TAKE11 そして時は動きだす
はい、今週もやって参りました日曜日! OAの投稿日です。
ついにクライマックスパートへ突入しました。ここまで、話を続けられているのは、読んでくださっている皆様のおかげです。
物語のendまであと3、4話を予定しております。(それよりも長くなったらごめんなさい)
最後まであと少しですがお付き合いください。
本編に入ります。
前回は、天井先輩が翔の家を訪ねてきました。いったい、彼は何を語るのか……。
それでは、どうぞ!
僕の部屋に入ってきたのは天井先輩だった。
「やあ、天津君。ごめんね、急に押しかけちゃって」
天井先輩はニコッと爽やかな笑みを浮かべながら言った。
「じゃあ。天井くん、ゆっくりしていってね」
「はい、ありがとうございます」
母さんが僕の部屋から出ていき、中には僕と天井先輩だけになった。
「さて、天津君。話は泉川君から聞いていると思うんだけど、こういう話はやっぱり自分でするべきだと思って」
天井先輩は眼鏡の位置を指で直しながら、真剣な顔つきで言った。
「僕は、転校することになったんだ」
僕の目を真っ直ぐに見ながら、天井先輩は言う。
「父の仕事の都合でね、海外に行くことになったんだ」
「か、海外!?」
「うん、そうだよ。だから、君たちとはもう会えないんだ。いつ帰ってこれるかも分からない」
海外……。そんな遠くに行ってしまうのか。
「君たちには、こんなに遅くなってから打ち明けることになってしまい、すまないと思っている」
そうだ、この状況はさっきから考えていることを直接聞くチャンスじゃないか。
「あの……。先輩はなんでこのことを、こんなギリギリになるまで隠していたんですか?」
僕が聞いた途端、天井先輩は辛そうに俯きながら言った。
「嫌……だったんだ……」
そして、ポツリポツリと天井先輩は話始めた。
「僕が引っ越しのことを最初に聞いたのは、丁度去年の今頃なんだ……。
でも、あの時はまだ君たちも入部したてだったからね。言う必要が無いと思ったんだ。
それからしばらくして、6月。引っ越しのことについて父にまた言われたんだ。今度は、海外に引っ越すことになったって言われた」
「だったら、その時に僕たちに言えば――」
「本当にそれでいいと思うかい?」
僕の言葉を、天井先輩は即座に遮った。
「え?」
僕は、何も言うことができなかった。
「我儘で自分勝手な考えだってことは分かってる。
でも、後一年近く時間が残っていると、君たちはもしかしたら、僕といる時間を大事に思えないかもしれない……」
「そんなこと――」
「無いと言えるかな?」
「……………………」
僕が黙ってしまったのを見て、天井先輩は含みのある笑みを浮かべながら言った。
「僕は、怖いんだ……」
「怖い……?」
「そう……。僕が学校から居なくなれば、放送委員の天井成輝という存在も無くなってしまう……。僕は、それが怖い。一人になるのが怖い……。君たちに忘れられるのが怖い……。自分が自分で居られなくなるのが怖い……」
天井先輩は床に向けられていた視線を上げて、僕のことを見てきた。
「でもね、僕が本当に怖いのは、新しい環境に慣れた僕が、君たちのことを忘れてしまうかもしれないことなんだ……。それが……一番怖い……」
初めて知った……。天井先輩の気持ち。
今まで、真面目で優しいお兄さんというイメージしか無かった天井先輩が、今では独りでは立ち上がることのできない、儚い存在に見えた。
「だから、君たちと過ごす残りの時間を密度の濃いものにしたかった。そうすれば、忘れられないと思ったし、忘れたりもしないと思ったから……」
「だからって、ここまで引き延ばすことは無かったんじゃ……」
僕が言うと、天井先輩は自嘲気味に笑い出した。
「ハハッ、そうだよね……。僕は、馬鹿だ……。いくら、時間を濃くしたいからって、ここまで延ばすことはなかった……。まったく、笑っちゃうよね。最期こそ、楽しい思い出を作らなくちゃいけないのに……、こんな……、こんな、皆に迷惑をかけるだけなんて」
そんなことは無い、と否定したかった。しかし、今の僕には否定をできるほどの頭脳も余裕も無かった。
「だから、ごめん。君たちに迷惑しかかけることのできない先輩のことなんか、忘れてほしい。僕の存在なんか無かったことにしてほしい」
「そんなこと、できるわけないじゃないですか」
「そういうことだから」
天井先輩は立ち上がり部屋を出ていった。
「ちょっと、待ってください」
僕の制止を振りきって、天井先輩は階段を降り、玄関へと向かっていった。
僕は……、追いかけられなかった。天井先輩を引き留めることができなかった。
このまま、天井先輩を引き留めても、先輩の気持ちを変えられる自信が出なかったのだ。
天井先輩は、自分のことは忘れてほしいと言っていたが、そんなことはできるわけがない。
「あら? 天井くん? もう帰るの?」
階段を降りる音を聞きつけたのか、母さんが天井先輩に話しかける声が聞こえた。
「まぁ、翔。あの子ったら先輩が帰るっていうのに見送りにも来ないの」
続けて、少し怒ったような口調で呟いている。独り言が大きいな。ウチの親。
「あぁ、大丈夫ですよ、おばさん。翔君を叱らないであげてください。僕がそう言ったんです。僕がこの家を出てから鍵を閉めてくれって」
天井先輩はそんなふうに母さんに言って、母さんはそうなの? と少し不満そうな調子で話していた。
とにかく、天井先輩の本音は引き出した。
……あとは、考えるだけだ。
天井先輩は僕を忘れてほしいと言っていた。しかし、それが自嘲行為であることは火を見るより明らか。先輩は僕たちに忘れてほしくないだろう。それどころか、普通に別れるだけでは自分の存在を実感できないときた。
とにかく。僕が――いや、僕らがとるべき行動は一つ。
僕は携帯電話をとりだし、とある人物に電話をかけようとした。
「コラッ! 翔ッ!」
――が、母親に唐突にドアを開けられたのでその行為を中断せざるおえなくなった……。
「テメェ、目上の人間には礼儀をわきまえて尊敬を持って対応しろっつってんだろッ!」
さ、流石、元暴走族のリーダーだっただけある……。迫力がなんというかもう、あれだ。
「ほんっとに、すんませんでしたッ!」
もう、土下座以外の行動を制限されてる感じだ……。
――『それから約30分後』――
「死ぬかと思った……」
鳩尾にパンチを喰らったときは、川とお花畑が見えた気がした……。
川の向こうには死んだじいちゃんばあちゃんが見えた。
はぁ……。
結局、軽くシメられて終わったから良かった。しかし、顔をわざわざ殴らないのは、学生時代の癖なのだろうか……。ほら、顔だと目立つから服で隠れてる部分を殴れってやつ。
まあ、それは置いといて、僕は再び携帯電話を手にとって、とある人物に電話をかけた。
――『次の日』――
「それでは、只今より入学式を執り行います」
風花先輩の凛としたよく通る声がマイクとスピーカーを通して、体育館に響き渡った。
それと同時に舞台の幕が開く。
そして、物語は一番最初へと戻り、時は前へと進み始めるのだった……。