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第1話:雨の日のヒーロー

毎朝7時15分の電車、3両目のドア付近。それは私と彼がいつもいる定位置だった。


この日は朝からのひどい大雨で、ダイヤが大幅に乱れていた。

超満員の車内は酷く蒸し暑い。人々の熱気と湿気で窓ガラスは真っ白に結露していて、外の景色は見えず、叩きつけるような雨の音だけが響いている。

ギューギューに詰め込まれた中で、私はヒールを履いた足の痛みにじっと耐えていた。いつになったら次の駅につくのだろう。息苦しさに眩暈すら覚え始めた、その時だった。


グンッ、と電車が不自然に急ブレーキをかけた。


「あっ……」

人波に大きく押され、ヒールの足首が限界を迎えて倒れそうになった私の前に、サッと影が落ちた。


いつも少し離れた場所で、涼しい顔をして英単語帳を読んでいる彼だった。

彼は無言のまま私の目の前にスッと立ちふさがり、ドアの縁にドンッと片手をついた。そして、背負っていた大きな通学リュックと自分の背中で、背後から押し寄せる満員電車の圧力をガッチリと受け止めてくれたのだ。

先ほどまでの息が詰まるような圧迫感が、嘘のようにふっと消える。


私を見下ろす彼は何も言わず、ただ少し気まずそうに視線を外している。

至近距離に立つ彼の濡れた制服からは、雨の日の冷たい匂いと、微かな柔軟剤の香りがした。そして、このひんやりとした車内で、彼から伝わってくる微かな体温だけが、やけにリアルに感じられた。


やがて、プシューッ、と電車のドアが開く。ちょうど私の降りる駅だった。


「……ありがとう」

私は息を整え、小さくお礼を言ってホームへ降りた。

閉まりゆくドアの向こうで、彼が耳まで真っ赤にして固まっているのが見えた。


大人の余裕ぶって綺麗に立ち去ったつもりだけれど。

――実のところ、私の心臓も柄にもなく、少しだけ跳ねていたのは秘密だ。


憂鬱だった毎朝7時15分の大雨の電車。

ただの「見知らぬ男子高校生」だったはずの彼と、明日からどんな顔をして合わせればいいのだろうか。

私はほんの少しだけドギマギしながら、明日の朝が来るのが楽しみになっている自分に気づいてしまった。

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