第9話 余韻と、クリームソーダ
第9話 余韻と、クリームソーダ
「――でね!そのバイトの先輩がマジで使えなくてさー!」
池袋の雑居ビルにあるレトロな喫茶店。星野キキのマシンガントークは場所を変えても止まらない。彼女の目の前には巨大な『タワーパンケーキ(5段)』が鎮座している。さっき「お腹空いた」と言っていたのは本気だったらしい。
「、、、よく入るね、その胃袋」
深月あおいが、呆れながら自分のアイスコーヒーを混ぜる。テーブルの上には四色のドリンクが並んでいた。
あかりの『イチゴソーダ(赤)』。
みどりの『メロンソーダ(緑)』。
キキの『レモンスカッシュ(黄)』。
あおいの『ブルーハワイ(青)』。
まるで示し合わせたかのように髪色とリンクしている。
「、、、動かないで」
あおいがカメラ(今日はスマホ)を構えた。カシャッ。四つのグラスが光に透けるエモい構図。
「あ!今の絶対インスタ映えじゃん!あおい先輩のアカウント教えてよー!」
「、、、やってない。これは記録用」
「嘘だー!絶対裏垢あるー!」
キキが騒ぐ中、夏目みどり先輩はメロンソーダの上のサクランボをつまんで、ふふっと笑った。
「みんなでこうしてお茶するの初めてだねぇ」
「そう言えばそうですね。いつも部室だし」
小日向あかりが頷く。
部室の延長線上にあるけれど、私服で学校の外で会う感覚。それはなんだか少しこそばゆくて、特別な感じがした。
「ねぇねぇ!せっかくの女子会だしさ!」
パンケーキを半分平らげたキキがフォークを突きつけた。「『恋バナ』とか、しちゃう!?しちゃうよね!?」
「、、、出た。この世で最も生産性のない会話」
あおいが即座にバリアを張る。
「いいじゃんケチー!あおい先輩って好きなタイプとかないの?カメラより大事な人とか!」
「、、、ない。強いて言うならシャッター速度の設定を黙って待てる人」
「地味!」
キキはめげずにあかりに向いた。
「あかりは!?隠れファン多そうだけど!」
「えっ、私?・・・私は、その」
あかりは言葉に詰まった。ポエムノートには『銀河の果てで待つ君』みたいな妄想ポエムが書いてあるが、現実の男子となると想像がつかない。
「、、、ふつうの人、かな。一緒にいて疲れない人」
「無難!あかりの回答、置きに行きすぎ!」
「じゃあ、みどり先輩は?」
全員の視線が緑色の部長に集まる。3年生。大人びた雰囲気。もしかしたら、すごい恋愛経験があるのかもしれない。
「ん~、私?」
先輩はストローをくるくると回し、氷の音を鳴らした。
「私はねぇ、、、『一番星』みたいな人がいいかなぁ」
「一番星?」 「うん。夕暮れに最初に光って、ずっとそこにあるの。でも、夜が深くなると他の星に紛れてわからなくなっちゃう」
先輩は少しだけ遠い目をして、窓の外のビル群を見た。
「捕まえられないけど見上げれば必ず会える。そういう距離感も悪くないかなぁって」
シン、と場が静まった。なんだか急に切ない空気が流れた気がした。
「、、、部長。それ、実体験ですか?」
あおいが鋭く突っ込む。
「ふふ、どうだろねぇ?内緒だよぉ」
先輩はメロンソーダを飲み干し、ニコッと笑って煙に巻いた。やっぱり、この人は読めない。
夕暮れの池袋駅。ホームは帰宅ラッシュの人混みで溢れかえっていた。
「うへぇ、満員電車確定じゃん、、、」キキがげんなりしている。
「、、、あ」あおいが小さく声を上げた。その視線の先。柱の陰に見覚えのある黒髪の少女が立っていた。
白のブラウスに、上品なロングスカート。手にはデパートの紙袋(有名洋菓子店のロゴ入り)。佐条ユキノだ。
「、、、げっ。風紀委員長」
キキが露骨に嫌な顔をする。
気づいたユキノもまた、「げっ」という顔をした。しかし逃げ場はない。
「、、、奇遇ですね、天文部の皆さん」
ユキノはコホンと咳払いをしてメガネの位置を直した。私服姿だといつもの堅苦しさが抜けて、普通に美少女だ。
「サジョちゃんもお買い物?その袋、美味しいケーキ屋さんだよねぇ?」みどり先輩が紙袋を指差す。
「っ!こ、これは頼まれ物です!家族への!」
ユキノが慌てて袋を隠す。
「、、、ふーん。頼まれ物なのに、新作の『季節限定タルト』の保冷バッグ持ってるんだ」あおいがジト目で袋の隙間をスキャンする。
「う、うるさいですね!深月さんこそ、その格好は何ですか?不審者ですか?」
「、、、機能美と言って。あんたみたいに歩きにくそうなヒール履いてないから」
「なっ、、、!これはマナーです!」
ホームで火花を散らす青と黒。あかりは苦笑しながらユキノと目を合わせた。ユキノが一瞬バツの悪そうな顔をする。(テスト勉強中の『深夜のコンビニ共犯』の記憶が蘇る)
「そのお店のタルト、美味しいですよね」
あかりが助け舟を出すと、ユキノの表情がパッと緩んだ。
「ええ、特にカスタードが濃厚で、、、あっ」
自分で墓穴を掘りかけ、ユキノは口を押さえた。
「ま、いいじゃん!電車来たよ!乗ろ乗ろ!」
キキが何も気にせずユキノの背中を押した。
「ちょ、押さないでください!」
滑り込んできたオレンジ色の電車。ドアが開くと、四人と一人は人波に押されて車内へ吸い込まれていった。
偶然の帰り道。吊革に捕まる五人の影。窓の外には都会の夜景が流れ始めている。こうして、天文部の長い一日は甘いクリームソーダの余韻と共に幕を閉じるのだった。




