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数珠市にそびえたつ、北神大学。国内最難関を誇る大学は、高校生が通いたい大学ランキング一位をいつの時代も保守してきた。更に学べる分野は年々増加していることが、人気を維持し続ける秘訣と言えた。経営学から法学、福祉までをも網羅し、様々な学部、学科を有している。短期大学部や大学院もあり、敷地面積は数珠市の三分の一を占めるという話もあるほどである。
「丈、今日メシどうする?」
「俺三コマ目入ってるから、学食で食いてーヨ」
「琉妃香もそれでいいか?」
「いいよー」
周囲の注目を引く三人が学内を歩く。茶髪に銀色のメッシュ、それよりも明るい茶髪に黒色のメッシュ、金髪。異色のトリオが大学内を悠々と闊歩していた。
彼らトランプこと四季春一、七紀丈、五木琉妃香は北神大学の生徒だった。小学校からの親友である彼らは、一度高校で道を別ったものの、大学で再会することになった。理由は簡単、家から近いことと、学びたい学問があったから。それに加えて他の二人も行くというのだから、条件としてはこれ以上ない。
春一は心理学、丈は物理学、琉妃香は天文学をそれぞれ学んでいる。今は一年生だから一般教養の科目で一緒になることも多く、その他の授業の日程もそれなりに被っているため、三人はこうして毎日一緒にいた。
「琉妃香、そういやバイクの免許取ったんだよな?」
学食でそれぞれ好きなものを頼んで、料理を待っている間、春一が琉妃香に話しかけた。
「うん、車と一緒に取ったから安く済んだよ。二人の見てたら欲しくなっちゃってねー」
春一と丈は無類のバイク好きで、二人とももちろんバイクを所有している。琉妃香は今まで丈や春一の後ろに乗せてもらうばかりだったのだが、今回四輪車の免許を取得するにあたって、二輪の免許も同時に取得していた。
「バイク何にするんだヨ?」
「スティード。実はねー、今日納車なんだよ」
ピースサインを作って子供のように笑う琉妃香の顔は本当に嬉しそうだった。それを聞いて春一と丈が顔を見合わせてにいっと笑う。
「じゃ、行くっきゃねーな」
「おう。ハル、先頭頼むワ」
「え、なになに?」
覗き込む琉妃香の顔の目の前に、二人がグーサインを突き出した。
「「ツーリング」」
春一と丈の声が重なった。
バイク屋にて。はしゃぐ琉妃香と、感嘆する春一と丈。三人はピカピカの黒いスティードを前に、それぞれ目を輝かせていた。
ホンダ・スティード。400ccのバイクで、黒いタンクは鏡のように磨かれていた。バイク屋の店員がキーを回すと、アメリカンバイク独特の重低音が響いた。アクセルを開くと、大気を震わせる重厚な音が響いた。
「すごぉーい!ジョー、ハル、カッコイイでしょ!」
「おお、スティードはやっぱいいな。俺も迷ったもんなー」
「やっぱホンダだよナ、琉妃香。にしてもいいナ、このスティード。琉妃香、後で俺にも乗らせてヨ」
「いいよー」
その後店員から色々と指導を受け、近場を慣らし走行し、バイク屋での用事は終わった。スティードに乗っている琉妃香と並んで、春一と丈が自分のバイクに火を入れる。
「俺のドラスタだって負けねーぞ」
「シャドウだって負けねーゼ?」
春一はヤマハのドラッグスター400に乗っている。白いタンクにワイドハンドル。ドラッグパイプマフラーの音は一際大きく、空気を震わせていた。
一方の丈はホンダのシャドウ400に乗っていて、タンクは青と白のツートーンカラー。アップハンドルは丈こだわりの角度だ。
そして三人はバイク屋を出た。先頭が春一で、真ん中が琉妃香、最後が丈だ。ツーリングのセオリーに従って、真ん中を初心者が走るようにし、千鳥走行と呼ばれる前後ジグザグに位置しての走行を続ける。
比較的大きい真っ直ぐな道路を走る。アメリカの広大な大地とまでは行かないが、日本にも走りやすいところはある。
ここ数珠市には山が多くそびえる。周りを山に囲まれていて、その囲んでいる山々が数珠のようだったのでこの名前が付けられたという説もあるくらいだ。その山々は傾斜の緩いものからきついものまであった。傾斜の緩い山の道路はカーブも緩く、初心者がのびのびと走るには的確な場所と言えた。春一達はその山のひとつに行き、途中の休憩所で一旦休憩を入れた。
「琉妃香なかなかうまいじゃねーかよ」
「でしょ?教習の時あんまコカさなかったからね」
「琉妃香、ちょっと乗らしてヨ」
「いいよ」
丈はシャドウから降りてそのままスティードに跨った。そのまま休憩所の中をぐるぐると回っている。
「あっ、丈だけずりー!俺も俺も」
春一もドラッグスターから降りて、スティードに乗らせてもらう。テンションが上がるあまり、ウィリーなどしている。
「ちょっとハル!コケたらどうしてくれんの!」
「俺を信用しろ!」
「信用できねーから言ってんじゃん!」
そのまま春一が意地悪で休憩所から走り去る。琉妃香はすぐさま春一のドラッグスターに乗って、後を追いかける。丈もまたシャドウに跨って、その後を追う。
すると、春一が左カーブに差し掛かる道路の真ん中で止まっていた。琉妃香と丈が何事かと改めて前を見ると、そこでは一台の車が事故をして停まっていた。車は赤いインプレッサで、車体の後ろを流し、運転席側をカーブの内側に当てていた。ガラスが派手に割れ、車体がべこべこになっている。そこに乗っていたと見られる二人の男女は既に他の通行人によって運び出され、応急処置を受けていた。遠くから救急車の音が聞こえる。不幸中の幸いで、二人は軽いケガしかしていなかった。
「どうしてこんな緩いカーブのところで事故したんだ?ドリフトに失敗したのか?」
通行人の一人が運転手と思われる若い男に話しかける。男は座ったまま手を頭に当てた。
「それが、フロントガラスになんか動物が覆いかぶさってきたんだよ。猿みたいな。それで、前が見えなくなって」
「けど、この山にはタヌキはいても猿はいないぞ?」
「でもあれは猿だった。手がスゲェ長くて、確かに普通の猿よりデカかったけど、そうでなけりゃあれは妖怪だよ!」