐らく一匹しかいない。そいつが犯人だ」
三人が頷く。それを見届けた春一は、キーを回してバイクのエンジンをかけた。静かな夜にドラッグスターのエンジンが嘶く。
ドルン!ドルルルン!!
春一はアクセルを回して、轟音を立てた。木々の葉がザァ、と揺れた。
その後もエンジンを鳴らし続けると、山の中から黒いシルエットの猿のようなものが飛び出してきた。餌爾志だ。その餌爾志を春一の鋭い眼光が捉える。
「!!」
春一は飛び出して再び山の中へ逃げ込もうとする餌爾志の首根っこを掴み、そのまま締め上げた。
「がっ……がが……」
泡を少し吹いてきたところで春一は手を離した。餌爾志はその場に倒れこみ、春一を見上げた。燃え上がるような憤りを含めたその目に射抜かれ、餌爾志は身動きが取れなくなった。逃げようにも恐怖で体が動かない。
「テメェ……テメェが、事故を起こしてた張本人か……っ!」
額に血管を浮き上がらせた春一が、何とか起き上がって逃げようとする餌爾志を殴った。餌爾志はその一撃で顎が砕けて、口からだらだらと血を流している。
「ひ、ひぃ……」
「テメェかぁっ!」
「ハル、落ち着け!」
もう一度拳を振り上げた春一を、丈が羽交い絞めにして止める。
「離せ、ジョー!」
「落ち着けっつってんだロ!」
それでも春一はまだ鎮まらない。何とか丈の抑制を振り切ろうと激しくもがく。
ドルルン!
闇夜を裂く重苦しい音が、皆の鼓膜に響いた。琉妃香が春一のバイクのアクセルを開いていた。それで春一を正気に戻したのだ。
「ひぃっ!」
すかさず逃げようとする妖怪の体に細い紐が巻きつく。夏輝の呪符が妖怪を捕えた。
「い、悪戯らったんだ!」
妖怪は砕けた顎のせいでうまく回らない舌をもつれさせながら、弁明した。
「ほら、妖怪は肩身の狭い思いしてるから、それでちょっと人間に仕返しを……」
「やっていいことと悪ぃことの区別もつかねぇのか!」
「ハル!」
妖怪は再び体をこわばらせ、ガードするように手を上げた。
「ご、ごめんなさい!もうしません!」
必死に謝る餌爾志に、夏輝が春一を振り返る。彼は激しい憎悪を以て未だ餌爾志を睨みつけていたが、丈が代わりに「ナッちゃん、離していいよ」と言った。夏輝は紐を緩めた。すると餌爾志は脱兎のごとくその場から逃げ去った。
餌爾志が視界から消えると、春一はようやく体から力を抜いた。そしてそのままバイクに跨ると、一人でどこかへと行ってしまった。