第3話 双眼鏡と、七人の姉妹
第3話 双眼鏡と、七人の姉妹
女子校の放課後は動物園に近い。あちこちでお菓子の袋が開く音、アイドルの動画を見て叫ぶ声、そして遠慮のない笑い声。男子がいない空間で、生徒たちは最大限に羽を伸ばしている。
「あー、マジでお腹すいたー。この学校食堂閉まるの早すぎじゃん」
屋上のフェンスに寄りかかりながら、星野キキが嘆いた。手には購買で買ったチョコチップメロンパンを持っている。
「入部早々、食欲旺盛だねぇキキちゃん」
部長の夏目みどりが、紅茶の入った水筒の蓋を開けながら笑う。
「ここは『乙女の園』だよ? 清く正しく美しく、星を愛でなきゃ」
「みどり先輩、、、星は、、、ゼロカロリーなんですよ...!!」
そんな二人の漫才を横目に、あかりは空を見上げた。入部してから二週間。まだ星座は覚えきれていないけれど、夕暮れの空を見上げる癖はついてきた。
「、、、?」
あかりの視線の先で無口な先輩・深月あおいがカバンからゴソゴソと何かを取り出していた。黒くて、ゴツゴツした機械。
「あおい先輩、それ、、、?」
「、、、これ」
あおいが差し出したのは、年季の入った双眼鏡だった。お父さんの借り物だろうか、少し大きめで、ストラップが擦り切れている。
「望遠鏡じゃないんですか?」
「うん。望遠鏡は視野が狭い。でも双眼鏡は、、、」
あおいは首から双眼鏡を下げると、西の空へ向けた。
「、、、宇宙を、切り取れる」
「貸して貸してー!」
キキがメロンパンを頬張りながら割り込む。
「わっ、すっご! 遠くのマンションのベランダの花まで見えそう!」
「覗きは犯罪だよ、キキちゃん」
みどり先輩がたしなめる。ひと通りキキが騒いだ後、双眼鏡はあかりの手に渡された。ずっしりとした重み。あかりはおそるおそるあおい先輩が指差す方向――西の空の、少し低い位置にレンズを向けた。
「肉眼だと、どう見える?」
あおいの静かな声が耳元で響く。
「えっと……なんか、ぼんやりした雲? みたいなのが見えます。小さい、白いモヤみたいな、、、」
「うん。それをその『目』で捕まえて」
あかりは双眼鏡を目に当てた。最初は真っ暗でピントが合わない。中央のリングを回し、少しずつ視界を調整していく。すると。。。
「、、、っ!」
あかりは息を呑んだ。さっきまで「ただの白いモヤ」だった場所に、青白い光の粒がじゃらりと溢れていたのだ。六個、七個、、、いや、もっとたくさんの小さな星たちが、身を寄せ合うように輝いている。まるで、宝石箱をひっくり返したように。
「きれい、、、」
「『プレアデス星団』」
あおいがボソッと言った。
「日本では『すばる』って呼ぶ。別名『七人の姉妹』」
「七人の、姉妹、、、」
「肉眼だと六個くらいしか見えないけど、双眼鏡なら隠れている妹たちも見つかる」
あかりは双眼鏡を下ろし、もう一度肉眼で空を見た。やっぱり、ぼんやりした雲にしか見えない。でも、もう知っている。あの中に美しい姉妹たちが隠れていることを。
「なんか、今のあたしたちみたいですね」
あかりがポツリと言うと、あおいが少しだけ目を見開いた。
「この屋上に集まってるあたしたちも、遠くから見たらただの女子高生ですけど、中身はけっこう、、、その、、個性的っていうか」
「キラキラしてるって言いたいんでしょ?」
「そう!それ!!」
みどり先輩に補足してもらいながらも、キキが自信満々に胸を張る。
「ふふふ」
みどり先輩が笑ってキキの頭を撫でた。
「あおいちゃん、いいもの持ってきたね」
「、、、たまたま、父さんが使わないからって」
あおいは少し照れくさそうに顔を背け、ヘッドホンを耳に戻した。でも、その口元がわずかに緩んでいるのをあかりは見逃さなかった。
望遠鏡のような大げさな機材はいらない。古い双眼鏡ひとつで、世界はこんなにも鮮やかになる。
「さ、暗くなってきたし、そろそろ帰ろっか♪」
みどり先輩が号令をかける。
「あ、帰りにコンビニ寄りません? 新作スイーツ出たんですよ!」
「キキちゃん、まだ食べるの、、、?」
四人の影が、夕闇の屋上に長く伸びる。女子校の放課後。かしましい七人の姉妹に見送られながら、四人の姉妹たちもまた賑やかに家路につくのだった。




