第8話:姪っ子の呪い(キーホルダー)
翌朝。
昨日の大雨は過ぎ去ったものの、空はまだ分厚い雲に覆われており、駅のホームには少し湿った冷たい空気が漂っていた。
電車に乗り込むと、昨日俺が背中で圧力を庇った女子高生が近くに立っていた。
彼女が、俺のビジネスリュックをジッと見つめていることに気がついた。
視線の先を辿り、俺は戦慄した。
そこには、週末に姪っ子から「おじちゃんにプレゼント!」と満面の笑みで手渡され、断りきれずに無理やり付けられてしまった、深夜アニメ『三毛猫シェフの気まぐれダイナー』の、あまりにラブリーな猫のキーホルダーが揺れていたのだ。
(終わった……ッ!)
俺の脳裏が、曇り空よりも暗く絶望に染まる。
いい歳した45歳のおっさんが、あんなファンシーな美少女アニメ(?)のグッズを鞄にぶら下げているなんて。絶対に、取り返しのつかないヤバい奴だと思われたに違いない。
彼女が驚いたようにこちらを見つめ返してくる。完全に引いている。事案の一歩手前だ。俺は慌てて手でキーホルダーを隠した。
「……あの」
くぐもった電車の走行音に紛れるような、恐怖に震える小さな声が、俺の口から漏れた。
「これ、笑わないでくださいよ。妹……いや、姪っ子が、勝手につけやがって……! 決して私の趣味ではッ!」
自分でもわかるほど裏返った声で、俺は必死に身の潔白を弁明した。
頼むから通報だけは勘弁してくれと、心の中で血の涙を流しながら懇願する。
すると、俺の必死の形相を見て、彼女はなぜかふふっと、小さく、だがとても温かい声で笑った。
「ふふっ、笑わないよ。私、昨日もそのドラマ見たし」
「えっ」
予想もしなかった彼女の返答に、俺は驚いて目を丸くした。
いつもは大人びた顔つきでスマホを見ている彼女の、年相応の柔らかな表情。
「それじゃ、また」
彼女の降りる駅に着き、自然な笑顔で手を振って電車を降りていくその後ろ姿を、俺は呆然と見送った。
ホームに吹き込む風はまだ少し冷たかったけれど、強張っていた俺の肩の力は、嘘のように抜けていた。
見上げれば、曇り空の隙間から、ほんのりとした明るい光が差し込み始めているような気がした。




