第13話 キキの補習と、ファミレス会議
第13話 キキの補習と、ファミレス会議
八月中旬。アスファルトが溶け出しそうな猛暑日の午後。駅前のファミリーレストラン『ガストリア』のボックス席で、星野キキは絶望的な声を上げていた。
「わかった!この『X』は『Y』の元カレなんだよ!だから二乗して過去を清算しようとしてるの!」
「違うよ。ただの変数だよ」
向かいの席で、小日向あかりが冷静に突っ込んだ。テーブルの上には、手つかずの『夏休み宿題セット(数学)』が広げられている。
「だってぇ~!数字と文字が混ざるとか意味わかんないし!混ぜるな危険じゃん!」
「、、、文句言ってる暇があったら手を動かせ」
窓際で文庫本を読んでいた深月あおいが、視線を上げずに冷たく言い放つ。
「答えは『3』。さっきから『愛』とか『友情』とか書いてるけど、数学にポエムはいらない」
「、、、大体、なんで私がここに呼ばれるわけ。・・・帰っていい?」
「うぐっ・・・!! 待ってあおい先輩!帰らないで!その偏差値を私に分けて!」
キキがあおいの二の腕にしがみつく。
「あかりんは文系だから戦力外だし!ここであおい先輩に見捨てられたら私、二学期の机が廊下に出されちゃう!」
「どんな学校だよ、、、」
あかりは呆れつつ、自分のノートを広げた。
「キキちゃん、まずはここ。『因数分解』。バラバラの数字をカッコでまとめるの」
「えー、まとめる?合コンの幹事的な?」
「あ、、、うん、もうそれでいいや。数字たちをカップリングさせてあげて」
「よし任せろ!カップリングなら得意分野!」
「、、、前途多難ですね」
あかりが遠い目であおいに視線を送ると、あおいは「はぁ」と深く溜め息をついた。それでも参考書のページを折ってあげるあたり、この先輩はなんだかんだで面倒見が良い。
一時間後。キキの脳みそはショート寸前だった。
「休憩!休憩タイム!糖分補給しないと、、、シナプスが弾けるっ!!」
「いや、シナプスて、、、」
キキは勢いよく立ち上がると、ドリンクバーへダッシュしていった。あかりも少し疲れて、背もたれにぐったりと体を預ける。
「、、、キキちゃんの体力、どこから湧いてくるんでしょうね」
「、、、単なる現実逃避。野生動物は追い詰められると元気になる」
あおいはアイスコーヒーのストローを回しながら、窓の外の入道雲を見つめている。私服のあおいは、黒のノースリーブに薄いカーディガンという大人びた装いだ。一方あかりは白いブラウス、キキは『宇宙(SPACE)』とデカデカと書かれたダサ・・・個性的なTシャツを着ている。
「お待たせー!特製『ギャラクシー・ビッグバン・ミックス』完成!」
そこへ、キキが得意げに戻ってきた。手には、ドス黒い紫色の液体が並々と注がれたグラス。メロンソーダ、コーラ、野菜ジュース、そしてコーヒーフレッシュを混ぜたような、地獄の釜の色をしている。
「、、、何それ。ヘドロ?」
「失礼な!ブラックホールを表現したんだよ!隠し味に『リアルゴールド』も入ってるから元気出るはず!」
「お腹壊すよ、それ、、、」
あかりが引いている横で、あおいは無表情に自分の参考書を避難させた。
「私の本に近づけないで。バカが伝染る」
「ひどっ!、、、いただきまーす!」
キキが豪快にストローで吸い込む。一瞬で顔が梅干しのように歪んだ。
「、、、んぐっ、ぶふっ・・・!」
「言わんこっちゃない」
「ま、まずい、、、!宇宙の味、、、苦い、、、!」
「いらっしゃいませぇ。お客様、当店で『毒物の精製』はご遠慮いただいておりますぅ」
聞き覚えのある、間延びした声が頭上から降ってきた。三人がギョッとして顔を上げると、そこには制服にエプロン姿の夏目みどり部長が立っていた。手にはハンディターミナル、顔には営業用パーフェクト・スマイル。
「「「部長!?」」」
「あらぁ、奇遇だねぇ。みんなでお勉強?」
「え、部長、ここでバイトしてるんですか!?」
「うん、週3でねぇ。ここの『まかない』が美味しくて」
みどり部長はニコニコしながら、キキの混沌ドリンク(ブラックホール)を覗き込んだ。
「キキちゃん。ドリンクバーは実験室じゃないんだよぉ? 、、、次やったら、グラスの代わりにビーカー出すからねぇ?」
「ひぃっ!す、すみません!飲みます!全部飲み干して証拠隠滅します!」
キキは涙目で、不味いジュースを一気に流し込んだ。「うぐっ、おぇっ」と奇妙な声を上げている。
「よろしい。、、、あ、これサービスねぇ」
部長はポケットから『山盛りのポテト無料券』を取り出し、テーブルに置いた。
「勉強頑張ってねぇ。・・・あ、ちなみに」
去り際、部長がふと思い出したように振り返る。
「長時間滞在のお客様には、追加オーダーか『退店』をお願いしてるんだけどぉ、、、どっちがいい?」
その笑顔の圧に、全員が直立不動で答えた。
「「「追加します!!」」」
「はい、ありがとうございますぅ~」
部長は優雅にお辞儀をして、厨房へと消えていった。嵐のような登場だった。
「、、、やっぱり、部長が一番の『ラスボス』だね」
キキがげっそりとしてテーブルに突っ伏す。口の端から紫色の液体が垂れている。
「、、、さ、やるよ。キキ」
あおいがシャーペンをカチカチと鳴らし、無慈悲に言った。
「追加オーダーが来るまでにこのページ終わらなかったら、キキのポテト私が食べるから」
「鬼!ここにも鬼がいるー!」
西日が差し込むファミレスの片隅。キキの悲鳴と、あおいの冷徹な指導、そしてあかりの苦笑いが、いつまでも響いていた。夏休みはまだもう少しだけ続きそうだった。




