第12話:大人のカード決済(胃もたれ)
駅前の通りを少し歩き、目的の『期間限定コラボカフェ』に到着した。
店外からすでに、ドラマ『三毛猫シェフの気まぐれダイナー』の可愛い世界観が溢れ出ている。
「わぁ……すごい!」
店内に入ると、そこはピンクとパステルカラーに彩られた、45歳の男にとっては紛れもない「地獄」だった。
案内された席に着くと、周囲の若い女子たちの「何あのおじさん……」「パパ活……?」という刺さるような視線が、俺の全身に突き刺さる。
だが、俺は長年のクレーム対応や理不尽な会議で培った『無の境地』を発動させ、微動だにせずその視線の矢を耐え抜いた。
「……お待たせしました」
やがて運ばれてきたのは、三毛猫の顔がデカデカと乗り、生クリームが暴力的なまでに盛られたパフェだった。
(……血糖値が跳ね上がる。絶対に胃もたれする……)
俺は冷や汗を流しながら、致死量の糖分を前に覚悟を決めた。
「あはは。おじさん、それ、猫耳のクッキーから食べるんですか?」
「えっ、そ、そうですね。……いや、崩すのもったいないな、と……」
なんだかんだと他愛のないドラマの話をしながら、俺たちは甘いパフェをつっついた。
目の前で「美味しいね」と笑う彼女の姿を見ていると、明日胃薬のお世話になることなど、どうでもいいと思えてくる。
パフェの甘さが引いていく頃、ふとテーブルの隅に置かれた小さな銀色の袋に気づいた。
レジ横で売られていた、ドラマの限定アクリルスタンドだ。
「おじさん、それ……欲しかったやつですよね!?」
「あー、はい。なんか、レジ横にあったんで。つい買っちゃいました」
俺はそっぽを向きながら、その袋を彼女の前にすっと差し出した。
「えっ、くれるんですか!?」
「わっ! やった! 私の推しだ!」
袋を開けて中身を確認した彼女は、キャッキャと弾けるような笑顔を見せた。
その心からの喜びに満ちた笑顔を見た瞬間、周囲の冷たい視線も、これから襲い来るであろう強烈な胃もたれも、すべて報われた気がした。付き合ってよかった、と心から思えたのだ。
「あ、お会計……私、自分の分は出します!」
財布を出そうとする彼女を、俺は静かに手で制した。
「いいんだ。おじさんはね、こういう時のために毎日、あの過酷な満員電車に揺られて稼いでるんだから」
レジへ向かいながら、俺はスマートに財布からゴールドカードを引き抜き、一括で決済を済ませた。
「……ううん。嫌じゃない。すっごく嬉しい。ありがとうございます。大事にするね」
彼女が素直に微笑んでお礼を言うのを聞きながら、俺は安堵の息を吐いた。
窓の外を見上げると、透き通るような青空がどこまでも広がっている。
今日、俺は初めて、自分が金を持った「おっさん」で本当によかったと、心から思えたのだった。




