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見上げるだけの天文部  作者: こおりがし


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第8話 満天の嘘と、プラネタリウム

第8話 満天の嘘と、プラネタリウム

 エレベーターを降りるとそこは別世界だった。池袋サンシャインシティの屋上にあるプラネタリウム。ロビーは薄暗く、青い照明が幻想的に揺らめいている。そして何より。


「す、涼しい~!生き返る~!」


 星野キキが、空調の風を全身で浴びてとろけている。外の熱気と人混みに揉まれた身にはこの冷気こそが天国だ。


「、、、静かに。ここは神聖な場所」


深月あおいが、キキの口をヘッドホンで塞ごうとする。あおいの目はいつになく真剣だった。彼女の視線は、ロビーの奥にある「投影機の模型」に釘付けだ。


「、、、最新鋭の光学式投影機。限りなく本物に近い『黒』を表現できる怪物。会いたかった」


「先輩、機械に恋するのやめてもらっていいですか」


小日向あかりが引いていると、受付を済ませた夏目みどり先輩が戻ってきた。


「チケット取れたよぉ。一番後ろのよく見える席だって」


「さすが部長!よっ、太っ腹!」


「ん~、部費から出しとくねぇ」


「えっ、横領!?」


     


 ドーム内に入ると、そこにはふかふかのリクライニングシートが並んでいた。少し倒せば視界いっぱいにドームスクリーンが広がる。


「やば、、、この椅子、人をダメにするやつだ、、、」


キキが座った瞬間に脱力した。「私、もうここ住む。住民票ここに移す」


「、、、始まったらお菓子禁止だよ。あといびきも禁止」


あかりが釘を刺すが、キキは既に半眼だ。前途多難である。


 やがて、場内の照明がゆっくりと落ちていく。完全な暗闇。静かなナレーションと共に頭上に星々が灯った。


『――今夜の東京の空を、少し時間を早めて見てみましょう』


 ドームいっぱいに広がる数千、数万の星。天の川が白く流れ、星座たちが鮮やかに浮かび上がる。


(うわぁ……すごい……)


 あかりは息を呑んだ。学校の屋上で見る空とは違う。圧倒的な光の量。宝石箱をひっくり返したような、暴力的なまでの美しさ。


 しかし。あかりの隣から不穏な呟きが聞こえてきた。


「、、、違う」


 あおいだ。彼女は感動するどころか、眉をひそめて天井をにらみつけている。


「、、、シリウスの輝度きどが高すぎる。これじゃおおいぬ座のバランスが崩壊してる」


「しっ!あおい先輩、声に出さないで!」


「、、、それにあの星雲の色彩処理。デジタルで盛りすぎ。現実はもっと淡い」


「いいじゃないですか、綺麗なんだから!」


「、、、許せない。これは星への冒涜ぼうとく、、、」


「厄介オタクが出てるっ!」


 あかりが必死にあおいをなだめていると、反対側からは規則正しい音が聞こえてきた。


「……すー……ぴー……」


 キキだ。開始五分で撃沈している。『満天の星』は彼女にとって『最高の安眠導入剤』でしかなかったらしい。


(もう、、、なんなのこの人たち、、、!)


 あかりが頭を抱えそうになった、その時。左隣のシートからふんわりとした緑の髪があかりの肩に触れた。


「あかりちゃん」


みどり先輩のとろんとしたささやき声。


「綺麗だねぇ」


「あ、はい。・・・すごいですね、今の技術って」


「うん。完璧だねぇ。雲ひとつなくて、光害もなくて、星の並びも教科書通り」


 先輩はドームの天井に手を伸ばすような仕草をした。


「でもね。・・・これ、全部『嘘』なんだよねぇ」


 その言葉に、あかりはドキッとした。嘘。確かにそうだ。これは電気とレンズが作り出した幻影だ。


「ここに映ってる星はね、またたかないの」


「、、、あ」


 言われて気づく。プラネタリウムの星は光り続けている。本物の星のような、風に揺らぐような「ゆらぎ」がない。


「ここで見る星は誰にでも優しくて、絶対に裏切らない。・・・でも私はやっぱり屋上の星の方が好きかなぁ」


 みどり先輩は、愛おしそうに目を細めた。


「風に邪魔されて、街の明かりにかき消されて。・・・それでも必死に届こうとしてるあの頼りない光の方が、ずっと綺麗に見えるんだよぉ」


 完璧な偽物よりも、不完全な本物を。その言葉はあかりの胸の奥にある『ポエムノート』のページを風のようにめくっていった。


(・・・瞬かない星は、息をしていないのと同じ、か)


 あかりは心の中で一行だけ詩を詠み、再びドームを見上げた。さっきまで完璧に見えた星空が、今は少しだけ作り物めいて見えた。でも、それはそれで美しい「作品」なのだとも思えた。


     


「ふあぁ~!よく寝たー!星めっちゃ綺麗だったね!」


 上映終了後。ロビーに出てきたキキが、屈託のない笑顔で言った。


「、、、あんた、北極星の解説のあたりから記憶ないでしょ」


あおいがジト目で突っ込む。


「えー、ちゃんと見てたよ!夢の中で!」


「、、、まあ、機材のスペックは悪くなかった。黒の深度も合格点」


あおいは上から目線で評価を下しているが、その顔は少し満足げだ。


「ん~、じゃあお腹も空いたことだし、何か食べて帰ろうかぁ」


みどり先輩が提案すると、キキが「パンケーキ!」と即答した。


 サンシャインシティの賑わいの中へ戻っていく四人。あかりは一度だけ振り返り、プラネタリウムの入り口を見た。


 ここには「満天の嘘」があった。でも、そこから出た後に見る池袋の濁った空もなんだか悪くない気がした。そこには見えないけれど、確かに「本物」があるのだから。


「あかりー!置いてくよー!」


「あ、待って!」


 あかりは駆け出した。赤いスカートが人混みの中でひらりと揺れた。

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