第11話 カレーの隠し味と、屋上キャンプ
第11話 カレーの隠し味と、屋上キャンプ
夏休み初日。午後三時五十分。蝉の声が降り注ぐ昇降口に場違いな大荷物を抱えた四人の女子高生が集まっていた。
「、、、あの、キキちゃん。そのリュック、何が入ってるの?」
小日向あかりが、自分の倍はある巨大な登山用リュックを背負った星野キキを見上げて尋ねた。あかり自身は着替えと洗面用具、そして寝袋といった常識的な『お泊まりセット』だけだ。
「ふふふ、聞いて驚くなかれ!トランプ、ウノ、ジェンガ、そして、、、」
キキが得意げにリュックのポケットを叩く。
「『枕投げ専用』のマイ枕!羽毛100%!」
「、、、却下。ただでさえ狭い部室が圧迫される。置いてきて」
深月あおいが冷たく切り捨てる。彼女の荷物は驚くほどコンパクトだ。しかし、首からは重厚な一眼レフ、肩には頑丈そうな三脚を担いでいる。明らかに『生活用品』よりも『機材』の比重が高い。
「えーっ!あおい先輩だって三脚邪魔じゃん!バズーカみたいだし!」
「、、、これは必需品。今夜の流星群を撮るために重心の安定は不可欠」
「枕だって安眠に不可欠だもん!」
ギャーギャーと騒ぐ二人を、夏目みどり部長がニコニコと眺めていた。部長は麦わら帽子にワンピースという、避暑地に行くような軽装だ。手には風呂敷に包まれた重箱のようなものを持っている。
「まあまあ、二人とも元気だねぇ。ほら、早く行かないと家庭科室の使用時間が始まっちゃうよぉ」
「あ、そうでした!行きましょう」
あかりが促し、四人は誰もいない夏休みの校舎へと足を踏み入れた。上履きの音がしんと静まり返った廊下に響く。教室のドアは閉ざされ、黒板には一学期最後の日付が残ったまま。普段は見慣れた景色なのに、『お泊まり』というフィルターを通すとなんだか少し冒険めいて見えるから不思議だ。
「ねぇねぇ、夜になったらさ、絶対『開かずの理科室』行こうよ!」
キキが興奮気味に言う。
「、、、行きませんよ。私、ホラーは無理ですから」
「えー、あかりんビビリ~!お化けなんて物理攻撃で倒せるって!」
「、、、霊体に物理干渉は不可能。非科学的」
「もう、あおい先輩まで真面目に返さないでくださいよー」
たわいない会話を弾ませながら階段を上る。目指すは家庭科室。今夜の「合宿飯」を作るための戦場だ。
「あ、そういえば部長。今日のカレーのお肉、本当に大丈夫なんですか?」
あかりが風呂敷包みを見ながら聞いた。万年予算ゼロ円の天文部だ。まさか、「校庭の雑草」を具材にするわけではないだろうが。
「ん~? 心配性だねぇ、あかりちゃん」
部長は家庭科室のドアを開けながら、悪戯っぽく笑った。
「ちゃんと『プロの味』を用意したから、楽しみにしててねぇ」
午後四時。西日が差し込む家庭科室。エプロンに着替えた四人のカレー作りが始まった。
「、、、キキちゃん。その右手に持っている茶色い板は、何かなぁ?」
「ギクッ!!」
お玉を持ったみどり先輩が、優しく、しかし逃さないように尋ねた。キキは隠し持っていた板チョコを背中に隠して誤魔化した。
「え、いや、これはその!カレーのコクを出すための隠し味というか!」
「却下。あんたの味覚は信用できない」
あおいが包丁で野菜を切りながら冷たく切り捨てる。彼女の調理スペースは実験室のように整然としていた。玉ねぎは定規で測ったかのように均一な5ミリ角。鍋の温度は調理用温度計で厳密に管理されている。
「あおい先輩、細かすぎません!?玉ねぎなんて溶ければ一緒ですよ!」
「、、、美学の問題。不揃いな野菜は宇宙の調和を乱す」
「えぇ、、、」
あかりはカオスな鍋の守り人として、必死にアクを取っていた。自由すぎる部員たち。でも、鍋から立ち上る湯気の匂いは確かに「青春」の香りがした。
「じゃーん。お肉だよぉ」
みどり先輩が、ついに風呂敷を解いた。出てきたのはスーパーのパック詰めではなく、お肉屋さんの竹皮に包まれた高級牛肉。美しいサシが入っている。
「うわっ、すご!何その霜降り!?」
キキが目を丸くする。明らかに予算オーバーだ。
「商店街のお肉屋さんの奥さんと仲良くなってねぇ。『売れ残りだから』って貰っちゃった」
「、、、部長。その笑顔の裏に、いったいどれだけの大人を沈めてきたんですか?」
あかりは遠い目をして呟いた。この人は将来、政治家か、あるいは国を動かすフィクサーになるべきだ。
「「「「いただきまーす!!」」」」
完成したカレーは奇跡的に美味しかった。あおいの計算された野菜の甘みと、みどり先輩の高級肉の旨味。キキが後からこっそり入れてたチョコも、意外とコクになっている。
「うまー!天才!私たちカレー屋になれるよ!」
キキが三杯目をおかわりする。
「、、、悪くない。加熱時間は最適だった」
あおいも満足げにスプーンを動かしている。
窓の外は徐々に暗くなり、ヒグラシの鳴き声が響いている。誰もいない校舎。自分たちだけの家庭科室。同じ釜の飯を食べる時間。あかりはスプーンに映る自分の顔が、すごく笑っていることに気づいた。
「、、、なんか、青春って感じですね」
「だねぇ。あかりちゃんのポエムノートに新しい1ページが増えるかなぁ?」
「ぶっ!ちょ、部長!?」
「え、何それ!ノートって何!?」
「な、なんでもない!カレー食べて!」
午後八時。食器を片付け、懐中電灯を手にした一行は闇に包まれた校舎を歩いていた。
「ねぇ、、、なんか怖くない?理科室の標本とか、動いたりしない?」
昼間は元気なキキが、あかりの腕にしがみついている。
「、、、非科学的。幽霊なんて脳の錯覚」
あおいは先頭をスタスタ歩くが、その歩調はいつもより少し速い。
「ふふ、お化けが出たら天文部に勧誘しちゃおうかぁ」
みどり先輩だけが鼻歌交じりで楽しそうだ。
屋上への階段を登る。重い鉄の扉を開けると――。
ザァッ、と夜風が吹き抜けた。
「わぁ・・・!」
そこには、遮るもののない夜空が広がっていた。街明かりはあるけれど、空気が澄んでいるのかいつもより星が多く見える。
「よし、ここをキャンプ地とする!」
みどり先輩が宣言し、ブルーシートを広げた。
望遠鏡を組み立てるあおい。お菓子を広げるキキ。寝転がって空を見上げるあかり。
学校の屋上。そこは彼女たちだけの秘密基地だった。
「見て!あそこ!星が流れた!」
キキが叫ぶ。
「、、、あれは人工衛星。点滅してる」
あおいが冷静に訂正する。
「いいの!私の中では流れ星なの!お願い事しなきゃ!『お金持ちになれますように』!」
「欲望に忠実だねぇ」
笑い声が、夜空に吸い込まれていく。長い夜はまだ始まったばかりだ。ペルセウス座流星群が近づく夏の夜。四人の『観測会』という名の『おしゃべり』は、まだまだ続くのだった。




